第四週:鉄床と槌(金曜日:その2)
承前。
「それはなりませんぞ、陛下」
と、皇帝を諫めたハイ・ジャオであったが、これは、男同士ならまだしも、男から女に自分の取り分、特に肉や魚を分け与えることは、“妻問い”とまでは行かなくとも、相手に自分の好意を伝える行為である――と云う中央銀河の古い仕来りを踏まえてのことであった。
しかもこちらは東銀河帝国の皇帝、あちらは神事に携わる神子――“ルリュイセス”に選ばれたとは言え、所詮は出自も不確かな少女である。
「宮殿の者にでも知れたら何を言われるか分かったものではありません」
先帝の后妃たちはもとより、祭祀と政治の近接を極端に嫌う官僚どもも何を言い出ししでかすか分からない。この皇帝は今回の供犠で兄への供養、自身の禊ぎが済むとでも想っているのかも知れぬが――、
「あ、いや、ジャオ」と、そんな彼の憂い顔に向け皇帝は、「ちょっとした想い付きを語ったまで」と、鉄串の肉を手ずから抜きつつ応えた。「無論、本当に分けるわけにもいくまい」
するとここで――、
“ぴいぃっ”と、西の宙で鳥の鳴く声がし、
「おぉ」と、祭司長の“リュイセス”が驚きの声を上げた。「これは“佳き兆し”ですぞ」
無論。ここで更に、東の宙よりこの鳥の番いの鳥が声を返しておれば、この鳴き声が、この若き皇帝に対しての“佳き兆し”でもあったのかも知れぬが、決してそうはならなかったことは歴史が教えてくれている。
また、この後、この皇帝と“ルリュイセス”の間に何が起こるのかについては、時間と空間を更に追わねばならぬが、それはまた後のこととしよう。
そう。いまは星団歴4260年の初頭であり、我々は、この物語の本来の主人公の一人であり、この“ルリュイセス”と浅からぬ縁を持つことになるタル=カ (タル=ジオ)の行方も知っておかねばならないのであった。
*
さて。この年の半ば (我が惑星の暦に直せば七月。以下同じ)東南銀河の惑星ポアドの農夫であったビン=チェレが仲間の者たちと兵を挙げた。
この“仲間の者たち”とは、オートマータ族との境界警備のため集められ辺境へと送られる途上逃げ出した帝国民たちのことを言うのだが、彼らは各種の苛税・生活苦に加え、帝国の厳しい徴兵制度の下、止むを止まれず逃げ出し蜂起した――と言われている。
すると、このビン=チェレの義挙――と言えるかどうかは研究者によって意見の割れるところだが――共感・賛同するものが、帝国領域内から徐々に現れて行くことになる。
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「今度は 《イニス》が 《ケン=イェン》を遮り始めましたな」と、老齢の衛士は言った。「叛乱は長引くかも知れません」
同じ年の九月。ここは南銀河と東銀河の境にある惑星レクレス。その星の守護ペルの屋敷で、衛士の相手は件のタル=ジオであった。
「長引く”?」と、ジオが訊き返し、
「他星が 《ケン=イェン》の軌道を惑わしている間は兵乱が続き穀物は実るのを止めると言われています」と、衛士は応えた。「あの黄色のものが 《ケン=イェン》、あの赤い小さなものが 《イニス》です」
そんな彼の指の先には、黄龍が如き恒星と、その陰に入り掛けた赤魚の様な恒星があった。
「例の農夫が事を起こす前、あそこには別の青い星がありました」と、衛士は続け、
「そうか」と、ジオはその宙を見ようとしたのだが、想った以上に細く節くれだった彼の指にそれを止めると、「ご老人」と、逆に、そのひとつ瞳を衛士の方へと向けた。
「貴殿は宿舎に戻られよ。守護殿と叔父の守りは私ひとりで十分でしょう」
(続く)