1-4 情けは誰のため?
「う~ん。おはよう?」
「あぁ、ごめん。起こしちゃった? もう少しかかるから、まだ寝ていていいよ」
と言ってから、謝る筋合いはないはずだと気が付いて思わず顔を顰めた。
あの後、結局、天を山小屋に連れてきてしまった。見知らぬ人間に山小屋の場所を知られるなんて絶対避けたい状況ではあった。けれど、タイム村の場所は知らなかったし、何より日暮れが迫っていた。
いくら慣れている森とは言え、夜になれば道に迷いやすくもなる。大型の動物だって多少はいるし、襲われたらたまったものじゃない。
昨夜は時間もなくて作り置きのクッキーとお茶ですませてしまった。朝ごはんは少しでもおなかにたまるものを作ろうと木の実をつぶして団子を作っていたら起こしてしまったらしい。こんなに世話を焼いてやる必要ないんじゃ? と思いつつ、作ってしまった団子を野菜ときのこのスープに放り込む。
「やばい、死にそう」
「えっ、嘘でしょ! 足以外にも怪我していたの?」
聞こえてきた天の言葉に慌てて駆け寄る。せっかく助けたのに目の前で死なれたら寝覚めの悪いこと、この上ない。
「起きたら美少女が俺のためにごはんを作ってくれてる」
どうしよう。殴りたい。
惚けたように呟く天にふつふつと怒りがこみあげてくる。
「起きたなら、先に包帯と湿布を取り換えるよ」
まだ寝ぼけ眼の天に冷たい視線を向けると慌てた様子で天がベッドに正座する。
「う~ん、まだ腫れているかぁ」
予想はしていたけれど、まだ結構腫れている。森の中を歩けるようになるにはもうしばらくかかりそうだ。手早く包帯と湿布を交換しながら、内心でため息をつく。できればさっさと出て行って欲しい。
「はい、おしまい。朝ごはんにしよう」
「えっ、あっ、はい! ありがとうございます!」
なんで敬語なのよ。見た目の年齢なら多分、天の方が年上だ。
「はい。スープだけで悪いんだけれど」
いや、だから私が謝る筋合いはないんだってば。とはいえ、育ち盛りの少年にこれではかわいそうだ。仕方ない、昼には魚をとりに行くか、なんて考えてしまった自分に驚く。一度は家族と呼べた人間にあれだけ手ひどい仕打ちを受けたというのにどうかしている。
「上手い! 団子がむちむちしていて最高!」
私の思いなんてしっかり無視して、天は幸せそうな顔をしている。そんな喜ぶようなものじゃないでしょうに。あぁ、パンとか干し肉とか用意しておけばよかったなぁ、って思い浮かんでしまった考えに慌てて頭を振る。だから人間に関わるのはもうこりごりなんだってば。
「ねぇ、聞きづらいんだけどさ」
「聞きづらいなら聞かないで」
「君はここに一人で住んでいるの?」
聞くんかい!
「そうね」
「ずっと?」
「ずっとの定義が何年からか知らないけれど、じゅ」
危ない、危ない。口が滑るところだった。
私の外見は十五歳。十年前からこの山小屋に一人で住んでいるなんて言ったら不審者確定だ。
五歳児が一人きりで森の中を十年も生き延びた、なんて、どこのおとぎ話だよ。森のくまさんに育ててもらいました、とでも説明しろと?
