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通されたのはベッドと最低限の水周りだけがある質素な部屋だった。おそらく病室として使われているものだろう。そして。
「あら、あんたにお似合いじゃない」
部屋を見た紅緋が満足そう言う姿を青藍さんが睨みつける。と、受付のお姉さんが申し訳なそうな顔で口を開いた。
「このような部屋ですみません。鍵が使える部屋となるとここしかなくて」
受付のお姉さんの言うとおり、その部屋はただの病室ではない。窓には鉄格子、外側から鍵がかかるようにしてある扉は内側からは開けられない。見た瞬間にわかった。ここは精神を病んだ人のための部屋だ。
「構いません。むしろ私のことでご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
頭を下げる私に青藍さんとお姉さんが目を見開く。
「迷惑だなんて何を言ってるんだ!」
「そうです。会長の言うとおり月白さんはバードック薬師協会の誇るべき薬師。そして、協会の薬師を守るのは私たちの当然の務めです」
あぁ、なんていい人たちなんだろう。でも、だからこそ巻き込めない。二人の言葉になんと返事をしていいのか詰まっていると烏羽が私の手をとったままだった青藍さんの手をそっと外す。
「ここから先は王立研究院で対応させていただきます。青藍殿たちはどうぞお引き取りを」
その言葉に青藍さんが烏羽を睨みつける。でも、受付のお姉さんに促されて渋々部屋を去っていった。青藍さんと受付のお姉さんが見えなくなるのを確認して烏羽がこちらを振り返る。
「良い人たちに恵まれたようですね」
皮肉でもなんでもなく穏やかに告げられたその言葉の意味がわからず一瞬戸惑った。でも。
「今日は遅いので取り調べは明日からにします。扉には鍵を閉めますし、私たちが交代で扉の外に控えます。彼らを悲しませるような真似は控えてください」
続く言葉で言いたいことがわかって顔を顰める。ようは人質をとっているぞと念押ししたわけだ。私の態度次第でタイム村やバードック薬師協会の人たちがどうなっても知らんぞ、と。
私が返事をするとも思ってなかったのだろう。そのまま烏羽たちも部屋をでていくとガチャリと大袈裟な音を立てて扉に鍵が掛けられた。
一人残された部屋でふと窓の外を見るともう夜だった。いつの間にか日が暮れていたらしい。
「罪人だねぇ」
月明りに照らされた町を見ていたら、馬車で思った言葉が今度はポロリと零れ落ちた。扉の向こうの人間に聞こえるだろうか、と一瞬思ったけれど、聞かれて困る言葉でもないかと思い直す。
自分たちの都合で勝手に造って、勝手に捨てて。勝手に死んだ銀朱と黄唐。そこに私の意思なんて一つもなかったけれど、でも結果として私の存在がいろいろな人を不幸にして迷惑をかけてきたことは確かなようだ。銀朱を黄唐を紅緋を、そして烏羽を。結局、灰青の言ったとおり私は存在してはいけないものだった。
「みんな、驚いているだろうなぁ」
そんな私にとってタイム村での日々は過ぎた幸せだった。娘と言ってくれた桃さんに松葉さん。綺麗な衣装を作ってくれた刈安さん。私を薬師にしてくれた黄丹さん、丁子先生。今、私を助けようとしてくれている青藍さんに受付のお姉さん。
いい人たちばかりだからきっと心配しているだろう。彼らには迷惑はかけたくない。
「ごめんね」
そして、天。
いつも真っすぐに私を信じてくれた。その空色が、温かい手が、もう一度人間と一緒に過ごしてみたいと思わせてくれた。
森で朽ち果てるしかなかった私にみんな本当に良くしてくれた。もう十分だ。十分過ぎるくらいだ。
あとはもう彼らの迷惑にならず終われますように。
柄にもなく小窓から見える星空にそんなことを願って、バードックでの夜は更けていった。
翌日から王立研究院による取り調べが始まった。といっても、今、バードックにいるのは烏羽、紅緋、灰青の三人だけ。必然的に烏羽が取り調べを行う形になった。
