第五週:紺と金(火曜日)
「この地の守護ベルは奸臣であった!」と、タル=バリは叫んだ。「故に!私がこれを討ったのである!!」
そう叫んでおいて彼は、未だ黒き血の流れ滴っている男の生首を右の手で掲げてみせた。
すると、彼のこの動きに、その気配に、その場にひれ伏していた衛士たちはそろそろと顔を上げると、いよいよ魂が抜け切らんとしている元守護の首を見、次いでそれを掲げているタル=バリの顔を見、そうして最後に、その後ろで遠い宙を――黄色く光る 《ケン=イェン》を――見詰める重瞳士の顔を見た。
『黒き血を浴び、紺と金の髪、そうして奇妙な二つ瞳は、神話の半神そのものであった』
と、これは、この時の彼の様子を前述の老衛士が語ったものであるが、ここで彼が想定していた“神話の半神”とは、多分にブラディオス或いは同じく半神であったグロラディのことではないかと、この作者などは想うのだが、如何だろうか?
*
さて。
先ほどバリは、「ベルは奸臣であった」とし、この守護屋敷での一件に正当性を持たせようとしたわけだが、これは一体どう云う意味であろうか?――少し時間を遡ってみよう。
*
「農夫の件は知っておるか?」と、その死の半ラオ (約一時間)程前、ベルはバリに訊き、
「農夫?」と、バリは応えた。「例のポアドの?」
「左様。あれが七月。その後、東南では叛乱が相次いでおり、ここも安泰ではないかも知れん」
「しかし、どの勢も小規模なものばかり。守護殿がご心配される程のことは――」
「いや、卜占に星を見させた。叛乱は長引く」
「なるほど……それで、本日は何用で私を呼ばれたので御座いましょうか?」
「うむ――バリ殿は顔も広く、この地の賢士大夫からの人望も篤い。是非、私の力になって頂けないだろうか?」
「は?あ、いえ、流石にそれは買い被り――」
「謙遜せずとも良い。私にも人を見る目はある。バリ殿ほどの人物は少ない」
「恐れ入りますが……、しかしそれは……」
「――なんだ?」
「それは……この地で叛乱が起きた際、私も武器を取り帝国のため共に戦えと――」
「あ、いや……ではない」
「は?……と、言いますと?」
「卜占に星を見させた。叛乱は長引く」
「それは先ほども――」
「ああ、いや――」
と、ここまで言うとベルは、
ゴクリ。
と、唾を飲み込み、
ズッ。
と、バリの方に寄ってから小声で、
「“叛乱は長引く”――“これは 《全主》が帝国を滅ぼす時機が来たものだ”」と、続けた。
「守護殿?」と、バリは訊き返し、
「そう云うことだ」と、ベルは応えた。「――私も兵を起こそうと想う。手伝って欲しい」
「つまり……帝国に叛くと?」
「――左様」
「私にどうしろと?」
「将軍になって欲しい」
と、ここで暫くの沈黙があった後、
トン。
と云うバリの、両手を合せる音がして、
「このお話、外で待つ甥を同席させても?」そう彼は続けた。「奴は私の右腕ですので」
そうして、このバリからの申し出をベルは受け、彼らはジオを部屋に招き入れた。
「失礼します」そう言ってジオは部屋に入り、
「よし」そう言ってバリは指示を出した。
チッ。と、何かの光る音がした。
(続く)