第三週:光と予言(月曜日)
さて。
東銀河帝国皇帝コンパルディノス二世の好んだもののひとつに、その領域を巡る版図巡行があった。
この行幸の理由については、領民に自身の偉大さを示すためとも、周辺蛮族を取り込むためとも言われているが、その辺りの正確な理由について史書は何も語ってはくれない。
が、それでも、彼がこれらの巡行を本格化させた年なら分かる。
それは、彼の皇帝即位から五年後の星団歴4237年。所謂 《サカタッティ狩り》 (注1)の年からであり、これは第一週で語った 《亜氏の碧玉事件》の約二年後に当たる。
即位前から考え望んでいたことなのか、それともこの時期なにかこれを具体化させる出来事があったのかは不明であるが、この巡行により廷内政治への目が行き届かなくなったことも、皇帝崩御後の帝国内の混乱を招いた理由の一つであると想われるが――、いやいや、また話が飛んでしまいそうだ。
そう。物語は、この皇帝が、版図巡行の途上、永世中立宇宙ステーション 《深探索》に立ち寄ったところを書こうとしていたのであった。――こちらは星団歴4255年。タル=ジオ十九才のことである。
*
ザワッ。
と、皇帝の姿を一目見ようと集まった野次馬たちに動揺のざわめきが起こった。
ここは、《深探索》の駐艇ドックから艦長室へと続くプロムード――の側道部分であるが、彼ら野次馬連が見詰めるその先には、問題の皇帝とその“協力者”として知られる長身白髪の老人、それに彼らを護る十数名の衛兵と、そんな一行の前に膝付き片肌脱いで座るふたりの老人の姿があった。
「ご老体――」と、皇帝に代わり“協力者”の老人が彼らに声を掛けた。「いまなら無かったことに出来ますぞ」
当然のことながら、一般の領民、いや朝廷内の者であっても、許可なく皇帝の前に進み出たり言葉を発したり、ましてやその往く手を塞ぐことなどは認められるものではなく、その場で“存在そのもの”を消されても文句は言えない。が、それでも――、
「お恐れながら――」と、年嵩の方の老人が言葉を発した。「無かったことにされては困ります」
その声の音調から、彼が東銀河の北東辺境域の出であることが分かった。
「では、その姿も――」と、“協力者”の老人が続け、
「左様で――」と、年嵩の老人が、その左腕を背の方へと廻しながら言い、その隣りの老人も、彼の動きに合わせるように、自身の左腕をその背中へと廻した。
*
いまでは知る者も少なくなったが、彼らのこの振る舞いは、東銀河辺境域に古くから伝わる作法のひとつで、臣下の者がその君主に諫言を行なう際に取る型のひとつである。
つまり。彼らの取ったこの行動から分かることは、この老人たちが相応の家の出であること、自ら皇帝の臣下・臣民であると認めていること、そうして、それでもなお、“存在そのもの”を消されるリスクを負ってでも、この皇帝に諫言を行わなければならない、と覚悟している――と云うことであった。
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「止めておけ――」と、手にした杖で甥の足を突きながら、タル=バリは静かに言った。「お前ひとりのことではすまん」
いや或いは、この甥ジオであれば、あれら衛兵もろとも皇帝の首を堕とすことも有り得ぬことでもないが、それでは帝国を倒すことにはならぬし、それでは余りに掛け金が高い。
「この場の全員が消される」そうバリは続け、浮き上がった甥の腰を席に戻させた。
(続く)
(注1)
青色の光型知性体 《サカタッティ》の一族を、皇帝自らが人工ブラックホールを使い捕まえた事件のこと。詳しくは、拙作『夢物語の痕跡と、おとぎ話の物語』に書いておいたので、気になる方はそちらをご覧頂きたい。