3-6 髪飾りを君に
バードックから戻ってきて数日。昼間はまだ暑さが残るものの、気が付けば朝夕には涼しい風が吹く季節になっていた。
「ごめんね。忙しくなかった?」
夕方、仕事も終えて人気のない薬屋に私は天を呼び出した。
「大丈夫。それより話って、この前の王立研究院のことだよね?」
緊張した面持ちでたずねる天に私はうなずく。天に椅子を勧めて私も向かいに座る。
「驚かないで聞いて欲しいの」
私がアンドロイドであること、そして造られた理由と捨てられた理由。いつ壊れてもおかしくないこと。全部話した。
そして、私は存在自体が許されないものだということも。
これから先、また王立研究院に捕まる可能性だって十分にありえる。その時にはきっと天にもっと迷惑が掛かる。だから。
「これはお返しします」
髪飾りをそっとテーブルに置いて天の前に差し出す。バードックではその場をしのぐために受け取ったけれど、これは私が受け取ってはいけない物だ。
「月白はどうしたいの?」
差し出された髪飾りには手を触れずに天が私を真っすぐに見つめる。
「えっ、だから」
「月白がアンドロイドなのは聞いた。アンドロイドがどういう存在なのかも」
そう。だから髪飾りは受け取れない。私は人間ではないから天と一緒にはなれない。そう言おうとしたのに。
「で? それが何?」
真っすぐな空色に言葉が詰まる。
「俺は月白が優しいことを知ってる」
いや、そんなことないって。急にどうしたのさ。
「森で怪我をしていた俺を助けてくれた。本当は隠れていなくちゃいけなかったのに」
それは、だって、何かあったら夢見が悪いじゃない。
「薬師がいなくなって困っていた俺たちのためにタイム村へ留まってくれた」
ただの成り行きだって。
「夏祭りで倒れた村長さんを助けてくれた。逃げないでくれた」
目の前で人が倒れて逃げ出せるはずないでしょ。
「バードックに薬師試験を受けにいってくれた。本当なら大きな町に行くのは危険だったはずなのに」
それは、別人になれるかもって打算もあったし。
「月白って名前を受け入れてくれた。出会ったばっかの俺がつけた名前を」
ちょっと待て。それこそ成り行きだよ。
「また、王立研究院に捕まる可能性があるなら」
うん、その可能性は否定できない。それに。
「他の奴らにも月白の存在が知れたら、王立研究院の奴ら以外にも月白を狙う奴がでてくるかも」
そのとおり。アンドロイドの存在はそれだけ厄介なものだ。だからこそ一緒にはなれない。迷惑はかけたくない。
「その時、月白は誰に助けを求めるの?」
「へっ?」
考えもしなかった天の言葉に素っ頓狂な声がでてしまう。そんな私を天が険しい顔で見つめる。
「今回もなんで俺たちに助けを求めなかったの? なんで髪飾りを置いていったんだよ」
「いや、それは迷惑を」
「迷惑なんかじゃない。俺、本当に心配したんだ。松葉や桃さんや、村のみんなもすげぇ心配した」
「それは私が薬師だから」
「じゃない! 薬師だからじゃなんかじゃない! 月白だから心配したんだ! 見損なうなよ!」
天の剣幕に思わず首をすくめる。でも、そんなことって。
「俺は頭悪いし、力もない。でも、月白の手を握っていることならできる。絶対離さない。絶対一人にさせないから」
天が私の手をギュッと握る。
その温かさに、なぜだろう、ふと、なんだかどうでもよくなってしまった。
アンドロイドとか、迷惑かけるとか、もういいかな。もう一度、信じてしまっていいかな、なんて。
そう思って天の手を握り返しかけた私は慌ててその手を払う。
「月白!」
「ダメだよ! 天、村長さんの息子なんでしょ?」
大切なことを忘れていた。バードックで聞いたじゃないか。天が黄丹さんの弟だって。そんなこと全然知らなかった。孤児だって聞いていたし。
でも、よく考えれば黄丹さんへの態度とか、村への馴染み方とかどう考えても孤児のそれとは思えなかった。そんな人と一緒になんて、それこそなれるわけがない。
「へっ? あぁ、それね」
一瞬きょとんとした顔をした後で天がバツの悪そうな顔になる。その顔を見て私の口からため息がもれる。
「やっぱり孤児だっていうのは噓だったのね」
「いやいや! 本当! それは本当だから! 誤解しないで! 俺、月白には噓つかないから!」
「じゃあ、あの話は一体?」
「いや、それは、成り行きと言うか、なんと言いますか」
そう言って天は今回の事情について話してくれた。