「銀朱たちのもとから去ったあとはどこで何をしていたのか?」
「食事は? 睡眠は? 不具合は起きなかったか?」
「タイム村へ行くことになった経緯は? 村の薬師になった理由は?」
「なぜバードックの薬師協会を選んだのか? 青藍との関係は? 試験で何かあった?」
「アンドロイドと気付かれた可能性はあるか?」
どの質問にも私は無言を通した。迂闊なことを答えて誰かに迷惑をかけるのが怖かった。
もちろん一日で解放されるわけもなく。というか、私が解放されることなんてもうないことくらいは想像がついていた。むしろ取り調べが翌日以降も続いたことの方が驚きだった。すぐにでも王都の王立研究院に送られるか、下手をすればバードックで解体されるものと思っていたのに。
バードックにきて一週間が過ぎた頃。
「たまには別の話をしましょうか」
何も答えない私に根を上げた烏羽が諦めたような顔で言った。
「黄唐先輩は私が王立研究院に入ったばかりの時、直属の先輩でね。出会ったときにはもちろんまだ若手だったけれど、その時から優秀な技術者だったんです。黄唐先輩からはいろいろなことを教わりました」
烏羽と黄唐が知り合いだったとは。というか、いきなり始まった思い出話に面食らう。
「驚きました? まぁ、たまにはこんな話もいいでしょう。貴女ときちんと話せる機会は今だけでしょうから」
何も答えない私を無視して烏羽の話は続いていく。
「銀朱さんもすでに王立研究院にいてね。若き天才研究者として有名でした。彼女のお陰でアンドロイド研究が大きく前進したんです。そして、銀朱さんのご指名で黄唐先輩が研究チームに入った」
烏羽がふと窓の外に目をそらす。その目は遠い昔を思っているようだった。
「研究は順調に進んでいたと聞いています。でも、倫理的な問題で急に中止となった。チームが解散してすぐのことです。銀朱さんと黄唐先輩が王立研究院を後にしたのは」
そして数年後、田舎町のリンデンで私が造りだされるわけだ。
「始めの頃は手紙のやり取りもあったのですが王都とリンデンは遠いし、自然と連絡は途絶えてしまって。だから久しぶりに黄唐先輩から手紙がきたときには驚いたんです」
手紙?
「このことは紅緋にも言っていません。もちろん他の人間にも」
そこで一度言葉を切ると烏羽は私を見て言った。
「黄唐先輩の遺書でした。銀朱さんや黄唐先輩が亡くなったことにはもちろん驚いたけど、それ以上に驚きました。まさか何の設備もないリンデンで二人がアンドロイドの製作に成功していたなんて」
なるほど。なんで今更、王立研究院が私を探しに来たのか理由がわかった。黄唐は亡くなる前に私の回収を依頼していたというわけだ。今まで放っておいたくせに、自分で回収して壊す勇気もないくせに、私を残していくことは気が引けたということか。
「勘違いしないでください。黄唐先輩は私に貴女の回収を頼んだわけではないんです」
「え?」
「紅緋が貴女を誤解して恨んでいると。そのことをわかっていて自分は紅緋の誤解を解けなかったって。自分がいなくなったら紅緋はきっと王立研究院に入って貴女を探すだろうって」
予想外の話に私はただ烏羽の次の言葉を待った。
「紅緋を頼むって。そして、もしどこかで貴方が生きていたなら、そっと見守って欲しいと。紅緋と同じくらい、いやそれ以上にあなたのことを心配していました」
どう答えていいかわからなかった。銀朱と黄唐にはとっくに見捨てられたと思っていたし、手紙がどうであれ結果として私は今、王立研究院に捕まっているわけだし。
「私も紅緋を止めきれなくて申し訳なく思ってます。でも、私はできる限り力になりたいと思っています。だから質問に答えてくれると助かります」
烏羽の言葉にハッとする。なんだそういう話か。黄唐の手紙も本当か確認する術は私にはない。私に口を開かせるための嘘ではない保証もない。
「急にそんなことを言っても信じてもらうのは難しいですよね。今日はここまでにしましょう。できれば明日は話をきかせてください」
烏羽はそう言って部屋を出て行った。




