第二週:残骸と神々(木曜日)
「こんな所で何をしている?」
と、先述の崖上で叔父のタル=バリは訊いた。彼の手には今しがた甥のジオが折ったとされるマルテンサイトの細剣が握られている。
「河を見ておりました」
そう崖の縁の甥は応えた。彼の視線の先には北方の陽に照らされた双子の大河と、その兄の方を渡ろうとする小舟、そしてその上に立つふたりの礼学士の姿が見て取れた。
「なにが気に喰わぬ」と、叔父が訊ね、
「剣術など私には無用です」と、甥は答えた。彼の折った剣の数はこれで七本目であった。
「礼であれば、あそこを渡る緑人 (南シュシュイの住人たちを蔑んで呼んだ語)どもに任せておけばよく、数法格致は青や白肌の学者どもに任せておけばよいでしょう。
また、柔も剣も、拳、脚、擒拿も、対せる相手は十か二十。これらをいくら学んだとて、あの護貫 (ゴドラオオダヌキのこと。転じてここではコンパルディノス二世を指す)を倒し、ジン国復興の助けにはなりますまい」
細剣を折った際の名残りがまだ残っているのだろうか、右の手のひらを左の手の指で解しながらジオは続ける。
「あの剣の師範によれば、この地はティクイストス人が築いたものだそうです。
あそこに見える砦の名残りや金紅石の壁、天にも届かん朽ちた寺院に礼学堂――それも彼らが建てた。彼らはここに住み、暮らし、死に、石で出来た神を祈った。
「それが我々の誇りであり歴史だ」と師範は言った。が、そんなものが誇りであり歴史なのですか?ティクイストスの帝国は亡び、彼らの石の神々は彼らを救わなかった。
残ったのは、移住者の土掘り人らが見付けた帝国の残骸と神々を模した石の塊たちのみ。――叔父上、私は護貫らを亡ぼすための術を学びたいのです」
陽が落ち、欠け、礼学堂の辺りには霧が浅く立ち込め始めている。ジョウトウガンの鳴く声が聞こえ、ナトリウム灯に照らされた礼学士たちの舟を降りて行くのが見えた。
「よかろう」と、叔父は応えた。「タル家の兵法を教えよう」
*
さて。この後、叔父タル=バリから兵法のあらましを学んだジオではあったが、やはり兵法にも天賦の才は必要であり、その才はどうやらジオにはなかったもののようである。
そのため、彼はこの後、ひとりの師に出会うまで、相応の苦労をすることになるのだが、それは後々語って行くこととして、ここで少し場面を変えよう。――ジオに関する挿話を、もうひとつ用意していたのであった。
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時は星団歴4255年。タル=ジオ十九才。
場所は、中央銀河にほど近いカイベディック星系第三惑星。その軌道上にある宇宙ステーション 《深探索》。
実は、この前年バリは、ある事件の巻き添えとなり勢いで人を殺してしまっており、そのために彼は、ジオを連れ、その仇を避ける形で南銀河へと向かう途上にあった。
この 《深探索》と云う場所は、南~中央銀河でも有数の天然ワームホール 《妣国神殿》を抱える交通の要衝地であり、また永世中立地帯としてもアルファケンタウリの 《留善城》に並ぶ場所でもあったため、彼らのような逃亡者が逗留するには丁度良い場所であった。
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「皇帝が?」そうジオは訊き返し、
「非公式らしいがな」と、バリは応えた。「例の競技会の用地を視た帰りらしい。多分、この後“朱の王”の所にでも行くのだろう」
“朱の王”とは、家紋に朱鳥を印す惑星エシクス君主エルテス王のことである。
「無論。衛兵連れで隙はないだろうが」と、続けてバリ。「遠くより顔を眺めるぐらいは出来るだろう」
(続く)