第二週:残骸と神々(金曜日)
承前。
くぱぁ。と云う擬音を用いることの是非については賛否の分かれる所ではあろうが、カイベディック星系第三惑星上空の宇宙空間が割れる際には、いつもそれに類した音と、
ジワリ。と云う表現を用いるのが、これまた適切としか言いようのない空間の歪みが、実際に生じていたようである。
が、それはさておき。
かつてこの空間には、この第三惑星 《マルクル(或いは現地語で“メーザース”)》のひとつの衛星 《ソディム》があったのだが、その衛星が消された或いは“奪われた”後に現れたのが、この時空の歪み 《カイベディック・ワームホール》、通称 《妣国神殿》である。
*
「その目で見るのは初めてであろう?」そうタル=バリが傍らの甥に訊くと、その甥は、
「それはどちらのことですか?」と、左程の関心も感心もない様子で応えた。
彼らの眼前には問題のワームホールが、その『どの方向から見ても穴に見える三次元の球体』を現したところであり、その『球形の穴』からは、先ずは露払いの駆逐艦が二隻と、続いて旗艦クラスの戦艦が一隻、それから皇帝専用の主力艦艇 《ティノープル》が続き、その後ろには後備えの戦艦二隻と駆逐艦四隻が、それぞれの護衛船らとともに抜け出ようとしているところであった。
「奇妙は奇妙ですが、滑稽は滑稽です」
と、未だひとつ瞳であった眼を 《ティノープル》の艦橋に向けつつバリは続けた。故国の仇が見えぬものかと考えたのでもあろう。
*
さて。ここで、右の文を読み返していた作者は、不意に、『少々説明不足かも?』との不安に襲われたので、読者の方にとっては大変読み憎いとは想いつつも、以下二点ほどの補足をしておきたい。
先ずは一点目。『球形の穴』について。
所謂ワームホール (時空のある点から離れた別の点へ直結する穴のような空間領域)を説明する際によく用いられるのは例えば――、
「一枚の紙に離れた二つの点があったとして、その点から点へいちばん早く行く方法は?」
「それは、その点と点を結んだ直線だろ?」
「残念。正解は“紙を二つに折って、点と点をくっ付ける”。これがいちばん早い」
……みたいなやり取りである。
さて。ではここで実際に、その重なった二点を繋ぐためにペンで穴を開けてみよう。
プス。――開いただろうか?
それでは今度は、その紙を開いてみよう。
すると、それぞれの穴が、紙の外側か内側のどちらかに飛び出しているのが見える。
紙は二次元であるから、この紙を三次元空間だと見做すと……そう。そこには、『どの方向から見ても穴に見える三次元の球体』があることが分かる。――これが『球形の穴』。
では今度は補足の二点目。タル=ジオの“未だひとつ瞳であった眼”について。
各種の小説等でご存知の方も多いかと想うが、タル=カは所謂『重瞳』であった。
これは各種の資料・史料の認めるところではある。あるのだが、同じ資料・史料にもう少し踏み込んでみると、別の事実も現れる。
それは、少年期或いは青年期の彼のことを『深く暗い蒼の瞳』や『気高き口元、目は緑』と云った“ひとつ瞳”として描写している資料・史料が少なくない、と云う事実である。
無論。これら矛盾の解釈については、後々、この物語の中でも語っていくつもりではある。がしかし、それを語るにはもう暫く時間と空間を進めなければならないのも事実である。
その為、読者の皆さまには大変混乱されるかも知れないが、今後も出て来るであろう彼の“ひとつ瞳”については、以上のような事情がある旨、先ずはご承知置き頂きたい。
と、ここで紙数も尽きたので、続きは次週。
(続く)