第一週:石と短剣(木曜日)
承前。
かくして、星団歴4235年。ジンのベセンテ王は将軍タル=ウドゥとその舎人ジ=アン (或いはジア)に 《亜氏の碧玉》を捧げ、遠く東のかたチルキト (東銀河帝国本星)に入国させた。
「これはこれはタル将軍」そう言って東銀河帝国皇帝コンパルディノス二世は、ウドゥとその伴の少女をカピトゥル台 〔皇宮内にあった台 (うてな)の一つ〕に座して引見した。「早速で済まぬが、玉を見せて頂けるか?」
そうして、ウドゥが玉を捧げ皇帝に進めると彼は、声にこそ出しはしなかったものの大いに喜び、呼んでおいた複数の鑑定人にその石を手渡して見せた。
近侍の女官や宦官、大臣たちは万歳を唱え、
「どう想う?」と、ウドゥがジアに訊き、
「約は果たされないでしょう」と、答えると同時にジアは、「お恐れ入ります!陛下!」と、そのか細い身体からは想像出来ぬほどの大音声で叫んでいた。
宦官大臣女官らの万歳が止み、近衛の兵たちの武器を握る音が聞こえた。
「どうかしたか?」と、あの孟彰オオトカゲが如き低く太い声で皇帝が訊いた。
宦官大臣女官らの呼吸音が止み、近衛の兵たちの足を擦る音が聞こえた。
が、しかし、この威容と雰囲気の中心にあって少女は、特に臆することもなく、
「その玉には瑕があります」と、それがまるで当為のことであるかの如くに応えた。
「瑕?」と皇帝。「そのような物は見えぬが?」
「光の加減でしょう」と、一歩進み出ながらのジアは続け、衛兵たちの床を踏む音が聞こえた。「――あるいは、時間と空間の加減かも」
この言葉に皇帝は、衛兵達に待つよう合図すると、「それでは」と、改めてジアに訊いた。
「その瑕とやらを見せて頂けるか?」――どこか、“あの男”に似ているような気がした。
「よろしければ――」と、台に足を掛けつつのジア。「そちらまで上がって参ります」
「待て!」と、近衛長が腰の短刀に手を添えながら言った。不審な動きがあり次第、少女の頸を貫く構えである。
「構わん!」と、皇帝が鑑定人から玉を受け取りつつ応えた。「上がって来させろ」
すると、この指示と同時に三名の衛兵がジアへと近付き、改めて少女の身体を精査した。
が、入室した時と同様、少女が身に付けていたのはエシクス麻の貫頭衣一枚切りである。
「失礼した」そう言うと衛長は、腕を曲げたままの格好で、ジアを皇帝の下まで案内した。
「名は?」皇帝が訊き、
「ジ=アン」と、少女は応えた。
「生まれは?」
「ここから遠く離れた場所」
「将軍とは?」
「舎人をしております」
「玉のことはどこで?」
「幼き日、亡き父より」
ここまで話して皇帝は、少女の碧い目と手中の玉の碧さを比べると、誰も気付かぬ程に首を傾げ、それから少女に玉を渡した。
少女は、玉を手に持ち数歩下がると、天からの光にそれを透かし見てから、醒めた声と表情で、「陛下、これはいけませぬ」と言った。
「陛下は、これを手に入れようとベセンテ王に書簡を送り、王は群臣を召し評議を開かれました。集った群臣たちは皆が皆『皇帝は貪欲であり衛星を渡す積りはない』と言い、衆議は『否』に傾きましたが、幸い王は『そのような欺し合いは君子の行ではない』と、南シュシュイの礼に則り斎戒七日、我々を送り出されたのです」
するとここで少女は、小さなため息を一つ吐くと、「が、なんとも情けのない」と、小さく頭を振りつつ言った。
「コンパルディノスともあろう者が、このような偽物に顔を綻ばせるとは」
(続く)