第三週:光と予言(木曜日)
さて。
星団歴4259年の皇帝崩御より始まる東銀河帝国の混乱は、もし仮に、その崩御の直前に彼が作らせたとされる詔書が、その役割を正しく果たしていたとしたら、まだ幾分かは救われる物であったのかも知れない。
自身の死の直前、それは帝国議会による崩御公表の三週間ほど前にあたるのだが、東銀河帝国第十一代皇帝コンパルディノス二世は、近侍の宦官に一通の詔書を作成させていた――と、される。
分子機械服用による副作用――と、本人は認めたくはなかったであろうが、それでも、移動型人工天体ムルアの視察中に発症した病いは日を追うごとに惨たるものとなっており、西銀河帝国との交渉中であった長子サポルソフに、自身の遺志を伝えておこうとしたもの――と、考えられている。
しかしここで“考えられている”と留保したとおり、この時の詔書は、皇帝自らが封をし、作成に携わった近侍の宦官へ「間違いなくサポルソフへ届けるよう――」と、命じたにも関わらず、彼の長子の元へ届くことはなく、その近侍の宦官――悪名高きハイ・ジャオ――の手により破り棄てられたのであった。
と云うのも、このハイ・ジャオと云う宦官は、皇帝の信任・寵幸こそ厚かったものの、公子サポルソフ並びに彼の側の人間たちとは悉く対立しており、サポルソフが皇帝として立った場合、自身の立場が危うくなる――と、そう彼は考えたのである。
その為ジャオは、いよいよ皇帝が崩じられると、巡行に同行していた丞相のサハムプラム、皇帝の末子ノノフストと密かに謀り、前述の詔書を破り棄て、偽って丞相サハムプラムが皇帝の遺詔を受けたと言い、ノノフストを立て太子 (後継者)としたのである。
また、と同時に、長子サポルソフ並びに彼の腹心モロル将軍に向けた詔書をも偽造、彼らの罪を数え上げ、皇帝愛用の太刀 (史書によっては剣)とともに、二人に死を賜うと申し送ったのであった。
*
「この鎬地の部分がそうだが、分かるか?」と、渡された刀の背を指しながら公子サポルソフは言った。「“あの方”との想い出だそうだが、まさか本当に最期まで治さず仕舞いとは陛下らしいと言えば陛下らしい」
この言葉を受け、彼の左隣りに侍っていた将軍モロルは、
「なるほど」と、ひと声つぶやくと、その決して名刀とは言い難い太刀を両の手で受け取り、それから左の手に持ち直し軽く振ってから、「確かに――」と、そう応えた。「少々歪んでおりますな」
「詳しいことはよく分からぬが――」と、サポルソフ。「一度折れたものを“あの方”がその場で治されたらしい」
「ヒキュウ (貔貅のことか?)退治の?」
「退治はしておらぬよ。――それも“あの方”に止められたのだそうだ」
「“時主の老君”――私は直接お聞きしたことはありませんが」
「後宮の女どもがうるさいからな。――この鎬地のことも私しか知らぬだろう」
「宜しいのですか?そのような秘密を私に」
「父上――陛下も分かってのことであろう」
ここまで言うとサポルソフは、使者の宦官の“片方だけ綴じられた目”を一瞥してから、
「そろそろよいかな?」と、右手をモロルの方へと伸ばした。「あまり先延ばしにすることでもあるまい」
すると、この言葉にモロルは、太刀を彼に返しつつ、それでも、
「殿下――」と、言葉を続けた。「他の手立てもありますぞ?」
「いや、将軍」そう公子は微笑むと、「これでこの太刀の秘密を知るのは、“あの方”だけになるな」と言って、その刃を己の頸に当てた。
(続く)