第十一週:男と女(月曜日)
この土地の気候はどことなく故郷の惑星に似ていて、多分、そのような緯度と経度をアイツは選んでくれたのだろうが、凍えるような季節もいつの間にか過ぎて、いまではすっかり、夜も来るのを遅くしてくれている。
なんだか今日は良い日になりそうだ。
と、その日の彼女は想い、
季節の変わり目だからだろうか、今日は南からの風が強い。
と、その日の彼女は想った。
噓のように、嘘のような季節は巡って行くけれど、そんな季節の巡りを嘘にしてしまってはいけない。
と、その日の彼女は想い、と同時に今度は、その左の手のひらを、そのまだ小さなお腹の上へと当ててみた。
そうしておいて彼女は、嬉しいような困ったようなそんな忍び笑いを、ひとつ漏らした。
それから今度は、その忍び笑いを噛み殺そうとしてみて、それでもやはり、別にいまここに遠慮する相手もいないことに気付くと、困ったような嬉しいようなそんな忍び笑いを、もうひとつだけ、漏らした。
どこからか、つがいの鳥の歌が聞こえた。
こんや、アイツに伝えよう。
と、その日の彼女は想った。
*
西の海にイニチェとイニジェふたつの恒星が沈んで行くのが見えた。
本来、二つ星の惑星に生命が発生することはない。
と、この惑星が発見されるまで、他の宇宙域の人々は想っていたらしい。
二つの恒星の相互回転がもたらす重力変化は、問題の惑星の軌道を絶えず縮めたり引き伸ばしたりするため、たとえその惑星に生命の萌芽のようなものが生まれたとしても、惑星の軌道変化がもたらす灼熱と酷寒によって、すぐに壊され奪われてしまう。
と、この惑星を知らなかった偉い学者たちは、まことしやかに語っていた――らしい。
でも。
と、アイツのために染めてやったアカネ衣を眺めながら彼女は想った。
どんなに理屈を付けても、いのちっちゅうもんは、生まれるとき、生まれるところに、生まれるもんじゃろ?
と、そんなことを考えていると今度は、東の海からひとつの衛星イロクスが昇るのが見え、それに追われるように帰って来るアイツの姿が目に入った。
後年の研究により、この水の惑星オペンシアの公転軌道は、“彼女”の表面の九割以上を占める海や川や湖たちがまるで一個の意思を持った生物かのようにその位置を変えることで惑星の重心を“調節”、重力的に不安定であるにも関わらず、安定させられていることが分かった。
そのため、60億年の昔、この惑星で生まれた生命たちは、地獄の灼熱にも天国の酷寒にも晒されることなく、そのたすきを次代へと引き継ぐことが出来たのである。
*
星団歴4260年12月。
惑星ラケダ、リアス王宮。
「これは?」と、渡された一枚の紙を開きもしないまま、問題の“アイツ”ショワ=ウーは訊いた。
するとこの問いに、ヤビノ夫人からの言伝を託されていたレフグリス=リアスは、その青い瞳でウーの玄い瞳を見詰めつつ、「八尋殿の再建費用その他の見積書になります」と応えた。「貴方がお支払いになっても、ヤビノさんのお母さまにお渡しになっても構いません、とのことでした」
「八尋殿?」再びウーが訊き、
「産屋として使われるとのこと」再びレフグリスは応えた。「戸口は既に塞がれ、ヤビノさんはハヤ姫の故事に倣うのだそうです」
(続く)