第三週:光と予言(火曜日)
承前。
「いま、銀河は乱れに乱れております」との言葉から、老人の諫言は始まった。
老人の名はボ=バルバ、伴の老人は弟のアブ=ルブラと言った。
ふたりは元はソ=リタ=フェルムの王子であったが、父王が長兄のバルバではなく末弟のルブラを王としようとしたため、ふたりで星を去り更なる辺境の地で晴耕雨読の生活を送っているとのことであった。
「西の帝は、父君の葬礼も十分に行わず、臣の身で君を弑し、今の地位へ就きました――」
と、これはこの四年前に即位した西銀河帝国の若き皇帝ランベルト三世のことを言っているのだが、この言葉の裏には、同じく二十三年前に“正当でない方法”で東銀河帝国の皇帝に即位したコンパルディノス二世への非難も当然含まれていた。
この言葉に、皇帝周囲の者は、“協力者”の老人を除き、足の裏に嫌なものを感じたが、当の皇帝本人はまったくの無表情で老人の言葉を聴いている様子である。が、さて――、
「故に、このままでは銀河の混乱は収まるどころか更に迷い乱れて行くことは必定――」
と、バルバの話はまだまだ続いて行くのだが、彼が言わんとすることをつづめて言えば次のようなことになる。
・第一次オートマータ戦争 (4214~18年)終結後も、戦争の後遺症は銀河の各地に残っている。
・また、《銀河の賢人》とも詠われた 《時主族》の消滅や (4229年)、この宇宙への 《全主族》来臨の兆しが観測されなくなったこと等、“悪き兆し”も続いている。
・それに加え、各銀河の辺境域ではまた再びオートマータ族の動きが活発になっている。
・然るに、東西帝国が力を合わせ銀河の安寧を図らねばならぬ時に、星団内で行なわれていることと言えば、前述の西銀河帝国の例にあるような、主君の別を弁えず、長幼の序を無視し、己が利得だけを考える輩を増長させるようなことばかりである――、
「陛下――」と、一歩間違えれば自身の頸が落ちるであろう位置と姿勢のままにバルバ。「ここは何卒、陛下御自らが範となり、帝国内に以前のような礼・楽・律・歴・諸々の秩序を取り戻し、宙内統一、万民整斉を――」
と、ここで――この“以前のような”の部分で、それまでまったくの無表情で通していた皇帝の表情と云うか気配が変わった。
“以前のような”とは、言外に先代皇帝の時代を――彼が“正当でない方法”で追い落し弑した皇帝の御代を示していたからである。
チャ。
と、皇帝の左右の者が二人の頸を狙い、それに気付いた側道のタル=ジオが飛び出そうとした、その一瞬“前”。
「これこそは義人でありますな!陛下!!」
そう呵々したのは、皇帝の“協力者”、ジアン=ウォであった。
彼のこの大笑に左右の者は抜き掛けていた剣を納め、側道のジオもまた歩を止めた。
「そう想うか?」と、皇帝は訊き、
「想いませぬか?」と、ウォは応えた。
「ならば、そう想おう」と、皇帝は続け、
「流石は陛下」と、きっと父親譲りであろう深く碧い瞳を彼の方に向けながらウォは応えた。
「すまぬなご老人」そう言うとウォは、二人を立たすよう衛兵に目配せをしてから、
「貴殿らの言葉は確と陛下の御耳に届いた。が、陛下も我らも急ぎの身。そろそろ道を空けてはくれぬか」と言って彼ら二人をたすけ去らせた。
*
「なるほど――」と、連れ去られる二人の老人と振り向きもしない皇帝の背を見比べながらジオが言った。
「私も、あの様な士を得たいものだ」
(続く)