私が烏羽たちに連行された後、桃さんと松葉さんはすぐに村長さんにそのことを相談に行ってくれたそうだ。その場に黄丹さんももちろんいて、あんず亭に帰ってきた天も松葉さんが残してくれた書置きを見てすぐに村長さんの家へ。
でも、私を連れ去ったのが王立研究院だったから、みんなは頭を抱えてしまった。田舎のタイム村。いくら村長さんでも王立研究院にツテなんてなかった。とはいえ、正面から訪ねたところで門前払いされるのも目に見えている。
「そこに白花さんが現れたんだ」
白花さんと言うのは、バードック薬師協会の受付のお姉さんのことだった。彼女が村長さんを訪ねて来て私がバードック薬師協会にいること等、事情を教えてくれたそうだ。そして。
「月白を助けるには月白の身元を証明すればいいって話になったんだ」
「まさか王立研究院を相手に嘘をついたの? なんて馬鹿なことを!」
私には証明する身元なんてない。ないものを証明するには嘘をつくしかないけれど、相手は天下の王立研究院。なんてことをしたのだ、と、思わず大きな声がでてしまった私を見て、なぜか天がニヤニヤする。
「ちょっと! 笑い事じゃないでしょ!」
「へへっ、そう思うよね? でも、実は一つも嘘なんてついてないんだな!」
「はぁ?」
言葉の意味が飲み込めない私を前になぜか天がどや顔で胸を張る。
「まず、桃さんと松葉さんが月白を養女にするっていいだしたんだ。それを村長さんが速攻で承認」
「えっ?」
「あっ、これは月白が帰ってきたら本人の意思を確認することって条件付きで承認されているから大丈夫。でも、いいと思うよ。あの二人、本当にいい人だし」
「いや、そういう問題じゃ」
そんな大切なこと、それこそ出会って間もない私のためなんかに。嬉しさより驚きが勝ってしまっている私を無視して天の話は続く。
「これで身元はオッケーって話になりかけたんだけど、そこで黄丹がとんでもないことを言い出したんだ。村人ってだけじゃ弱いって」
意味がわからない。身元の保証に弱いも何もないだろうに。
「村長の一族の嫁なら文句ないだろって」
「はぁ?」
「月白も、はぁ? って思うよね。黄丹のやつ、月白のこと気に入っているからって、職権乱用もいいところだろ!」
いやいや、だから問題はそこじゃない。というか気に入られた覚えもないのですが。
「でさ、月白、ここからは怒らないで聞いて欲しいんだけど」
急にこちらをうかがうように上目遣いになった天を見て面食らう。そんな私に天が言いづらそうに続ける。
「つい言っちゃったんだ」
「何を?」
「月白は俺の髪飾りを受け取っているんだって」
「えっ? それは!」
言い返そうとした私よりも先に天が言葉を被せる。
「わかってる! わかっているから! 夏祭りのときは髪飾りの意味を知らなかっただけだって」
天の話が更に進む。
「でも、そういうことなら仕方ないって。じゃあ、俺が村長さんの養子になればいいんじゃないかってことになって」
もうここまでくると開いた口が塞がらない。余所者のためにどうしてそこまでできるのだか。いつかも思ったけれど、タイム村にはお人好し、それも、重度のそれしかいないのだろうか?
私の沈黙をどうとったのか、天が慌てて続ける。
「そっ、それに、婚約者ってことにしたから! だから本当に嫌なら。あっ、嫌って言わないで欲しいんだけど、でも、月白の嫌なことはしたくないから」
「だから、現状、嘘は一つもない、と」
「うん。そう、です」
天の言葉を遮って確認すると何故か怒られた子犬のような姿で天がうなずく。なんだかその姿に笑ってしまった。
「ごめん! やっぱり……って、えっ?」
髪飾りに手を伸ばした天より先にそれを取ってしまう。やっぱりもういいよね、なんて、心の中で呟きながら。
「いいの? アンドロイドだよ?」
できるだけ普通に聞こうとしたけれど、髪飾りを持つ手が震える。
「いいよ。俺は月白がいいの」
そんな私の震える手を天の手がそっと包む。なんだか余裕の笑みを浮かべているのが癪に障るけれど、その手の温かさに震えが止まる。
「かなり年上だよ」
「えっ? あっ、そうか! 月白さんって呼ぶ? ってか敬語とかの方がいいの?」
余裕の笑みはどこへやら。また慌てだした天に思わず吹き出してしまう。
「今更いいよ。それにそういう意味じゃない。一緒に年はとれない。同じ時間は生きられないよ」
「そんなことないよ。今、一緒に生きてるじゃん」
天は私の手から髪飾りをそっと取り出す。そして両手に乗せて改めて私に差し出して言った。
「月白さん、髪飾りを受け取ってくれませんか?」
「……はい」
私は空色の髪飾りにそっと手を伸ばした。




