第十週:彼と彼女(土曜日)
〈そこで先代の女王は私にこう言われました。〈女王たるもの、皆の手本となるため自ら率先し五つの事を正しく行わなければなりません。それはつまり、一つは貌、一つは言、一つは視、一つは聴、一つは想です。〉〉
《西暦2019年4月25日》
〈〈即ち、貌は恭、言は従、視は明、聴は聡、想は叡であり、五事それぞれにそれぞれの徳があるのです。〉〉
《木曜日。16時57分》
〈〈容貌恭敬であれば厳粛となり、言語従順であれば巣は治まり、視ること分明であれば知恵となり、聴くこと聡明であれば善謀となり、想いが深ければ聖に至るわけです。〉〉
《地球。日本。東京都立石神井公園》
〈〈あなたは私に似て貌、視、聴の三事については天与のものがありますし、また想についても、これから巣の皆を統率して行くなかで叩き鍛えられていくことでしょう。〉〉
《くつろぎ広場》
〈〈が、しかし、言の一事については父親に似てしまったのか、どうも従順とは言い難く、かつ不明瞭な場合もよく見受けられます。〉〉
《――の、とある東屋》
〈〈特に、話の本筋とは違う話を延々長々としてしまうのはあなたの最も悪い癖であり、その点を今後どう改善して行くのか?よく考えておく必要があるでしょう。〉〉
《――の、横に置かれた奇妙なポッドの中》
〈この先代女王の言葉を聴き、私はこの小さな頭をガーンッと殴られたような衝撃を受けました。まあ、とは言っても、あなた方から見れば我々オオツタハコバツバメバチの頭の大きさなどどれもこれも同じように見えるかも知れませんが、私こう見えても他の者達に比べ小顔で通っていてですね、まあ代わりに腹部がちょっと大きいのが玉に瑕ではあるのですが、それでも頭部・胸部・前翅のバランスは大変よく、そう云う意味で先代女王も私の容貌については“天与のものがある”とまで言ってくれたワケでして、配下の者も――〉
《――の、天井に出来たオオツタハコバツバメバチの巣》
〈しかしそれでも、やはり女王と云うかメスの見る目とオスの見る目と云うのは少々異なるようでして、いくら配下のメスたちが私の容貌を誉めそやしてくれたとしても、私の伴侶となるオスが同じように私のこの容貌を良く想ってくれるかどうか不安がないワケではないのですが、この辺お分かり頂けますか?〉
「あー、はい、私は光なので実感としてはよく分かりませんが、それでも有性生殖種の知人の話などを聞くと確かにオスとメ――」
〈そうですか、分かって頂けますか、分かって頂けたようなら幸いですが、ところで――〉
《――の中にある、女王の王台》
〈――と云うことで、私も将来的にはこの巣の女王として夫を娶り子を成さねばならない、その子たちが平和で健康で文化的な最低限度の生活を送れる巣を築かねばならぬとの想いから、先代女王の忠告、特に 〈よく考えておく必要があるでしょう。〉と言われた“言”の一事については日々想いを新たに注意するよう気を付けているところなのですが――そもそも私、そんなにお喋りですか?〉
「え?」
〈あ、いえ、そんな、私が女王だからと云って変な気遣いは御無用です。色々な方のご意見、特にこんな 《ジバレー》の方とお話する機会もそうはありませんので、是非、忌憚のないご意見をお願い致したいところですわ。〉
「あー、えー、まー、あ、ですがその前に、皆さんがここに来た理由と云うか、皆さんのジャンプについてお訊ねしたいワケで――」
〈――ここに来た理由?〉
「はい。過去の資料から何やら別の惑星に向われると云うのは知っているのですが――」
〈理由と云うか、それは、この惑星がそろそろ破壊されるからではないのですか?〉
(続く)