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翌日、午前中に薬師試験を受けて昼ごはんを済ませた私と天は、結果を聞くために薬師協会へ戻ってきていた。
昨日聞いていたとおり試験を受けたのは私一人。筆記も面接も思いのほかできて、銀朱のノートのすごさに驚いてしまった。
ついでに言うと面接官にも驚いた。何と言うか物凄く派手な人だった。紺色の長髪に藍色の切れ長の目、見た目もとても綺麗な男性だったのだけれど、何より第一声が。
「初めまして可憐なお嬢さん。さぁ、このひと時を素敵な時間にしようね」
本当にここは薬師試験の面接なのだろうかと目と耳を疑った。まぁ、面接の内容自体は普通に薬や薬草の話だったから安心したけれど。
そういう訳で筆記も面接もそれなりの手ごたえはあった。あったのだけれど、結果はわかっている。隣でそわそわしている天には申し訳ないけれど、不合格は最初から決まっている。そう思っていたのに。
「はい?」
受付のお姉さんの言葉に私は耳を疑った。ちなみに昨日薬師試験の説明をしてくれた方と同じ人だった。
「ですから合格です。こちらが薬師免許ですので受け取りのサインを」
お姉さんは無表情のまま同じ言葉を繰り返す。
「えっと、あの、身分証明とかは?」
「いりません」
おずおずと聞き返す私にお姉さんがやっぱり無表情のまま答える。あの、昨日からずっと無表情で少し怖いのですが。
「いや、いりませんって?」
そんなことある? 薬師だよ。王国が認める資格だよ。
「どうしたんだい?」
状況が飲み込めずにいる私の背後から声がした。この声ってもしかして。
「何もありません。こちらの方が薬師免許の発行に身分証明がいるかと言うのでいらないとお答えしていただけです」
「身分証明? 何のために?」
振り返ると予想どおり午前中に私を面接してくれた男性が立っていた。
「患者を救うにふさわしい知識と情熱、それ以外に薬師に必要なものなどないよ」
「いや、だって、薬師でしょ。身元の怪しい人間だったら」
無駄にポーズを決めながら断言する男性に思わずつっこみを入れる。
「月白くん、君は聡明で美しい素晴らしい女性だよ。身元は私が保証しよう。なんせ君を面接したのはこの私、バードック薬師協会の会長、青藍なのだからね」
えっ? 嘘。この無駄に派手な人が会長? 若すぎない? どうみても二十歳半ばだよね。予想外過ぎて言葉を失った私の手を青藍さんがおもむろにとる。
「どうしたんだい? 月白くん。私の美しさに見とれているのかな。なんて可愛らしい。どうだい? このままバードックに留まって私のパートナーに」
バシッ。
「月白はタイム村の大切な薬師なんです。すぐに帰りますから」
間髪入れずに青藍さんの手を叩き落して天が宣言する。あれ? この光景、どこかで見たような。
「お話は終わりましたか? でしたら免許の受け取りのサインを。それと会長、月白さんは会長の若さに驚かれただけかと思います」
相変わらず表情を変えずに手続きを進めようとするお姉さん。この混沌とした状況でその冷静な対応。ある意味このお姉さんがこの場で最強なのでは? と現実逃避しかけた頭で考える。
「なんと。私も驚いているよ。月白くん、その若さにして豊富な知識。近年まれにみる逸材と言っていいよ。さぁ、僕と一緒に薬師の頂点を目指そうじゃないか!」
いや、薬師の頂点ってどこだよ。
「月白、行くよ! お姉さん、どこにサインすればいいんですか?」
「はい、ここです」
「ほら、月白、ここにサインして」
「えっ、あっ、うん」
「お姉さん、次は!」
「はい! ここです!」
「ほら! 月白!」
予想の斜め上を行く青藍の言動に茫然としている間に天とお姉さんがテキパキと手続きを進めていく。
