2-1 返事に困ることばかり
「そろそろ虫除け香を用意しないとかな」
あんず亭から薬屋に向かう道すがらふと呟く。数日前までしとしとと雨が続いていたのに見上げた空は抜けるような青。今はまだ朝方の涼しさを残しているけれど、吹く風は確実に夏の暑さをはらんでいる。
虫除け香は、ムシヨケハナを乾燥させたものを粉にして練り固めたものだ。薬草としては珍しく花の部分を使うもので、七分から八分開いた状態の花を摘み取って使う。香りが虫除けの効果を持っているので、花のまま乾燥させておいて毎年使う分だけを粉にして使うのだ。花自体は薬屋に保存されているのを確認してあるから、後は天気のいい日を見計らって香を作ろう。
って、ちょっと待て! もうすぐ夏? 虫除け香の用意? 私がタイム村に来たのは桜の頃。早春だったのになんでまだここにいるの?
次の薬師が見つかるまで、ほんの少しの間、ここに留まるはずだったのに。私、何してるんだ。
「あっ、つっきーじゃん。おはよう!」
「えっ?」
気が付いてしまった衝撃の事実に茫然と立ち尽くしていたところに、いきなり声を掛けられて一拍反応が遅れる。振り返るとそこには刈安さんが向日葵のような笑顔で手を振っていた。ちなみにつっきーとは私のことだ。亜麻さんの一件以降、なぜかそう呼ばれている。
「どうしたの? こんなところでぼんやりして?」
「世の中の無常についてちょっと」
「はぁ?」
つい口をついて出てしまった言葉に刈安さんが怪訝そうな顔になる。
「あっ、いえ。薬屋に行く最中です」
「そっか。朝早くから大変だね……って、そうだ! つっきー、次の休みっていつ?」
「えっ? 休みですか?」
思わず質問に質問を返す形になってしまった。薬屋は基本的に年中無休だ。病人やけが人に暦は通用しない。タイム村の薬屋は居住スペースがついていないから夜はあんず亭にいるけれど、薬屋のドアにはその旨をきちんと書いている。夜中だろうが患者さんがいれば対応するし、桃さんからも先代の黒鳶さんもそうだったと聞いていた。
「えっと、ありませんが、何かありましたか?」
けれど、そう答えた私の言葉に刈安さんが目を見開く。
「そうなの?」
「そうですね」
「そっか~。どうするかな」
「具合の悪い方がいるなら今からでも行きますよ」
「いや、具合は悪くないんだけどさ」
「はぁ」
腕組みをして考え出す刈安さんの姿に首を傾げる。具合の悪い人がいないなら私に何の用があるというのか?
「まぁ、いいや。桃姉に話しておくから後は二人で適当に決めて」
「はぁ?」
なぜ桃さん? いよいよもって訳の分からない話に私はもげそうなくらいに首を傾げる。
「基本あたしは店にいるから二人の都合のいい時でいいからね! あっ、でもできれば早めにね。まぁまぁ時間かかるし、この時期は混むからさ」
「いや、だから、何の話……」
「んじゃ、またね!」
結局、何の話か全く説明してくれないままに刈安さんは行ってしまった。あんず亭に戻って桃さんに事情を聞こうかとも思ったけれど、止めた。刈安さんは桃さんに話しておくから、と言っていた。ということは、今、桃さんに聞いても何のことかわからないだろう。とりあえず病人やけが人がいるわけではないみたいだし、急ぐことではないだろう。
そうして、その日は虫除け香を作りながら、ポツポツと訪れる村人に薬をだして一日が終わった。始めは薬師にしては明らかに年若い私を恐る恐る眺めていた村人たちも背に腹は代えられなかったようで。怪我や急を要する病気の人が訪れ、対応している間に幸いある程度の信頼は得られたようだった。今では日常的な不調の相談も少しずつされるようになってきている。まぁ薬屋が繁盛する必要はないのだけれど、閑古鳥が大合唱するような状況はなんとか回避できている。
結局、刈安さんの話はなんだったのだろう?
考えた所で思いつくことは全くないまま、あんず亭の扉を開けた瞬間。
「月白ちゃん、明日は昼から休みを取るんだよ!」
なぜかフルスロットルの桃さんに出迎えられた。この時間は夜ごはんの支度で忙しいはずなのになぜ?
「いや、あの、そんな急に言われても」
「何? 急ぎの仕事でもあるのかい? だったら天でも松葉でも手伝いにいかせようか?」
「あっ、いえ、それは大丈夫ですけれど」
「だったら、明日は昼から休みだ。わかったね?」
えっ? なんなのこれ? ぐいぐい来るのですが。まぁ、明日はお届けの患者さんはいないし、天気もよさそうだ。作りかけの虫除け香は朝干して、夕方取り込めば問題ないだろう。
そうそう、薬屋に来ることができない患者さんには薬のお届けもしている。最初は家の場所を知られることを嫌がる村人も多かったのだけれど、こちらも少しずつ増えてきている。
「昼からなら薬屋を休んでも問題ないと思いますが」
「よかった! じゃあ、明日、薬屋に迎えに行くね!」
「いや、あの、何の用事」
「じゃあ、夜ごはんの支度があるから行くね!」
「えっ、桃さん、ちょっと待って!」
私の問いかけも空しく、桃さんはさっさと食堂へと行ってしまった。桃さんを呼び止めようと伸ばした手をそのままに茫然としていると。
「月白、どうしたの? 変な格好して」
ちょうど仕事から戻ってきた天に怪訝な顔で見られてしまった。
「あっ、いや、桃さんに明日の昼から薬屋を休めって」
「なんでまた?」
不思議そうな顔をする天に私は首を横に振る。
「わかんない。刈安さんが関係あるのかもしれないけれど」
「刈安さんが?」
「うん、今朝会ったのよ。その時に桃さんに何か言っておくって話だったから」
私の言葉に天が何か気が付いたのか、ハッとした顔をする。
「そっか。もうそんな時期か」
「そんな時期?」
「そっか、そうだよな……」
急に真面目な顔で黙り込んだ天に少し不安になる。刈安さんも桃さんもそんなに深刻な雰囲気はなかったと思ったのだけれど。
「えっ、あの、なんか大事なことだったりするの?」
「……」
「ねぇ、天ってば!」
「あっ、えっ? 何?」
「何? じゃなくって」
「あっ、やべ! 俺、用事があったんだ! じゃあ、またね!」
「えっ、ちょっと、今から? もう夜だよ」
「じゃあね!」
呼び止める私を無視して天はなぜかあんず亭を出て行ってしまった。いや、何なのよ。一体。とは言え、桃さんは忙しそうだし、天は行ってしまったし。仕方がないのでとりあえず自分の部屋へと向かった。
今日から第二章の始まりです。
夏と言えば蚊取り線香!もっと便利で火を使わないものがあるのにやっぱり夏になると使ってしまいます。




