第二週:残骸と神々(月曜日)
さて。
開巻冒頭より横道が長くなってしまったが、我々はこの物語の三番目の主人公、タル=ジオ (タル=カ)について語ろうとしていたのであった。
先述した通り、タル家の領地は現在のル=メン星系メル=ディオの南半球 《タル》であり、ジオも幼少期は、少なくともジン国が亡ぼされるまでは、その地に暮らしていた。
と、考えてみても良さそうなものだが、各種史書を紐解いてみても、彼の 《タル》の地における挿話などはひとつもなく、帝国の本紀も彼の本籍を 《メル=テム》としている。
多分にこれは、どのような事情によるものかは不明だが、前後の関係から、相当早い段階で彼は、叔父のタル=バリの下で養われていたからなのではないか――と、この作者などは想うのだが如何だろうか?
またその証拠に、と云うわけでもないのだが、このあとご紹介する二つの挿話、そこにおける彼の相手は、どちらも、季父タル=バリなのである。
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さて。
タル家の男子には代々、一部の例外を除き、“騎士の血”が現われるのが常であった。
そのためジオも、実際の血が現るのを待つことなく、騎士としての教育を受け、育てられることとなった。
しかし彼は、熱力学や微積分と云った基礎的な物理や数学を習っても覚えられず、やめて柔・剣などの武術を教えられても長続きはしなかった。
「こんな所で何をしている?」
と、ある日、しびれを切らせた叔父のバリが訊いた。彼の手には、いましがたジオが折ったであろうマルテンサイトの細剣が握られている。
「河を見ておりました」
そう崖の縁に立ち、甥は答えた。
彼の見下ろすその先には、二本の大河が、付かず離れずまるで踊りでも踊るかの如くメル=テムの大地を流れて行くのが見える。
ホスタージの詩と、この地の考古学者ピスカトルの説が正しければ、これら二つの河は、七百年戦争の終盤において勇者ブラディオスを飲み込んだ双子の河神、クサニス (熱い河の意)とドロニス (冷たい河の意)であったそうなのだが――うん。少し紹介しておこう。
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「お前の母は (葬儀用の)牛車を用意する必要もないな!」
ブラディオスはそう叫ぶと、折れた前立をリュキオスの胸へと突き立てた。
「この“熱い河”がお前を海へと運び、その身体は骨も残さず大魚ルバーチの餌食となるのだ!
いくらでも河神に祈るがいい。俺はお前たちを残らず追い詰め、《ハドルツ》の闇より深い闇の中へと導いてやる!お前らゴラス人がメネイス (パパスグロリの幼名)にしたことの償いをさせてやる!」
それからブラディオスは陸へと戻ると、先ずは手始めにロアイオスとロシテルの顎を割り頸を斬った。
そうして、彼らを河へ投げ入れると同時にその盾と剣を奪い、次にはユンとユピロスの肚を突き臓腑を裂いた。
それからまた、ソネスにラシオスにイアシオスにペオラス、目に入った者たちの腹や胸や頸や頭蓋を穿ち、潰し、堕し、消し去ると、残った身体は次々と河へと投げ入れて行く。
この時ブラディオスが殺したゴラス兵の数は十数百人。熱き河は屍体で溢れ、碧く透き通ったその水は、いつしか黒く濁った物へと変わって行った。
「みな!滅びるがいい!」と、英雄は叫び、
「わたしから離れろ!ブラディオス!」と、河神クサニスの怒声が響いた。
(続く)