4-1 そうは問屋が卸さない
収穫祭から数か月。季節はまた一つ進んでもう年の瀬。
収穫祭で配った東雲膏は予想外の人気で今や薬屋の定番商品だ。最近は庭で作っていると村の人たちが手伝ってもくれる。
図らずも親と言える存在が再びできた。けれど事情が事情だけに、さぁ今日から家族です、と言われても戸惑いの方が大きくて。
結局は、ゆっくりでいい、と言ってくれた桃さんと松葉さんの言葉に甘えて、まだあんず亭に部屋を借りたまま、薬屋を続けさせてもらっている。
天も同じように便利屋を続けている。プロポーズも今のところ無い。刈安さんからの情報では簪のために仕事を励んでいるらしい。そんなのいらないのにと思いつつ、私自身は何も言われてないから何も言えず。
そんなこんなであまり変わりのない暮らしが続いている。
私の味覚は収穫祭から失われたまま。ついでに言えば、視力や聴力も落ちてきている。多分、アンドロイドとしての寿命が近づいているのだろう。
人知れず朽ち果てることだけが目的で山小屋に籠もっていた十年間はピンピンとしていたのに。大切と思える人たちができた矢先にこれだ。神様という奴はアンドロイドにはとことんそっけないらしい。
「ふぅ……」
一人きりの薬屋のカウンターでため息をつく。手元には書き終えたばかりの手紙。
収穫祭の後、数日しても戻らない味覚に不安を覚えた私は、悩んだ末に王立研究院の烏羽に手紙を書いた。銀朱と黄唐がすでにこの世を去っている中で、頼れる人物は彼しか思いつかなかった。
でも、烏羽からの返事はある意味予想どおりのものだった。銀朱と黄唐はアンドロイドに関する資料の一切を処分していて、娘の紅緋にすら何も残さなかったこと。そして、現在の王立研究院でアンドロイドの研究はされていないこと。
まぁ、そりゃそうだ。なんせ禁忌の技だものね。
銀朱と黄唐を責めるのはお門違いというものなのだろう。黄唐の手紙に何か残してくれているのでは、とうっすら期待していたのだけれど。まぁ、本音を言えば彼らも私がこんなに長持ちだとは思っていなかったのだろうし、烏羽への手紙も万が一を思ってのことだったのだろう。
どうせなら修理の仕方も書いておいてよ、と思いつつ、ない物は仕方ない。つまり、私を修理できる人間をはこの世界のどこにも存在しないのだ。それを知った私は烏羽にもう一通だけ手紙を書いた。すぐに了承の返事が来た。
そして、今、私は書き終えた手紙を見つめる。これを出すべき時がきたのだ。
「……! 月白!」
急に聞こえた声に慌てて手紙をカウンターにしまう。
「天? どうしたの?」
顔を上げると天が薬屋の入り口に立っていた。一瞬、天に似合わない険しい表情をしていたような気がしたのだけれど。
「今からあんず亭に戻るところ。一緒に戻ろうかな、と思ったんだけど、まだ仕事ある?」
「ううん。大丈夫」
そう言う天はいつもどおりで、どうやら見間違いだったらしいと思い直す。簡単に片づけをして薬屋を後にする。と、薬屋をでたところで当たり前のように差し出された手に苦笑する。
「いつも言っているけれど、大丈夫だよ。バードックじゃないんだから、迷子にもならないし、緊張もしないよ」
「いいから。俺が繋いでいたいの。ほら」
目の前でヒラヒラと振られる手を見て、仕方ないな、と呟いて手を取る。いつもどおり温かい天の手。この先、触覚にも異常が出始めたらこの温かさもわからなくなる日がくるのだろうか。そう思ったら、急に怖くなって思わず天の手をギュッと握ってしまった。
「あっ、ごめん」
「大丈夫。絶対、離さないから」
謝る私の手を天がギュッと握り返す。と、急に立ち止まると真剣な顔で私を見つめた。
「ねぇ、月白。王立研究院に行こう」
「えっ?」
「調子が悪いんだろ?」
「どうして」
ばれていないものと思い込んでいた。他の人にも何も言われたことはなかったし、天もいつもどおりだったから。
「気が付いてないとでも思った? 俺がどんだけ月白のことを好きかわかってないな」
驚きで言葉の続かない私を見て、仕方ないな、と言いたげに天が一瞬笑う。そして、また真面目な顔に戻って。
「俺も一緒に行くから」
まっすぐに私を見つめる空色に敵わないと思った。この輝きにどれだけ支えられたか。その手の温かさにどれだけ救われたか。
「ありがとう。でも無理なんだ」
「大丈夫だよ。絶対に一人にはしない。怖い思いもさせやしない。だから」
「ううん。そうじゃないの」
烏羽から聞いたことを全部話した。話したところでどうにもならない話を。
「そんな」
呆然とする天に言葉を続ける。
「天、私、山小屋に戻るよ」
「俺も行く」
「ううん。山小屋には一人で行くよ」
ありがとう。でも、一緒にはいけない。
「烏羽にお願いしてあるの。機能を停止する前に必ず連絡するから、その時は私の体を誰にも知られないように処分してって」
さっき書いていた手紙がそれだった。その時が来たら出すと約束していた手紙。私の体に残された技術が悪用されないように。私のようなアンドロイドが二度と造られないように。
「嫌だ! そんなの駄目だよ! 俺が絶対になんとかする!」
「天、無理なんだよ」
「無理じゃない! 俺、便利屋やっているせいで顔だけは広いんだ。月白を助ける方法、絶対に見つけてみせるよ! だから」
「天、ありがとう。でも」
無理なんだよ。この世界に私を修理できる人はもういない。どうしようもないことだから天の負担にはなりたくない。それに何より、私はもう十分幸せな思いをさせてもらった。
用済みで朽ち果てるしかないアンドロイドだった私にとって、タイム村での日々は本当に過ぎた幸せだった。全部、天のおかげだよ。
だから、もういいのだ、と説明しようとしたのだけれど。
「駄目! さぁ、戻ろう! 桃さんが夜ごはん作って待ってくれているよ!」
天は口早にそう言って、私の手を引いて歩き出す。
「天、ちょっと待って」
「嫌だ! 待たない!」
ずんずん歩く天がうつむいた顔のまま即答する。その様子にどうしたものかと言葉を失っていると。急に天がまた立ち止まる。
「お願い。山小屋に戻るなんて言わないで。一緒に考えよう。勝手に諦めないでくれよ」
前を向いたまま、私を見ないでそう呟く。そして私の手が痛いくらいに強く握られた。
ここでうなずくことができたらどれだけいいだろう。でも、どうにもならないのだ。
でも、天の手を振りほどくこともできない。私だってずっと一緒にいられるものならそうしたい。
どうしたら……。
「行こう」
何も答えない私の手を引いて天が歩き出す。
結局、私は黙ったまま天に連れられるまま歩き出した。そんな狡い対応しか私にはできなかった。
この第四章と次の第五章で物語は終わりです。
月白と天にはハッピーエンドが待っているので最後まで見守っていただけたら嬉しいです。