「これで手続きは終了です。詳しいことはお渡しした冊子をご覧ください。それでは合格おめでとうございます。バードック薬師協会は月白さんを歓迎します。さぁ、会長はこちらで処理しますので早く」
「はい! ありがとうございました! 行くよ、月白!」
「へっ? あっ、うん」
天に引きずられて薬師協会を後にする。背後で青藍の叫び声を聞いた気がするけれど気のせいだろう。
「月白、落ち着いた?」
薬師協会からしばらく歩いたところに天が声をかけてくる。
「うん」
怒涛のような展開に翻弄された気持ちがやっと落ち着いてきた私はその言葉になんとか返事をする。そして、手元のカードを見つめる。手の平に入るほどの小さな長方形のそのカードには確かに薬師との表記と私の顔写真、月白の名前が書かれている。写真なんていつの間に撮られたのだろう。侮れない。
「おめでとう」
「うん」
「よかったね」
「うん」
「月白、さっきから、うん、しか言ってないよ」
「うん」
カードを持つ手が震えている。
「どうしよう」
「何が?」
「合格しちゃった」
「うん、よかったね」
「夢ではないよね」
「もちろん」
「「……」」
天と顔を見合せる。一拍置いて。
「「やった~」」
そこが町中と言うことも忘れて二人で叫んだ。嘘みたい。本当に薬師になってしまった。
「ごめん。ちょっと恥ずかしかったね」
町中で叫んだ直後。道行く人たちの唖然とする視線に耐えかねて、丁度見えた公園に逃げ込んだ天と私。座ったベンチから海が一望できる。
「喜んで当たり前だよ。俺も嬉しかったし。改めておめでとう」
隣に座った天がそう言って笑う。
「うん、ありがとう」
そう言って目の前に広がる海を見つめる。どこまでも広がる青は遥か遠くで空と繋がる。
「海、初めて見た。きれい」
「そっか」
「天の目みたい」
「……」
「あっ! いや、今のなし! 忘れて」
思わず零れてしまった言葉を慌てて取り消す。私ってば何言っているの!
「忘れない」
「なんでよ!」
抗議の声を上げる私を天が見つめる。その目が優しくて、私は息を飲む。
「話し損ねちゃったけどさ」
私を見つめたままで天が真面目な顔で言葉を続ける。
「髪飾りの意味さ。予約って意味なんだ」
「予約?」
意味がわからずに首を傾げる。そんな私を見て天が、参ったな、と苦笑する。
「桃さんが夏祭りでしていた簪の意味知ってる?」
「あっ、それは刈安さんから聞いた」
そこまで説明したなら全部説明しておいてよ、と天がボソッと呟く。
「天、どうしたの?」
「いや、なんでもない。髪飾りはさ、簪の予約なの」
「えっ、それって」
いや、それはないよね。だって、そんな大切な物を私なんかに。
「あなたに簪を贈るのは自分だから。その場所を予約させておいてくださいってこと」
言葉がでない。多分、今の私はものすごく間抜けな顔をしていると思う。そんな私を見て天がすごく優しい顔で笑う。
「急がなくていいから。考えてみて」
「いや、だって、私なんかじゃ」
「私なんか、じゃないよ。月白がいいんだ」
「でも、だって」
もらえない。そんな大切な物。だって私はアンドロイドだ。
「だから、今、決めないで。考えてみて。俺、いくらでも待つから」
「天……」
茫然とする私を置いて天がベンチから立ち上がる。
「さぁ、帰ろう。桜さんにも合格の報告しなくちゃ!」
そう言って私の目の前に手を差し出す。どう答えたらいいかわからないまま、でも、つい差し出された手を私は掴んでいた。
あっ、甘い…自分で書いていて、うわ~ってなってました(><)
第二章はここまでです。第三章はまた一つ季節が巡って秋のお話です。
晴れて薬師となった月白を引き続き見守っていただけたら嬉しいです。




