3-7
「つっきー、何してんの〜?」
穏やかな秋の昼下り。薬屋の庭に即席のかまどを作り、鍋で油を温めていると遠くから声を掛けられた。
遠目にも鮮やかな向日葵色は刈安さんだ。隣りにいる長身の青年は亜麻さんかな? なんて思っている間に二人がこちらにやってくる。
「こんにちは。お二人でお出かけですか?」
「いやっ! 別にそこでたまたま会っただけだから!」
他意はなかったのだけれど、刈安さんが真っ赤な顔で否定する。
「こんにちは。何をしているんです?」
「東雲膏を作っているんです」
「東雲膏?」
「何それ?」
首を傾げる二人に鍋の隣においた笊を指し示す。
「ユカリネじゃん。なんでつっきーが? 染めたいものがあるなら言ってくれればいいのに」
さすがは染物屋。笊の中身を一目で当てた刈安さんが少し不満そうに口を尖らせる。
ユカリネはユカリという植物の根を乾燥させたものだ。根を水で煮ると濃い朱色がとれるので染料としてよく使われるのだけれど薬にもなるのだ。
「染めるのではなく塗り薬になるんですよ」
ちょうど油の温度が上がったので、話をしながら笊の中身を鍋の中に放り込む。ユカリネが焦げてしまわないように薪を少し低くする。
「ユカリネが薬に?」
「ひびやあかぎれに良く効くんですよ」
「へぇ。ねぇ、あたしもやってみたい! 手伝ってもいい?」
私の手元をのぞき込みながら刈安さんが声をあげる。
「構いませんが時間は大丈夫なんですか?」
「うん。急ぎの仕事もないし平気!」
「僕もいいかな? 面白そう」
「結構な重労働ですよ」
「任せて! 重労働なら染物も負けてないよ!」
「本も結構重いんだよ」
揃って力こぶを作るポーズをしてみせる二人に思わず吹き出してしまう。
「あっ、信じてないな〜」
「いえいえ、宜しくお願いします。一人で作るには少し量が多かったので助かります」
こうして三人での東雲膏作りが始まった。
「熱いので火傷しないように気を付けてくださいね」
「了解」
「わぁ、油だと水より淡い色になるんだね」
ユカリネを煮た油を熱いうちに別の鍋に濾し取る。使うのは油の方。ユカリネは色の成分に薬としての効果もあるので、油にきちんと色が移っていることを確認する。
「ほら、刈安さん、感心してないでそこの蜜蝋を油にいれてください!」
「えっ? これ? 全部いれていいの?」
「はい。全部です」
私の言葉に刈安さんが濾し取った油の入った鍋に砕いた蜜蝋を入れていく。油の熱であっという間に蜜蝋が溶けて、庭に蜂蜜の甘い香りがただよう。
「いい匂いだ。なんだか美味しそうだね」
くんくんと亜麻さんが鼻をならす。けれど、そんなことをしている暇はない。
「亜麻さん、木べらで鍋の中身をかき混ぜてください! 急いで!」
「えっ? あっ、はい!」
「ここからは体力勝負です。疲れたら交代しますので言ってください」
「はい!」
油の熱が冷めていくにつれて鍋の中身がとろりとした質感に変わっていく。色も透き通った鴇色から朝焼けに染まる雲のような東雲色に変わっていく。
「うぅ~、重い〜」
「刈安、代わるよ」
もったりとした軟膏はなかなかの重さだ。でも、ここが肝心。混ぜが足りないと冷めたときに蝋燭のように固まって使い物にならなくなってしまうのだ。
「ねぇ、すごい量だけどこんなにどうするの?」
「桃さんから今度の収穫祭で何か出してはどうかと言われて」
「あぁ、もうそんな時期だね」
「でも、確かに作り過ぎたかもしれません。私が作ったものでは嫌がる方も」
亜麻さんがかき混ぜる鍋をみながら、夏祭りで魔女と呼ばれたことをふと思い出す。王立研究院の騒ぎもあったばかりだ。もっと少しでもよかったかもしれない。
「何言ってんの! つっきーは今やタイム村の自慢の薬師なんだよ! 嫌がるどころか争奪戦だよ!」
「そうですよ。足りない位です」
「あっ、いえ、そんな」
気を遣わせてしまった。そもそも手伝ってもらっている時に言うことではなかったと反省しながら、慌てて鍋をのぞきこむ。
「あっ、こんなものでいいです」
「よし! 次は?」
「後は更に練って瓶詰めですが、ここからは一人でできるので大丈夫ですよ。お手伝いいただいて助かり」
「えぇ! ここまできたら最後までやるよ!」
「いえ、でも随分時間もたってますし」
刈安さんも亜麻さんも自分たちのお店があるし、と思ったのだけれど。
「僕も完成品がみたいな」
「だよね! さぁ、次いってみよ〜!」
結局は最後までお手伝いいただくことになってしまった。
「何これ?」
適当な木箱を机と椅子にして、薬屋から持ってきた予備の道具を二人に渡すと揃って首を捻っている。まぁ、薬屋以外で使う機会はないだろうし無理もない。
「軟膏板です。こうやってへらで東雲膏をとって、捏ねて、ガラス瓶に詰めてできあがりです」
百聞は一見にしかず。まずは実践してみせる。
