第四週:鉄床と槌(木曜日)
さて。
ロン=サジェ並びにメディシエナの母娘神が、主に中央~東銀河域で広く信仰されていることは前にも書いた。
そのため、彼女らを祀る神殿も銀河各地に建てられているのだが、このうち、ロン=サジェを主神とする神祠・社には、ある一つの決まりがあった。
それは、そこの祭司長となる者は必ず、“リュイセス”の名を継ぎ、また、三年あるいは五年に一度選ばれる神子長も同じく、“ルリュイセス”の名を継がねばならない――と云うものである。
*
この日この時の感想を、若き皇帝ノノフストは、傍仕えの老婆に次の様に語ったと言われている。
「歌うたいの幼子が、鼓に合わせ歌を歌った。
銀糸の袖が翻えり、金の冠りがきらめいた。
二つの足袋がツッツッと動き、
朕は、時が止まるのを感じた。
歴史の泥中より咲き出でたか如き神の子。
あれを朕は、なんと名付ければ良いのだ?」
*
パン、パン、パン、パン。
と、神託所の後庭に皇帝の拍手が響き、問題の神の子はもちろん、その踊りを見物していた他の神子や使用人らも――相当に驚いた顔と目で――彼の方を振り向いた。
ノノフストとしては、直ぐにでも手を打ち声を掛けたい所を、踊りが終わるまで待ったのである。であるが、しかし、この場でこの行いはあまりにも女神への礼を失っしていた。
「お恐れながら陛下――」と、小さく、しかし確かに窘める口調で、「ここはロン=サジェの神祠で御座います」と、祭祀長リュイセスが言い、言われた皇帝もすぐさま、
「あっ」と言って、目の高さに上げていた両の手を下げた。――ロン=サジェ女神の前で拍手は御法度、許されるのは、彼女の夫神ウスカルだけなのである。
*
「では、彼女が当代の?」と、皇帝が訊き、
「一昨年の冬、この地に来、この春より“ルリュイセス”となりました」と、祭司長は応えた。「あの通り、髪の色、目の色、神話の“ルリュイセス”が如きであり、年も相応であったため、異論は出ませんでした」
場面は先ほどの後庭からメディシエナ女神の神殿内へと移っており、彼らの目前では宦官のハイ・ジャオが、神殿の司祭らと供犠のための準備をあれこれと忙しくしているところである。と、ここで――、
“ケッケェッ!!”
と云う鳥の鳴き声が神殿内に響き渡った。
「おお!これはまた見事な!」と、鳥と皇帝を交互に見ながら祭司長が声を上げ、
「亡き兄の代理ですからな」と、少々自慢気に皇帝は返した。「この地の猟師に頼み、最高の物を獲って来させたのです」
さて。
この時用意されたコケイセイはサポルソフの遺言に従い一羽のみ。「その長さ三分の一クラディオン」と、神殿の記録にはあった。
この時代のクラディオンは約4mだから、この鳥の長さはおよそ1.3~1.5m。普通コケイセイの雌は大柄なものでも80cmが相場なので、「最高の物」との皇帝の言葉もあながち嘘ではなかったわけである。
と、そんな鳥より少し遅れて現れたのは、この地の金細工師の男女二人であった。
彼と彼女は、手に手に鉄床と槌、そして頑丈な火鋏みを携え到着し、そのまま皇帝用意の黄金一塊を器用に打ち展ばして行く。
そうしてそのまま、臨席のメディシエナによく見えるように向きを変えると、彼女の面前で、犠牲となるコケイセイの羽根と脚と嘴に、その金箔を貼り巡らして行くのであった。
(続く)