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「えっ?」
衝撃の再会から三日後。つまり十四歳の誕生日の朝。私は鏡に映る姿を見て絶句した。
私の両親、銀朱と黄唐には王立研究院の研究者なんていうとんでもない過去があった。しかも、ただの研究者ではない。母親の銀朱は百年に一人の逸材と言われた生物学者、父親の黄唐はそこそこ優秀な技師だった。
王立研究院で出会った二人は恋に落ち、結婚し、子どもを授かった。あっさり研究者の立場を捨てて田舎にひっこむことを決めた両親はリンデンという小さな町に移り住んだ。
銀朱は薬師の資格をもっていたので薬屋を、黄唐は手先の器用さを生かして修理屋を始めた。可愛らしい女の子も生まれて、順風満帆。三人はのんびりとした幸せな日々を過ごしていた。
しかし、娘が三歳の時、事態は一変する。リンデンを未曾有の洪水が襲ったのだ。洪水は町を飲み込み、多くの人が犠牲となった。そして、不幸なことにその中には二人の娘も含まれていた。残された両親は幼い娘の死を嘆き悲しみ、その後は娘を悼む日々を送りました。
……と普通ならなるところだ。
でも、二人は違った。両親は自らの力で死んだ娘を取り戻そうとしたのだ。身代わりとしてアンドロイドを造るという形で。
そして生まれたのが私というわけだ。
あっ、先に説明しておくけれど、この世界はアンドロイドが普及した近未来ってわけではないから。
何でも出てくる不思議なポケットを持った青い猫はいない。ご先祖様の遺した設計図でコロッケ好きのロボットを造ったり、木製のタイムマシンを造る少年もいない。もちろん、宇宙を旅する列車に乗っても機械の体はもらえない。というか、宇宙を旅する列車がそもそもない。
王立研究院でも人間と見紛う程のアンドロイドの製造には成功していなかった。そもそも倫理的にどうなんだって話でストップがかかった研究だったそうだ。
設備の乏しいリンデンでどうして両親が私を造りだせたのかはわからない。二人が規格外に優秀だったのかもしれないし、子どもを失った親の執念ってやつだったのかもしれない。
なにはともあれ、私はこの世界で唯一にして、かなり非合法な方法で生まれたアンドロイドだった。
ただ、二人の技術力では徐々に成長するボディを造ることまではできなかった。だから、私は誕生日がくる度、新しいボディに記憶を移行していた。
そして、話は冒頭に戻る。
そんなわけで誕生日の朝に自分の体が変わっていること自体は珍しくも何ともなかった。ただ今年は少し勝手が違った。どう考えても大きすぎるのだ。顎までのボブだった髪は腰に届きそうだし、身長も十センチメートルは伸びている。顔だってかなり大人っぽい。
これは一体? と鏡の前で首を傾げていたら父親が私を呼ぶ声がしたので、リビングに降りていく。そこにはテーブルの一方に、神妙な顔で座る三人が待っていた。向かって右から黄唐、オリジナルの紅緋、銀朱。
四人用のテーブルでその座り方は窮屈じゃない? なんて言える雰囲気はない。私まで並んで座ったら面白いだろうなぁ、って一瞬考えたけれど、実行する勇気はもっとなかった。
恐る恐る彼らの向かいに座ると待っていたとばかりに父親が麻袋をテーブルに置く。チャリンッ、と軽い金属音が静かな部屋に響いた。
「ある程度まとまったものが入っている。少ないかもしれないけれど」
「ボディも十五歳のものを用意したわ。だから」
ここで一つ説明を。私の住んでいるこの国、レモンマートル、では十五歳からが成人。学校は十四歳まで。とはいえ、十五歳でいきなり独り立ちなんてできるわけない。
学校を卒業した後は自分の将来、親の店を継ぐとか、職人になるとか、によって進路を選んでいく。よっぽど優秀だったりお金持なら、王立の研究施設の養成学校に入るとかね。
で、まぁ、そういうことよ。彼らは私に無茶をしろと言っているわけだ。まとまったお金を渡すからでていけ、とね。
「酷いことを言っているのはわかっているのよ。でも、やっと会えた娘なの。三人で穏やかに暮らしたいの」
銀朱の言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが死んだ。アンドロイドが何を言っているんだか、って話もあるかもしれないけれど、確実に死んだ。
この三日間で彼らにどういった心境の変化があったのかはわからない。でも、とりあえず彼らにとってもう私は家族ではなくなっていたのだ。
「私たちもリンデンを離れようと思うんだ」
そりゃそうでしょ。
辛そうな顔で言う黄唐に思わず心の中でつっこみをいれる。
彼らが知っていたオリジナルは三歳まで。今の私の姿は彼らの想像の産物だ。どうしたってずれは生じる。むしろここまで似ていたことが奇跡なくらいだ。まぁ、その意味でも彼らは優秀な研究者だったのだろう。とはいえ、全く同じとまでは言い難い。どう考えても入れ替わるには無理がある。となれば、オリジナルが紅緋として暮らすためには私を知らない土地に行くしかないだろう。
でも、二人には手に職があるし、なんなら薬師は田舎では引く手あまただ。どこに行っても生活には困らないだろう。ついでに言うなら、リンデンを離れるなら四人で暮らすって選択肢もあったはずだ。オリジナルと私を姉妹とでも言えばいいだけの話だ。
でも、彼らにはその選択肢はなかった。仕方ない。オリジナルが現れたんだもの。代用品はいらないということだ。
ここでなじるとか、すがるとか、なんなら非合法な自分の存在を盾に脅すとか。やろうと思えばできたのだろうけれど、やめた。だって、少なくとも三日前までは私はすごく幸せで、その幸せは彼らのお陰だったから。
できることならこの選択が彼らの造ったプログラムによるものではない、とだけ信じたい。
「わかった。一つお願いがあるんだけれど、目の色だけ変えてくれない? この目、苦手だったの。できればもっと落ち着いた色、ブルーグレーとかがいいな」
私の言葉に彼らの息をのむ音が聞こえた。紅緋と言う名前は、赤い目が由来だと聞かされていた。朝焼けのように鮮やかで真っ赤な目、その綺麗さに感動してつけたのだと。
その話が好きで、赤い目がずっと自慢だった。だからこそ、この目は捨てていきたかった。鏡を見る度に色々と思い出す日々はなかなかしんどそうだから。
次の日の朝。鏡を見たら私の目は見事なブルーグレーに変わっていた。今にも雨が降り出しそうなどんよりとした曇り空の色。
その日のうちに私は家をでることにした。
「これ、持って行って頂戴」
身支度といっても大したものもない身軽な私に昨日までは母親だった人が一冊のノートを差し出す。見覚えのあるノートは銀朱が薬草や薬についていつもメモしていたものだ。
「ないと困るんじゃないの?」
たずねる私に銀朱は首を横に振る。
「私は全部覚えているから。いつかあなたにあげようと思っていたの」
そっか。将来は私も薬師になる、なんて話もあったね。このバタバタですっかり忘れていたよ。
「今更だとは思うけど、お願い」
ふとノートから顔を上げると、銀朱の隣に立つオリジナルがすごい顔で私を睨んでいた。でも、その顔は一瞬で消えて、オリジナルの顔は憐れむようなそれに変わる。
「気を付けて。あなたも幸せになってね」
どの口が言うのやら。まぁ、そっちがオリジナルなんだし、恨むのもお門違いってものかもしれないけれどさ。
「お世話になりました」
私はオリジナルの言葉は無視して頭を下げて、長年暮らした家を後にした。