手のひら一枚分程の正方形の陶器の板に木製の持ち手のついたものが軟膏板。ここに金属製のへらで握りこぶしほどの東雲膏を鍋から掬ってのせる。へらで捏ねながらゴミがあれば取り除いて、あとは小さなガラス瓶に小分けして完成。
「おぉ〜!」
「すごい! 器用ですね」
「いえ、そんな。薬師なら誰でもできますよ」
なんだか照れくさくて、素っ気ない返事をしてしまう。でも、そんな私の態度に気を悪くする様子もなく二人は早速作業に取り掛かる。
「あっ、そうだ! つっきー、今度またお店にきてね」
瓶詰め作業も終わりが見えて来た頃、急に刈安さんから言われた言葉に首を傾げる。刈安さんのご両親に持病はないし、亜麻さんもとっくに元気。刈安さんも薬が必要そうには見えないけれど。
「刈安、それだけじゃわからないよ」
キョトンとした私に亜麻さんが助け舟をだしてくれる。
「えっ? あっ、そうか。長袖は半袖より作るのに時間がかかるんだ。だから、早めに生地選びたいんだけど」
「長袖、ですか? 冬服ならあるので新調する予定はありませんが」
「えっ?」
私の答えに今度は刈安さんがキョトンとした顔になる。と、一拍おいて亜麻さんが笑い出す。
「違う違う。冬服じゃなくて、村の正装の話。月白さん、もう半袖は着られないでしょ」
「はい?」
話が見えなくて、亜麻さんの顔をまじまじと見つめる。と、続いた言葉に思わず手元の東雲膏を落としかけた。
「えっ? だって天君と結婚するんだよね?」
「はい? 誰からそんなことを! まさか天ですか?」
いやいや、確かに髪飾りは受け取ったけれど。まぁ、いずれはそうなんだろうけれど。でも、そんな話聞いてない!
「あれ? 黄丹から聞いたんだけど。あいつは松葉さんから聞いたって」
「あたしは桃姉から聞いた」
カラン。
今度こそ私の手から瓶が転げ落ちた。
「あっ、噂をすれば旦那がきた」
刈安さんの言葉にハッとする。
「月白、何してんの? ……ってどうした? 俺、なんかまずい時にきた?」
つい睨みつけてしまった私の目に天がたじろぐ。
「天、嫁が怒ってるよ〜」
「天君、こういうことはしっかりしておかないと!」
「へっ? いやいや、何の話?」
キョトンとする天に刈安さんと亜麻さんがさっきと同じ言葉を繰り返す。
「はぁ? なんでそんな話に!」
「違うの?」
「違うよ! 確かに松葉に髪飾りのことは聞いたけど、そんな結婚なんて」
「えっ? じゃあ勘違い? でも、もう村中が知ってるよ」
「嘘だろ」
がっくりと膝をつく天と困り顔の亜麻さん。二人は私と刈安さんが黙ったことに気が付いていない。
「刈安さん、いいから」
今にも爆発しそうな刈安さんに先手を打って声をかける。結婚なんて。そう、なんて、だ。天は若いし、そこまで考えてなくても仕方ない。何より相手はアンドロイドだ。
でも、そんな私の言葉に刈安さんは首を横に振る。
あっ、これはまずいかも。
「天! そこに直れ! あんた、夏祭りでつっきーに銀細工の髪飾り渡したよね!」
「へっ? あっ、うん」
いきなりの刈安さんの剣幕に天が思わず正座する。
「あんた、意味わかって渡したんだよね? 違う? それなのに、結婚なんて、って何! そんな中途半端な気持ちで渡したの?」
刈安さんの言葉に天がハッとした顔で私をみる。
「あっ、いいよ。私は気にしてないし。っていうか、当たり前だよ。だって私」
「「違う!」」
苦笑いで答えようとした私の言葉に刈安さんと天の声が重なる。
「待って、刈安さん! 俺に言わせて! 違う! 違うから! もちろん月白と結婚したいと思ってる! だから松葉に相談したんだし! でも」
「でも何さ!」
「こら、刈安。少し落ち着く」
口ごもる天に詰め寄る刈安さんを亜麻さんがたしなめる。
「天、無理しなくても」
「違う! そうじゃなくて……嘘だろ。簪だってまだだし、もっと格好いいプロポーズ考えてたのにぃ」
「へっ?」
私の言葉にそう言い返すと天が地面につっぷす。
「どうして、俺ってこんなに格好つかないんだよぉ」
「天君、諦めな」
あっ、亜麻さん。それはフォローにはなってないような。
「なぁ〜んだ。そんなことか。やっぱり心配いらなかったじゃん!」
いやいや、刈安さん。あなたが一番怖かったよ。
「んじゃ、後は天に任せてあたし達は帰ろっか」
「そうだね」
「つっきー、衣装選び、早めに来てね!」
「天君、頑張るんだよ〜」
崩れ落ちた天と呆気にとられたままの私を残して刈安さんと亜麻さんはにこやかに去っていった。
「月白、ごめん」
天が情けない顔で私を見上げる。
「そんな。天こそ、いいの? 訂正するなら早い方が」
「しない!」
私の言葉を天が即座に遮る。
「でも、ちょっと待って。絶対、格好いいプロポーズするから」
「……うん。待ってる」
私はしゃがみこんだままの天に手を差し出した。
きちんと練らないと軟膏にならないというのは本当です。
出来心で練らないまま詰めたら、見事に蝋燭のようになって使い物になりませんでした…




