第一週:石と短剣(金曜日)
さて。
“本物”の 《亜氏の碧玉》は、《時主》の賢人 《法亜》が、非周期彗星 《インセッツ》の山中より掘り出した物だと云うことは先にも書いた。
このとき法亜は、時主の特殊技術を用い、玉の表面に特殊な二層シールドを張り、その間に人工の虚数空間を充填したとされている。
その為、この玉に加わるあらゆる衝撃は、その虚数空間内に取り込まれ分散・消滅、玉を傷付けることはおろか、その本体に辿り着くことすらなかった。――と、史書にはある。
*
「が、なんとも情けのない」と、小さく頭を振ると少女は、
「コンパルディノスともあろう者が、このような偽物に顔を綻ばせるとは」と言い、
言った直後、その手中の碧玉を傍らにあった天然コランダムの柱へと叩きつけた。
ガギッ。
と、玉の毀ける音がし、
ダンッ。
と、少女の倒れる音がした。
近衛長のマルテンサイトの短剣が少女の頸を貫いたのである。
「ジア!」と、タル=ウドゥが叫び、
「動くな!」と、コンパルディノスも叫んだ。
が、その後、彼らは奇妙な光景を目にすることになる。
少女の身体が、その衣ごと、まるで枯葉の固まりのようなものへと代わり、そのまま何処かへと消えてしまったのである。
『これは?』と、この奇妙な光景にさる見聞録の一節を想い出したのは、ここに居る中ではコンパルディノスただ一人であったが、
『もしや――』と、皇帝が考えを巡らせるよりも早く、
「おい!」と、部下達に向けた近衛長の声が響き、彼の考えは一旦留保されることになる。
ひとり取り残されたウドゥを衛兵たちが引っ立てようとし、
『出来て五……いや、七人か――』と、彼が右の親指で左の方庭を確かめたところで、
「やめておけ」と、彼らを諭す皇帝の声が深く響いた。「いまウドゥを殺したところでなにがどうなると云うものでもあるまい」
床と、そこに残された石と短剣を見る。
なるほど。血も肉も一欠けらと残さず消え――消えたのか?
「そやつを殺せば、ジンとの間は絶たれる。それよりはむしろ厚遇して帰した方がよい」
短剣を拾い上げ、その重みを確かめる。
なるほど。重みも増した風ではないな。
「王への詫び状は、朕も一緒に考えよう」
魂の一欠けらも残してはおらぬようだ。
刃先を向けたまま、近衛長へと返した。
「なかなか……、見事な動きであったな」
*
この後皇帝は、改めてウドゥを朝廷にて引見、客礼を持って彼を遇し、ジンへと返した。
この間、いやその後も、皇帝が玉と少女について語ることはなく、ジンのベセンテ王も 《亜氏の碧玉》に触れることはなかった。
この翌年、帝国はジンを攻め、二万人を殺し、軍は本星の近くにまで近付いた。
皇帝は王のところへ使者を出し、「親善のため“カウマレ” (問題の衛星の一つ。『碧い海』の意)にて会合したい」と申し入れた。
この時、王の随行者として名指しされたのがタル=ウドゥであり、この時の彼の行ないも後世に語り継がれるものであるのだが――いやいや、いささか横道が長過ぎたようだ。
物語は、彼の子タル=バリと彼の孫タル=カを追わねばならず、風に消えた少女の行方については、また後ほど語ることとしよう。
碧玉については、これもまたそれが本物であったかどうかは不明だが、似たものであれば、我々は既に幾度か目にしてはいる。
(続く)