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「つっきー、似合うよ」
「大丈夫。天も絶対喜ぶわよ」
夏祭り当日。いつもより早めに薬屋を閉めた私は、あんず亭に戻って衣装を着せてもらったのだけれど。
「あの、やっぱり、桃さんのものをお借りするわけには」
「何言ってんの」
「そうだよ。絶対こっちの方がいいって」
あの日、あんず亭に戻ってすぐに桃さんに相談したものの、そんなことはないとあっさり却下。結局、鏡の中には真夏の空のような明るい青の衣装をまとった私が立っていた。
「桃姉も早く着替えておいでよ」
衣装を届けてくれた刈安さんが桃さんに声をかける。その言葉にうなずいて部屋を出て行った桃さんを待つこと数分。戻ってきた桃さんの姿に私も刈安さんも、ほぅ、とため息をつく。
タイム村の正装は裾から腰までの深いスリットのある上衣とゆったりとしたズボンを組み合わせたものだった。私は空色、刈安さんは黄色、桃さんは深い桃色の上衣なのだけれど、私と刈安さんの上衣は半袖で長さも膝が隠れるくらい。一方、桃さんは長袖で裾は踝が隠れるほど。歩く度にひらりひらりと揺れる姿が優雅だ。
「桃さん、きれい」
思わず零れた言葉に刈安さんが大きくうなずく。
「結婚すると長袖だし、裾も踝までの長さになるの。ひらひらと綺麗よね。それに桃姉の髪見て。黄緑色の簪が付いているでしょ?」
見ると桃さんの髪は黄緑色の丸い玉がついた簪で低い位置にまとめられている。いつもは高い位置でお団子にされているのに髪型と服装だけで随分印象が変わる。
「いいよね~。簪も結婚している印。っていうか、タイム村ではプロポーズするときに男性から女性に丸い玉のついた簪を送るの。で、オッケーなら女性はそれを髪につけるのよ」
「へぇ」
改めて見ると柔らかく輝く黄緑色の玉は優しい桃さんに良く似合っている。それに松葉さんの目の色にそっくりだ。と、ふと刈安さんの髪を止めている銀細工の髪留めに目がいく。
「えっ? じゃあ、刈安さんも結婚しているの?」
結婚しているとは思っていなかったので、声に驚きが混じってしまう。刈安さんの髪飾りについている石は黄色がかった淡い茶色。亜麻さんの目の色にそっくりだ。ということは。そう思っていたら目の前の刈安さんの顔がみるみる真っ赤に変わっていく。
「ち、違うから! プロポーズに使うのは簪だけ。これは前に亜麻がたまたまくれただけ。たまにはつけないと悪いからさ。ほら、あたしと亜麻って幼馴染だし」
ほら、と、言われても初耳ですが。なるほど髪飾りが全部意味のあるものではないのか。
「ところで刈安、あんた、うちにいて大丈夫なの? 約束があるって言ってなかったっけ?」
「えっ? あっ、嘘! もうこんな時間! 天が慌てるところをみたかったのに残念! つっきー、またね~」
「あっ、刈安さん!」
あんず亭を出て行こうとする刈安さんを慌てて呼び止める。ん? と振り返った刈安さんにきちんと頭を下げる。
「ありがとうございます。こんなきれいな服を着る機会なんてないと思っていました」
振り返って桃さんにも。
「桃さんもありがとうございます。見ず知らずの私にこんなに良くしていただいて」
嵐のように話が進んでしまってきちんとお礼を言うのが今になってしまった。山小屋で朽ち果てるだけのはずだった私にこんな機会があるなんて。衣装の色に若干の不安は残るものの、桃さんと刈安さんには感謝しかない。
「何言ってんの。私がしたかっただけ。すごく似合ってる。後でお勧めの屋台も教えてあげるね!」
