第四週:鉄床と槌(水曜日)
さて。
昨日の連載でお見せした“ヒューレア落とし”の結果、《泰坦族》の巨人アナトウスは、皮を剥がれ残った骨や肉は七つの丘に変わった――と古来より伝えられて来たわけであるが、その為、後の世の考古学者たちは、ナホウトク遺跡の探索において、その候補地が見付かる度に、この“アナトウスの七つの丘”が周囲にないかも合わせて確認することになるのだが……、これが何故か何処の遺跡においても見付からなかった。
その為、彼ら彼女ら考古学者らの中には「ナホウトクは存在したが、神々の参戦、ましてや“ヒューレア落とし”などは後の世の、ホスタージら叙事詩人による創作である」と言い募る者も少なくなかった。
それは、この惑星ポ=ルテントスの遺跡がナホウトク候補として挙げられた時も同じで、彼ら彼女ら考古学者には、この 《七つの丘》が見付けられ――いや、“見えなかった”。
が、しかし、これも仕方がないと言えば仕方のないことで、彼ら彼女ら――だけでなく我々もだが――は、歴史時代の泰坦族並びにその痕跡しか知らなかったがために、問題の 《七つの丘》を、実際の物より相当小さなものだと想い込んでいたからである。
そう。我々の知る泰坦族はよくて四半ルロイ (約0.65km)だが、実際の 《七つの丘》、つまりアナトウスの屍体は、その約十倍、全長2.6ルロイ (約6.8km)もの大きさがあったからである。
*
「なるほど、確かに」と、東銀河帝国現皇帝ノノフストは言った。
彼はいま、切り立った崖の上に立ち、遠くの空を流れる朱色の雲を眺めている。
そうして、そんな彼の後ろには七名の衛兵と高所と強風に腰の引けたハイ・ジャオが立ち、彼の足元には問題の 《七つの丘》と、その上に建てられた七つの街が見えた。
「ホスタージの詩では、アナトウスら巨人はあのバーチ雲 (我が惑星で言う“巻積雲”“うろこ雲”のこと)に顔が隠れていたと云うから、少なくとも二ルロイはなければならなかったわけだ。――考古学者と云うのもあまり当てにはならぬな」と、皇帝は言い、
「あの手の学者は――」と、傍らの衛兵の袖を掴みながらジャオは応えた。「自分の知識にないものは知りたがらぬのです」
「では、」と、そんなジャオの言葉に笑いながら皇帝は、「この崖――巨人が建てたこの“白き壁”のことも知りたがらなかったであろうな」と続け、いま居る自身の足元を蹴った。
*
女神ナイエテによる“ヒューレア落とし”は、巨人アナトウスを倒すことが主たる目的ではあったものの、それと同時に、“ナホウトクの白き壁”――これもその大きさ故、後世の学者たちは発見・理解に苦労したらしいが――を崩すことをも目的とされていた。
が、しかし、巨人アナトウスはその最期に及んでナホトカ王レウリウラムの末娘スバースとの約束を想い出し、その身ひとつで衛星を受け止めることとなった。
そのため、この衛星落としを持ってしても、“ナホウトクの白き壁”には、ひとつの瑕も付くことはなかったのである。
*
「ただ一説によると、壁の建造はアナトウスが一人で行ない、デュリオラはもっぱら九川の治水を担っていたと云うことです」
そう皇帝に対し語るのは、ロン=サジェの祭司長“リュイセス”であった。
この説明に皇帝は、この老齢の神官の指差す先を見ようとしたのだが、そこに――、
オッ。
と云う歓声が神託所の後庭より聞こえ、この会話はここで中断されることになる。
“ルリュイセス”が踊りを始めたのである。
(続く)