第六週:安堵と恐怖(木曜日)
承前。
さて。またしても説明・引用と云う名の横道が長くなってしまったが、昨日の連載でお見せしたのは、所謂“プランク時代”(注1)の神々からイン=ビト王に繋がるまでの、あの家の歴史の一部である。
無論。参考とする文献や研究者の解釈により異論百出となる内容ではあるし、ガセ=イツ以降八代を (主に紙数の関係で)省いたことのお叱りは真摯に受け止める積りではあるものの、ここでこの作者が皆さまにお伝えしたかったのは、これから登場されるイン=ビト王の血の中には、ケン=イェン及びケン=エソンから来るジュ=リェン七代の血、並びに、リク=ルウが“北の更に北”より持ち込んだとされる火主の血が流れていること、並びに、それら双方の血が最も濃く現れたのが、このイン=ビトと云う王――と云うよりは“化け物”――であった、と云うことである。
*
ガギ。
と云う音とともにミトの持つハイス短刀が噛み砕かれた。舞台は惑星スレストへと戻り、時間は当該惑星消滅の37分ほど前である。
「これで最後かのう」と、口内に残るハイスの欠片をバリ、ゴリ、と更に咀嚼しつつウーは言った。「エモノなしでどないする?」
が、これは半ば冗談のようなものである。
「どないするもこないするも」と、背中に刺さったサーメットの刃を抜きながらミトは言うと、「オノレのエモノももうないじゃろうが」と続け、ニヤ。と笑った。すると、
「ほいじゃあ」と、両の拳を叩き付け合いながらウーも笑い、
「ステゴロじゃのう」と、抜いたサーメット刃を手で磨り潰しながらミトは応えた。「オドレにタルヤ様は渡さん」
*
「お二人のご様子は?」と、彼ら兄弟より離れることおよそ南に350クラディオン、問題の美女スピ=タルヤは訊いた。ここは、ミトの弟でありウーの兄でもあるシン=ムンが造った“カサエペス”の中である。
「いまは暫しの膠着状態」と、壁に開けた穴から外を見つつのムン。「双方武具も武器も使い果たした模様」
すると、「ではいまなら」とタルヤはカサエペスを飛び出そうとするが、
「お待ち下さい!なにをお考えですか?」と、ムン。カサエペスを五重にして彼女を止める。
「お二人をお止めして参ります」と女は答え、
「如何なタルヤ様とて、ああなった二人を止められるとは想えません」そう男は応えた。
「が、私がお二人のお気持ちに気付いて差し上げられなかったのがそもそもの始まり」
「いま行けば、殺されますぞ」
「本望で御座います」
「それは!」と、ここでムンは、彼には合わぬ怒声を上げると、「民が!父王が!私が!許しません!」そう続けた。
ドッ。
と、幾度目かの山の崩れる音がし、
ゴォッ。
と、幾度目かの空の堕ちる音がした。
『“更なる北”に行くのも手か――』そう男は想い、目前の美しい人の額に目を遣った。
が、その時、そんな男の目の端に、なにやら白い影が映った。
直後、安堵を感じ、と同時に、それに数倍する恐怖を覚えた。
きっと気が逸り、衛星軌道上からそのまま身ひとつ飛び降りたのだろう。
白き衣に玄き剣、祖霊の加護も出ているだろう。安堵すべきか恐怖すべきか――、
ガッ。
と云う、兄ミトの壊す河の音が子供だましのように聞こえた。
姿がはっきりとして来た。――間違いない。
我が父王イン=ビトである。
(続く)
(注1)
ドイツの物理学者マックス・プランクに因んで名付けられた『宇宙の歴史の最初の0秒から約10のマイナス43乗秒間』のこと。
近代の宇宙論では、この後、対称性の破れによって“宇宙のインフレーション”の時代が始まったと考えられている。