一瞬驚いたように目を丸くした刈安さんは、そう言うといつもの向日葵のような笑顔を残してあんず亭を出て行った。
「こら。月白ちゃん!」
刈安さんを見送っていたら、桃さんに呼ばれる。
「はい?」
ぶにっ。
振り返った瞬間、両頬を桃さんにつままれる。
「なんへすか!(なんですか!)」
「見ず知らずなんかじゃないだろ! 月白ちゃんはあたしの娘も同然なんだからね!」
「ふぇ?(へっ?)」
予想外の言葉に思わず目を見開いてしまう。なんと答えていいのか言葉が見つからない。そんな私を見て桃さんが苦笑いする。
「この子は全く。村のみんなも月白ちゃんを頼りにしてんだよ」
そんな。私は次の薬師が来るまでのつなぎでしかないのに。ずっと村にいることなんてできないのに。ますますどう答えていいのか、わからなくなってしまう。
「ほら、天が迎えにきたよ。今日は楽しんでおいで!」
タイミング良く現れた天のお陰で桃さんの言葉に返事をしないで済んだ。送り出されるままに私は天と一緒にあんず亭を後にした。
「月白、その色って」
「あっ!」
あんず亭を出て夏祭りの会場になっている広場に向かうまでの道すがら。天の言葉にすっかり忘れていた事実を思い出す。そうだった! 衣装の色!
「ごめんなさい!」
「えっ?」
勢いよく頭を下げた私に天が困惑の声を上げる。それはそうだろう。どこの馬の骨とも知れない人間が断りもなく自分の目の色の衣装を着ているなんて気分が悪かろう。
「あの、桃さんにお願いして着替えてくる。って言うかそもそも夏祭りなんて、私、部外者だし遠慮した方がいいよね」
「えっ、ちょっと待って! えっ、えっ? なんで?」
「えっ、だって嫌でしょう?」
「なんで?」
天の反応に今度は私がキョトンとした顔をしてしまう。
「いや、きれいだよ。すごく」
「無理しなくていいよ」
「無理じゃないって!」
「本当に?」
「本当! すげぇきれいだし、すげぇ嬉しい。その色、月白が選んでくれたの?」
「……なんとなく気になって」
「そっか。あのさ」
そう言って、天はごそごそと何かを取り出した。
「これ、貰ってくれないかな」
差し出されたのは銀細工の髪飾りだった。精緻な細工の中央には煌めく空色の石がはまっている。
「えっ?」
急なことに戸惑う私を見て、天がハッとした顔をする。
「あっ、もしかして他の人から貰っている?」
「えっ? いや、そういうわけじゃ」
「じゃあ、気に入らなかった? そうだよな。安物だし」
シュンとした顔で髪飾りをしまおうとする天を見て思わず声がこぼれる。
「きれいだね」
「えっ?」
「私が貰ってしまっていいの?」
「もちろん!」
嬉しそうに答える天を見て、そっと髪飾りに手を伸ばしかけた私は肝心なことに気が付いてしまった。
「あっ、でも」
「えっ? 何? やっぱり気に入らないとか?」
「ううん。そうじゃなくて。鏡もないし、私、髪飾りなんてつけたことなくて」
「なんだ。そんなことか」
天はそう言うと髪飾りを持ったまま一歩私に近づく。
「月白、ちょっと目瞑って」
「えっ?」
「早く」
「あっ、うん」
パチン。
「はい。目開けていいよ」
天の言葉に恐る恐る目を開ける。自分の髪に手をやると右側の髪が髪留めで止められている。
「似合うよ。可愛い」
「えっ、あの……」
優しく私を見つめて笑う天の言葉に声が出ない。こんなの反則だ。いつもと全然雰囲気が違うじゃないか。
「さぁ、行こう! 夏祭りが始まっちゃう!」
「えっ、あっ、ちょっと待って」
ずんずんと先を行く天を私は慌てて追いかけた。
ちなみにタイム村の衣装はアオザイのイメージです。




