2-5
「月白さん!」
ステージに着くと黄丹さんが私に気が付いて声を掛けてくる。
「黄丹さん、状況を教えてください!」
「急に倒れたんです。ついさっきまで変わった様子はなかったのに」
「何か口にしましたか?」
「いえ、広場にきてからは何も」
「村長さんに持病は?」
「それも、私が知る限りは何もありません」
村長さんに駆け寄ると今も体をくの字に曲げたまま苦しそうに喘いでいる。両手が胸元を握り締めている。急な発作。毒も持病も考えにくい。これって、まさか。
「おい、月白ちゃん、何をすればいい?」
ステージ上で演奏していた松葉さんも声を掛けてくる。周りの人たちも心配そうに村長を取り囲んでいるけれど、その中に医術の心得がある人なんているわけもなく。
今からどこかの町まで医者を呼びに行く? いや、間に合わない。
時間がない。私がやるしかないんだ。
「薬を取ってきます! このまま村長さんは動かさずに待っていてください! 黄丹さん、村長さんに声を掛け続けて」
「わかった。村長さんを頼む」
「わかりました」
「月白、俺も行く!」
天の言葉に無言で頷くと私たちは薬屋に走った。
「月白、その棚って」
薬屋につくと真っすぐ目的の薬草の棚に手を伸ばす。その姿に天が驚きの声を上げる。無理もない。私が手を伸ばしたのは一番上の棚。次の薬師が来るまで触らないように言っておいた棚だ。
「多分、これしかない」
天の顔は見ないでそう答えた私は目的の薬草を粉にした薬瓶を棚からおろす。必要な量を紙に包もうとして、粉が秤から零れ落ちる。見ると自分の手が細かく震えていた。
知識としては知っている。でも、使うのは初めてだ。失敗したら命に係わる。薬師でもない私にその技量があるのか。
「!」
「大丈夫」
俯いた私の顔に天が手をあてて覗き込んでくる。
「月白の知識は本物だ。俺が保証する」
「天……」
いや、私よりよっぽど素人な天に保証されても。そう思いながら、でも、頬に触れる手の温かさが、真っすぐ自分を見つめるその明るい空色の目が頼もしかった。
「月白、村長さんが待っている」
「うん」
私は一度大きく深呼吸して、もう一度、薬瓶から必要な量をとりだす。薄い包み紙に粉を包み、落とさないように麻袋に入れる。
「よし! 天、行こう!」
私と天は薬屋を飛び出した。
広場に戻るとステージの周りには村人たちが集まっていた。固唾を飲んでステージ上を見つめる村人たちをかき分けながら黄丹さんに声をかける。
「村長さんの様子は?」
「ずっと苦しそうに胸元を掴んだままです! 皆さん、月白さんを通して!」
黄丹さんの言葉に村人たちの視線が私と天に向かう。村長さんに駆け寄って声をかけるけれど返事はない。急がないと!
「松葉さん、村長さんの体を起こしてください!」
そう言いながら、麻袋から薬草を取り出して水を用意する。
「月白ちゃん、それは?」
「リュウノクサです! 村長さんは心臓の病です!」
「リュウノクサですって!」
松葉さんの問いに答えた私の言葉に村長さんを取り囲む人たちの中から女性の叫び声があがった。
「魔女よ! その子は魔女よ! リュウノクサは魔女が使う薬よ! みんな、その子に騙されてはいけない! 村長さんを魔女から守るのよ!」
続いた女性の言葉を聞いてその場に居合わせた人たちがざわつく。みんながどうしたものかとお互いの顔を見つめあう中、天が私の肩に手を置く。そして。
「待ってください! 月白は魔女なんかじゃないです! 皆さんだって月白を見てきたでしょう! 信じてください! 俺が保証します!」
大丈夫だよ、と言うように私の肩を叩きながら天がみんなに呼びかける。
「さぁ、月白、村長さんを助けるんだ!」
そう言って、天は私の肩を一度強く掴むと薬屋の時と同じように大きくうなずいた。私も天にうなずき返して、リュウノクサを水に溶く。と、先ほどの女性が再び金切り声をあげた。
「孤児の言う事なんてアテになるものですか! あなたも魔女の手下なんでしょう!」
女性の言葉にその場が凍り付いた。空色の目を大きく見開いて天が固まる。
「おい! 誰が孤児だ! 今言った奴、出て来い!」
村長さんを支えていたはずの松葉さんが立ち上がり辺りを睨みつける。慌てて黄丹さんが村長さんを支えてくれる。
「まっ、松葉! 俺はいいから! 大丈夫だから!」
その声に天がハッとした顔で松葉さんを止める。
「うるせぇ! 息子を馬鹿にされて黙ってる親父がいるか!」
「えっ? 松葉?」
松葉さんを止める天の手が一瞬緩む。その瞬間に松葉さんが人だかりへと飛び込んで。
「待ちな! 全く、何してんだい!」
ひらり。
緊迫のステージに桃色の天女が舞い降りた。そう思ったのは一瞬のこと。
「あんた達、ぎゃあぎゃあ、うるさいんだよ! この子たちはあたし達の大事な娘と息子だ! 責任はあんず亭の松葉と桃がとる! 文句のある奴はでておいで!」
舞い降りたのは天女ではなく鬼神だったらしい。桃さんの啖呵にその場がしんと静まり返る。
「月白ちゃん! しっかりしな! 村長さんを助けられるのはあんただけなんだよ! 天! あんたも情けない顔してるんじゃないよ! 月白ちゃんが不安になるだろ!」
「「はい!」」
私と天は顔を見合せると一緒に大きくうなずく。
「黄丹さん、そのまま村長さんを支えていてください。天、村長さんの顔をしっかり上に向けて捕まえていて。多分暴れると思うけれど、二人とも絶対離さないで」
「わかりました」
「わかった」
私はリュウノクサの粉を溶いた水を慎重に村長さんの口に流し込むと口をおさえる。バタバタと跳ねる村長さんの体を黄丹さんと天が必死の顔で支える。
お願い。効いて。
祈るような気持ちで待った時間はおそらく一分にも満たなかったはず。でも、何時間にも感じられた。
フッと村長さんの体から力が抜ける。
「父さん!」
「村長さん!」
黄丹さんと天が同時に声を上げる。けれど、村長さんの口を押えていた手に穏やかな呼吸が感じられて、私はそっと村長さんの胸元に耳を当てる。規則正しい鼓動が聞こえて私は、ほぅ、と息を吐いた。
「もう大丈夫です。後はベッドでゆっくり休ませてあげてください。私も付き添います」
意識は戻らないものの、村長さんの顔から苦しそうな表情が消えたのを見て、黄丹さんもホッと息をつく。村長を囲んでいた村の人たちからも安堵の声がもれる。
「月白ちゃん、よくやったね」
「天もよくやった」
桃さんと松葉さんが私と天の頭をぐりぐりとなでる。それがなんだかくすぐったくて、私は殊更に真面目な顔をして周りに声をかける。
「まだ油断はできません。早く村長さんを運んでください」
運ばれる村長さんについて、私と天は広場を後にした。




