第八週:色香と巨乳とエッチな太もも(水曜日)
承前。
*
ヤザスが女王“ディ・ピェラ”来たり。
オリムが下にひとり立つ、
美美しき男に目を遣ると、
美美しき男微笑み居たり。
その微笑みにいまは亡き、
愛しき良人をおもい出し、
カタスに居わすその父に、(注1)
“Ọkunrin ẹlẹwa kanwaniẹnu-ọna.”(注2)
空に浮きつつ伝えしたり。
是に亡王みずから出で見、(注3)
“Okunrin yi je omo Oba In=Bit.”(注4)
即ち男を御所に率て入つ。
*
それから、ヤザスが亡王マ・レゼは、八十の所の八尋床、ヤチの八皮の八重畳み、八重に重ねたヤクルを載せた。(注5)
「どうぞ、若君」そうレゼは言い、八重重ねのヤクルの上にショワ=ウーを座らせた。「王とは暫くお会いしておりませんが、なるほど、よく似ていらっしゃる」
そうしておいて彼は、御所の者達に八百取の机代 (注6)を準備させると、酒宴を開きウーをもてなした。
御所の外からはヤザスの男衆の怒気や殺気や呪詛と云ったものがこれでもかとばかりに届いて来ていたが、ウーは上座に座ったまま少しも動ぜず、レゼの勧めるがままに食事を取り、酒を楽しんだ。
その後、酒宴たけなわとなり、亡王は周囲の者に目配せをすると彼女らを払い、ウーと二人きりとなった。そうして――、
「臣は (注7)生きていた時から人の顔相を観るのが好きでした。これまで生人死人に関係なく様々な方の顔相を観て来ましたが、貴方の相は特に素晴らしいもののようです」
と言うと、更に飲むようウーに勧めつつ、
「臣には娘がひとりおり、その娘にも娘がひとりおります。器量の良し悪しは分かりませぬが、働き者ではありますので、是非とも、身の回りのお世話をする端女として貰ってやっては頂けないでしょうか?」そう続けた。
ここでレゼは、“端女”などと回りくどい言い方をしてはいるが、要は、彼の孫娘であるシ・ジェオをウーの元に嫁がせてはくれないか?と訊ねたのである。
酒が終わりウーを宿舎へと見送った後、女王ピェラは怒り、次のように亡王に言った。
「おめえさまは日ごろ私に早よう次の婿を迎えるよう言うとったのに、やっと見目よう逞しい男がござった思うたら、年端も行かないジェオに嫁に行けえ言う。どうしてほんなことを言うのやか?」
すると亡王レゼは「これは、女子どもの分かることやねえ」と、地の言葉に戻りながら言った。「ジェオもまんざらではあるまい?」
この言葉に問題の姫君は、ウーのフェロモンにやられでもしたのだろうか、すっかり大人びた口調と雰囲気になって、
「ほんなこと急に言われても……」と、地面にベルヌーイ螺旋 (注8)を描きつつ、「どえりゃあステキな人やとは想うけれど……」と、頬を染めながら答えた。
すると、この娘の恥じらいぶりに、毒気も邪気も抜かれたのだろうか女王ピェラは、
「ほんならば仕方がないやね」と言うと、手にした角杯の底に留めておいた硬玉を抜き取りながら「あのじんのところへ嫁に行きゃエエわ」と、その輝石を娘に向けて抛った。「わっちのがええ女やとは想うが、生みの女には敵わんがな、もし」
さて。
と、このようにしてこの夜は更けて行ったのだが――、困ったのはこの話を外で聞いていたヤザスの男衆八百八十人である。
彼らは、キャッキャウフフとウーの話題で盛り上がる母娘の声に、『ショワ=ウー殺さむ』と想い夜通し謀ることになるのであった。
(続く)
(注1)
“カタス”とはヤザスの言葉で“死者の国”“死んだ人の向かう場所”を意味する。
つまり、この時点で女王ピェラの父、マ・レゼ王は既に亡くなっていたことになる。
(注2)
ここでの女王ピェラの言葉を邦訳すると次の通り。
「村の入り口にえらいイケメンがおる」
(注3)
(注1)と同じ理由で、“亡王”としたものと想われる。
(注4)
ここでの亡王レゼの言葉を邦訳すると次の通り。
「確かに、このお方はイン=ビト王の御子息である」
(注5)
八十の所…ヤザスの神々八十柱が住んでいるとされた場所。“カタス”に同じか?
八尋床…“とても広い床張りの台”の意。
ヤチ…惑星オペンシアの海洋生物。我が惑星のアシカによく似ている。
八皮の八重畳み…“ヤチ”の皮八匹分を八枚に重ねて作った絨毯ののようなもの。
ヤクル…オペンシアに生息する鱗翅目の昆虫、及び、彼らが体内で作り出す動物繊維のこと。この動物繊維はタンパク質・ヤフィルを主成分とし、彼らヤクルはこれを使って巣作りを行なう。ヤザスたちは古来より、この巣を集め衣類の材料として来た。
(注6)
八百取…「食べ切れないほど多くの」ぐらいの意味か?
机代…食卓の上にのせる物。転じて、飲食物や客人への贈り物を意味する。
(注7)
北銀河の旧い風習として、客人に対するとき自身のことを“臣 (わたし)”と呼ぶ慣わしがあった模様。――が、一族の王が客人に対し臣下を名乗るのは少々やり過ぎの感はある。
(注8)
“対数螺旋”“等角螺旋”のこと。あの宙域では、床や地面にこの螺旋を描くことが羞じらいや想い惑うことの表現として使われていたらしい。我が邦の「のの字」のようなものか?