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用意された馬車は護送用なのだろう。両側に一つずつしかない小さな窓には頑丈な鉄柵が嵌っていた。わずかに見える景色にタイム村の人たちの困惑した表情がのぞく。しばらくしてタイム村をでると窓には木々とわずかな空しか見えなくなった。
手錠をされたまま、隣には少年。向かいに紅緋。紅緋の隣に年嵩の青年が座っている。
まるで罪人ね。
自分の置かれた状況に思わず苦笑してしまう。少し前に天と一緒に乗合馬車で揺られていたのが遠い昔のようだ。
「何が面白いのよ」
それを見咎めた紅緋が固い声を掛けてくる。何がと言われてもどう答えたものか。黙っていたのが余計に気に障ったのだろう。紅緋が急に大きな声を上げる。
「何が面白いかって聞いているのよ!」
「こら、紅緋、落ち着きなさい」
隣の青年の制止を無視して紅緋は言葉を続ける。
「あんたのせいでこっちがどれだけの思いをしたか! あんたが姿を消したせいでお母さんがどれだけ苦しんだか!」
いやいや、追い出したのはそっちでしょ。そう言い返そうとした言葉は次の紅緋の言葉でどこかにいってしまう。
「お母さんはいなくなったあんたを心配して、心配し続けて。そのせいで死んじゃったんだからね! お父さんもお母さんを追ってすぐに」
「えっ」
銀朱と黄唐が亡くなった?
「あんたさえいなければあたしは孤児院なんていかずに済んだ! お母さんもお父さんも死なずに済んだ! あんたさえいなければ!」
そうか、二人は亡くなっていたのか。急なことに悲しむべきなのか、ホッとするべきなのか、わからなかった。言葉の出ない私に紅緋が掴みかかる。
「何とか言いなさいよ! なんであんだだけいけしゃあしゃあとまだ動いていんのよ! なんであんたが薬師になっているのよ! あんただけのうのうと暮らしているなんて、そんなの絶対に許さない!」
「紅緋、もういいだろう」
「二度と動けないくらいバラバラにしてやる! そのために私は王立研究院に入ったんだから!」
「いい加減にしなさい」
再度、青年に声を掛けられて紅緋が渋々席に戻る。でも、その目は私を睨みつけたままだ。
「あんたは存在してはいけないんだよ」
隣の少年も私を睨んで告げる。
「なんで烏羽さんがあんた達の尻ぬぐいをしなきゃいけねぇんだよ」
「灰青、やめるんだ」
「だってそうでしょ! 天才研究者だかなんだか知らないけど、こんな面倒な物を造りやがって。田舎にひっこんだんなら大人しくしとけって話でしょ!」
「灰青! あんた私の両親が迷惑だって言うの!」
どうやら青年の名前が烏羽、少年が灰青らしい。灰青の言葉に烏羽より先に紅緋が噛み付く。
「迷惑だろうよ! 禁忌の技なんて手を出しやがって! ちゃんと自分たちで始末してから死ねよ! 本当なら烏羽さんはもっと重要な研究をするはずの人なのに!」
「灰青、言い過ぎだ。紅緋は両親を亡くているんだよ」
「烏羽さん、だって本当のことだろ!」
「なんですって!」
「二人とももう止めなさい。灰青、私は自分で望んでこの件を担当したんだ。それはお前もしっているだろ? 紅緋も落ち着きなさい」
烏羽の言葉に灰青と紅緋は渋々口を噤む。その後は誰も口を開かないまま、馬車の音だけが響いた。
途中で一泊の野宿を挟んだ翌日。
「降りろ」
「えっ? なんで?」
馬車を降りた私はおもわず声を上げてしまった。てっきり王都に連れていかれると思っていたのに目の前にあるのはつい最近見たばかりの建物。バードックの薬師協会だった。
「可愛らしいお嬢さん、何を驚いた顔をしているんだい? 君はバードック薬師協会の薬師。我が協会の誇るべき薬師に魔女の疑惑がかかっているというなら、それを払しょくするのは長として当然の務めだろう?」
こんな時でも無駄に派手な青藍さんに唖然とする。隣にはあの時の受付のお姉さんが同じように無表情で立っている。まさかこんな形で再会することになるなんて。
「青藍殿、ご協力に感謝します」
「王立研究院と薬師協会は切っても切れない仲。遠慮なぞ不要だよ。どうぞごゆっくり、と言いたいところだが、魔女の疑いなど早々に晴れるだろう。まぁ、短い間となるだろうが、くつろいでくれたまえ」
王立研究院の人間を前にしても青藍さんがひるむ様子は全くない。そして青藍さんが満面の笑みで私を振り返る。
「月白くん、こんなにすぐに会えるなんてきっと運命。魔女の疑いなんてくだらない話、さっさと片付けて後はバードック観光と行こうじゃないか。この私が選りすぐりの絶景スポットと絶品料理をご案内するよ」
「言葉は慎んだほうがいいわよ。派手なお兄さん。王立研究院が魔女って言ってんのよ。この意味、わかってんでしょ」
「ところで月白くんの手にかかっている無粋なものは何かな? 彼女の可憐な腕には全くに会ってないよ。さっさと外してもらおうか」
紅緋の言葉を華麗にスルーして私の手元の手錠に触れる青藍さん。その姿に紅緋の顔が怒りで真っ赤になる。
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ! あんた、王立研究院が魔女って言ってんのよ! 意味わかってんの?」
「ほう、これは面白いことを。どんな意味があるのか説明していただこうか? 返答いかんではこちらとしても相応の対応をとらせていただきますよ」
「はぁ? あんた王立研究院に喧嘩売るつもり? 口を慎みなさよ!」
「君こそ言葉には気を付けたまえ。それとも王立研究院は王国が誇る我がバードック薬師協会と一線交える覚悟がおありかな? 本気と言うなら我らも売られた喧嘩を断るなんて野暮な真似はしないが」
青藍さんの藍色の目がすっと細められる。さすがは若くして会長となっただけのことはある。その迫力に紅緋も言葉に詰まった。無言でにらみ合う二人の間に烏羽が割って入る。
「紅緋、そのくらいにしておきなさい。青藍殿、失礼をいたしました。彼女に変わって非礼をお詫びします」
「「烏羽さん!」」
「紅緋、灰青、黙るんだ。余計な手間をとらせるな」
頭を下げて紅緋と灰青に注意をする烏羽の姿に青藍さんが鷹揚にうなずく。
「では、月白くんの手錠を外していただこうか。部屋へのエスコートはもちろん私にさせてもらえるんだろうね?」
「灰青、手錠を外しなさい。部屋へは私たちも同行させていただきます」
烏羽の言葉に不服そうな顔をしながらも灰青が無言で手錠を外す。と、すぐにその手を青藍さんがとる。
「さぁ、お嬢さん。お部屋にご案内しよう。残念ながら非常に質素な部屋だが、それも今夜だけのこと。明日にはバードックの夜景が一望できる部屋をご用意するよ。しばしの我慢だから勘弁しておくれ」
そう言って颯爽と歩き出す青藍さんを紅緋が睨みつける。とはいえ烏羽に注意されたばかりでさすがに何も言ってはこない。
そんな私と青藍さんの後に受付のお姉さんと烏羽たちが続いた。