「そんなことより、天はこんな時期に森へ何をしに来たの?」
話を変えようと思ってでてきてしまった言葉にすぐに後悔した。事情なんて聞いて何になるっていうのさ。
「あっ、やっぱりいいわ」
「あぁ、キシセツソウを採りに来たんだ」
取り消そうと思った私の言葉と天の答えが見事に重なる。と、私はその答えに耳を疑った。
「はぁ~? キシセツソウ?」
「えっ、何? 前にこの辺で採ったことがあったんだけど」
キシセツソウは怪我に良く効く薬草だ。なんなら今、天の足に巻かれている湿布もキシセツソウから作っている。比較的どこでも採れる薬草だし、もちろん常盤の森でも採れる。採れるのだけれど、この森で採れるのは早くても一カ月先の話だ。
「この時期にキシセツソウは採れないよ。なんでまたキシセツソウなんか?」
キシセツソウは入手も簡単だし用途も広い。だからこそ大抵の薬屋ならそれなりの量を保存している。それにまともな薬師ならキシセツソウがいつ採れるかなんて常識だ。こんな時期に採集の依頼をするわけがない。
「いや、実は……」
「あっ、やっぱりいいわ。言わないで」
明らかに面倒臭そうな話を始める気配がして、私は天の言葉を慌てて遮る。これ以上の厄介ごとはご免だ。と思ったのに。
「村の薬師が亡くなってさ」
「えぇ~」
また重なった天の言葉に私はあからさまに嫌そうな声を上げてしまった。
医者がいるのは大きな都市だけだ。大抵の町や村には医者なんていない。じゃあ、病気や怪我をしたときにどうするかと言えば、薬師を頼るのだ。医者と違って薬師なら町や村に一人はいる。大抵の不調は薬師がなんとかするものなのだ。
その薬師がいなくなり、常備薬のはずのキシセツソウが底をついた。これが意味するところは、つまりその村には後任の薬師がいないということだ。
薬師は引く手あまただ。村に代々住む薬師の一家でもいればいいが、そうでないなら新規で探すのはまぁまぁ手間のかかることだろう。そして、次の薬師が来るまでの間、村人は相当困ったことになるはず。
病気になる度、大都市から医師を呼べるのは一握りの人間だけだ。大半は村人たちの怪しげな記憶と民間療法に頼ることとなる。
そこには間違いや勘違いが多分に含まれていることだろう。現に天はこの時期にキシセツソウを探すなんて見当違いな真似をしている。
「必要なのはキシセツソウだけなの?」
キシセツソウなら動物も使うから保存している。タイム村がどの程度の村かわからないけれど、次にキシセツソウが採れるまでくらいなんとかなるだろう。
「えっ? あるの? もしかして君って薬師」
「いや、薬師ではない。でもキシセツソウならあるから分けてあげてもいいよ」
私の言葉に天がまじまじと私を見つめて考え込む。まぁ、昨日会ったばかりの人間、というかアンドロイド、に言われても怪しむだけか。別に無理してもらってもらう筋合いもないからいいけれど。なんて思っていたら。
ガシッ!
天がいきなり私の手をがっつりと両手で握り締めてきた。驚く私を無視してそのまま、天がガバッと頭を下げる。
えっ? 何、なんなのこの子? 急にどうした?
「お願い! タイム村まで俺を送って!」
「はぁ~!」
何をすっとぼけたことを言い出した? 何で私が天を送らなきゃいけないの!
「ほら、歩けるまでここでお世話になるのは悪いし、だったら、君が治療しながらタイム村を目指した方が良くない? 怪我が治らなくてもタイム村に着きさえすればいいわけだし」
確かに怪我が治るまで居座られるのはかなり迷惑だ。いっそ送ってしまえば治るまで待つ必要もない。
「それにこうしている間に俺のことを心配して村の人がここを訪ねてきたら」
「それは困る!」
天だけでも想定外だというのにこれ以上たくさんの人間に見つかるわけにはいかない。
なんでこんなことになってしまったんだか。私は心の中で盛大にため息をついた後で、私の手を握り締めたまま上目遣いで見つめる天に向かって答えた。
「朝ごはんを食べたら支度をして。その間に松葉杖を用意するから」
「いいの?」
「送るのは森の終わるところまでだから。そこからは一人で帰ってよね!」
満面の笑顔になりかけた天を見てしっかり釘を刺すと私は松葉杖になりそうな枝を探しに森へ向かった。