第十二週:ルルナイ宮の夜とシヤ=カンの朝(火曜日)
腰を軽く落とし、両の膝は自然に曲げる。
右掌を内に向け、目の高さにまで上げる。
相手に声を掛け、右の掌を相手に向ける。
と同時に殺気を右掌から……と言われてもよう分からんが、要は相手がこっちに向かって来るように仕向ける云うことか?
手を後ろに引き、相手の攻撃を誘導する。
身体を右に回し、相手の右側面へと入り、
勢いを削ぎつつ、腰をゆっくり沈ませる。
と同時に和気だか愛だか……と言われてもよう分からんどころか背中の辺りがムズムズするが、要は相手がこっちを味方じゃ想えばエエんじゃろうが……、
「アカン! まったくもって分からん!!」
星団歴4260年、12月下旬。
惑星ルルナイ、王宮衛士修練場。
「ギゼのオッサン、ありゃまたなんぞしとんのじゃ?」と、鍛錬用の三尺イリジウム棒 (注1)を相手に投げ渡しながら衛士の一人が言った。
すると、投げ渡された方の衛士は、その三尺イリジウム棒を片手で軽々と受け取りながら (注2)、「なんじゃ、オマエ見とらんのんか?」と相手に訊き返した。
「見とらんて何がじゃ」
「何が言うて、ヤビノさまの火中出産よ」
「あ?バカにすなよ、こら。ワシャおまえ、ヤビノさまファンクラブ (非公式)ルルナイ支部No.37やぞ?見らんハズなかろうが」
「バカにしとるワケちゃうわ、こんダボハゼ。ちゅうかワシも、デナンダさまを応援する会 (非公式)ルルナイ支部No.29として超高音超高画質6Kでアレは全編録画したわ」
「おお、ヤビノさまとデナンダさんとのやり取りには胸がキュンッとしたのお」
「ワシャお前、デナンダさまの歌声に号泣しっぱなしよ」
「うんうん。あん人の歌はワシらみたいなロクデナシの心にもしっかり響くけえのお」
「ホンマにのお。そーゆー意味ではあのライブで唯一のオジャマ虫やったんは夫のウーさ……ああ、って、そうよ、それそれ」
「は?なにが“それそれ”なんじゃ?」
「ほれ、アソコでウーさまがヒョイッと投げ飛ばされたじゃろう」
「おお!アレのお、わしゃモニターん前で目の玉が点になったで――って、なんやギゼの大将、あの“師匠”のマネしよるんか?」
「そうそう。なんや感動だかカンメイ?だかしたらしゅうてのお、「ありゃ一体どうやるんじゃ?」言うて、ここんとこアレばっかよ」
「ワシャてっきり何ぞ新しいウーランバ・ダンス (注3)でも考えとんのかと……って、あんなんワシらみたいなんに出来るんか?」
「のおや、シズカ様もおっしゃっとったが、ワシらみたいにゴツイんや騎士さまみたいに特殊な身体やと難しいらしいで」
*
「ま、ワシも少しは真似したことがありましたがな」と、こう言うのは彼らの王イン=ビトである。「ワシにはアレこそ“術理不明”。ウーにはエエ勉強になりましたでしょう」
ここは惑星ラケダはリアス王宮。新たに生まれた四人の孫と、その出産を見事に果たした、可憐で健気で怒らせるともの凄く怖い美人嫁の長寿と繁栄を言祝ぎつつ、銀河全域にそのなっさけない姿を生配信した息子をせせら笑いに来た王が、件の“師匠”ことウォン・フェイ・イェンと久闊を叙しているところである。
「いえいえ、こちらこそお見苦しいものをお見せしてしまったようで」と、こちらは王との間合いを計りつつのフェイ。「撮られていたと知ったのは全てが終わってから……、少々動きが粗かったのでは?」
「粗かった?」
「ご子息の気配が王によく似ており……、我ながら恐怖を感じてしまいました」
(続く)
(注1)
ここでのハイヘブ尺は一尺およそ0.9クラディオン (約3.6m)。
ちなみに。「ハイヘブ尺」とは雲の惑星ハイヘブで使われていた長さの単位だが、星団歴4151年以降は公式な単位としての使用は認められていない。
(注2)
この鍛錬棒の大きさは直径約7cmの長さ約60cm。なので体積にすると約2,300立方cm。イリジウムの比重を約22.4とすると、この鍛錬棒の重さは大体51.5kgほどとなる。
(注3)
北銀河周辺域に古くから伝わる踊りのひとつ。様々な型があるが、両手を頭よりも高く上げ腰を軽く落として踊る形はすべての型に共通している。
四時の祭りに合わせ、その地の住人たちが一ヵ所に集まり想い想いの型で踊るのが一般的で、起源については諸説あるが、一番よく知られているのは『亡き子会いたさにハドルツへと向かった母親 (ウーランバ)が、その子供との再会についつい喜びの踊りを踊ってしまった』と云うものである。