第十一週:男と女(木曜日)
承前。
この宇宙は広大で、我々の想像を絶する生命体は数多くいるが、そんな中でも、炎を身に纏い産まれて来る生命体ともなると、流石に片手で数え上げられるほどしかいない。
そのため、イン=ビト王の正妻イン=ティドが、炎を纏うトゥ=チーを産み落とした時には、王も王室付きの医療班も虚を突かれた形となったようで、彼ら彼女らは、残り七人の嬰児と、未だ妃の体内に残る三人の胎児の命を救うのが精々であった。
『我の中の 《火主》の血が出たのだろうか?』
と、王が感じたかどうかは定かではないが、我が子に焼かれ死んだ妃を埋葬するため訪れたヒバイ山麓で王の流した涙は“古の血が現れ出たかのような緋色であった。”と、《オペンシア風土記》にはある。
それから王は、“ヒバイの川のせせらぎを取り込み、その周囲を真っ赤に染め上げ”るほどの涙を流すと、家宝の二十束剣を持ち出し“子の首を刎ね、両の手足を切”り刻んだ。
が、無論、悪夢はそこでは終わらない。
剣に付いたトゥ=チーの血が周囲の山川を汚し、結果、“新たに王の八人の子が生まれ”、また残された子の身体からも“これらとは別に、新たに八人の子が出来た。”のであった。
*
「それもあるとは想うんやけどな」
と、八尋殿内側より最後の戸口を塗り固めながら、ヤビノ夫人は言った。
「あのアホ、ワシが“子が出来た”言うた時、すこし間ぁ置きよった」
それが、ずっとこころに引っ掛かっていたのだと、それが、若い夫人を貰って来たことよりも許せなかったのだと、そう彼女は続けた。
「この子らは、アイツの子やけどワシの子でもある。せやなかったらこんなことして無事にゃあすまんやろうけど、そこだけは間違いないけえねえ」
と、ここで彼女は言葉を切ると、東の宙に見え始めた双子星に少しだけ首を傾げてから、
「うた、お願いな」と、戸口の向こうのデナンダに伝えた。「アンタのうた、ワシ好きやし――きっと、エエ子ら産んで来るわ」
*
ゴオォゥ。
と、ほのおがその勢いを増し、
ていとうていとう、のうのうのう。
と、うたとつづみもその勢いを増した。
ガラッ。
と、屋根の一部の崩れる音がし、
ガラリッ。
と、西の壁の一部の崩れる音がした。
ゴオゥオォウ。
と、ほのおがその勢いを増し、
ていとうていとう、
と、つづみもその勢いを増し、
のうの……
と、不意に夫人のうたは止まった。
時が、止まった。
と、その場の全員が想った。
小さな、しかし確かな声がそこに響いた。
*
その盛りに生める子、
名はイナ=モル、イム=ロポの祖。
次に生める子、
名はイデ=イパ、テグ=ベシの祖。
次に生める子ら、
名はジナ=ガ、レジ=ウォ。
彼らふたり火主の血つよく、
ほのおより、ははをまもる。(注1)
*
男と女が星を数え、花を数えた。
鳥がなき、
風がうたい、
月がささやいた。
季節が巡り、また巡った。
男と女は星を数え、花を数えた。
鳥のなき声、
風のうた、
月のささやき、
彼らはこれらを、子らに教えることにした。
(続く)
(注1)
この部分の解釈は古来より議論の分かれるところではあるが、今回作者は、『生まれたばかりのジナとレジが、その 《火主》の力で周囲の炎を操り母と兄たちを守った』と云うイエナ派の解釈を採用させて頂いた。