8 自分を殺した人物との再会
更新遅くなりました。
私達姉妹とカナディーク王子は、教会で顔を合わせる度に簡単なやり取りをし、こっそりと手紙を交換しあった。
つまり慈善活動なんて、最初はただコンタクトを取る為だけの隠れ蓑だった。
しかもそれを不謹慎だとか罰当たりだとは全く思っていなかった。
だって私達は、この教会のやり直しの女神姉妹に不信感を抱いていたし、恨んでもいたからだ。
それに、次第にこの慈善活動もそう悪くない行為し、案外色々と役に立つこともあると思うようになった。
何故なら、私達は教会に通っていたおかげで、この早い段階であの強盗犯達と接触できたからである。
私を殺した強盗団のリーダーの名前は、ゾイ=パロットといった。
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生まれ変わる以前の過去二回の人生で、彼らは私の父親に心無い仕打ちをされ続けた。
その挙げ句、我が侯爵領から追い出され、王都に出て極貧の苦しい生活を過ごした。
特に病気の父親を抱えていたゾイは、父親の薬代と家族の生活費欲しさに、仲間達と徒党を組んで強盗を繰り返していた。
しかしその数年後療養の甲斐もなく彼の父親が病死したことで、彼らは我が家への恨みを一層強くしたのだ。
そんな時昔馴染みだったスピアから、ベルギリ侯爵家のお家事情を耳にしたのである。
憎い侯爵夫妻が結婚記念日の夜には、必ず多くの護衛を付けて芝居をに行く。そのために、屋敷の警護の方が薄くなるのだと。
あの当時は、あちらこちらの領地を追い払われた多くの農民達が、仕事を求めて流れ込んでいたために、王都はかなり治安が悪くなっていた。
そのために、貴族が夜に外出する時には、多くの護衛を伴うようになっていた。
屋敷の方は多少護衛が減っても、戸締まりさえしっかりしておけば大丈夫だろうと、大方の貴族達はそう考えていたのだ。
何故なら貴族の屋敷の周りには、大概高い塀がめぐらされていたからだ。
しかしゾイの盗賊団の中には元曲芸師がいたために、高い塀などへっちゃらで、簡単に乗り越えられた。
それであの学園の卒業の日、ベルギリ侯爵家の高い塀はあっさりと盗賊団に突破され、簡単に屋敷内に侵入されたのであった。
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ゾイ一家は元々信仰心が強かったらしく、領地に住んでいた頃から月に一度は、王都の教会へ数時間かけて足を運んでいたらしい。
そのせいで私は、二度目のやり直しのこの人生で、初めて少年のゾイと遭遇したのだった。
たとえまだその顔に幼さを残し、純粋な表情を浮かべている子供であろうと、二度も自分を殺した相手だ。
教会のバザーで初めてゾイと思いがけずに対面した時、恐怖で体が震え、心臓の音が激しく鼓動して、私は立っていられなくなった。
すると、私の両肩を掴んで支えようとしたのは、なんとそのゾイだった。
「大丈夫? どうしたの? 具合いが悪いのか?」
それは本当に私を心配する、焦ったような、澄んだ高い声だった。
よくも躊躇なく領主の娘の体に手を触れられたものだと一瞬思ったが、その時私は初めて気が付いた。
ゾイは私を知らなかったのだと。そして私も。
以前の人生で、私が生きている時に彼を見たのは、あの殺された一瞬だけだったのだと。
ゾイの両親は領民のまとめ役をしていた、領民の中心的人物だったのだ。それなのにその大切な役目をしていた家族と会ったことも無かったし、そもそも名前も知らなかった。
きちんと領地経営をしていなかった両親を蔑みながら、自分だって領地や領民のことを見ようともしていなかったのだ。
いや、言い訳するのは嫌なのだが、私は彼らを知ることができなかった。
本来なら私達は、跡取りとして領地の勉強をするべきだった。しかしあの非常識な両親は、王族が私達の教育を担うべきだと主張したのだ。
そのために私達は、王宮で教師から一般的な領地経営の授業を受けていたのだ。
ただお金をけちりたかったのなら、屋敷に教師達を派遣してもらえば良かったものを。
そのせいで私達は、自分達の領地のことを知る機会を無くしてしまっていたのだった。
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三度目の人生でゾイと対面した時、私はようやくそのことに気付いた。そしてその場に崩れ落ちたのだった。
二度目の人生の時、殺されたくなくて、私はなんとかあの現場から逃れようと足掻いた。しかしなんて考えが浅かったのだろう。
私が何故殺されたのか、何故彼が私を殺さなければならなかったのか、その根本を解決しなければ、その運命はかわらなかったのに……
たとえ卒業式の日に無事だったとしても、恐らく別の日に殺されたに違いない。
カナディーク王子とへラリーからは危険だと反対されたが、その後私は、自ら進んでゾイと接触を持つようにした。
彼と知り合いになって親しくなっていれば、いくら両親を憎んでいたとしても、私を殺したりはしないのではないかと。
甘い考えだと言われたけれど、最初のやり直しをして再び亡くなった後、私の魂は昇天せずにずいぶんと長い間、フワフワと漂っていた。
だからあの裁判の行方も眺めていた。ゾイは死刑を告げられて、最後に発言を許された時にこう呟くのを聞いたのだ。
「馬鹿なことをしてしまった。
あいつらに最大の苦しみを与えてやろうと娘を殺ったのに、何の意味も無かった。
あいつらは娘が死んでも平然としてやがる。
俺が本当にやるべきだったのはあいつらだった。失敗した。
あいつらは悪魔だ。クソ野郎」
私が死んだ後、遠縁の伯爵家の三男、元妹の婚約者がベルギル侯爵家の養子になって跡をついだ。しかし、彼の代でベルギル家は没落した。
それはあの男の社交性の無さ、人望の無さが招いた結果には違いないが、そもそも彼が継ぐ以前に侯爵家は傾いていたのだ。
あの裁判の時、本当に悲しく無かったとしても、彼らは娘を殺された悲しい親を演じなければいけなかったのだ。
それなのに、貴族とは感情を面に出してはいけないという、下らない貴族のルールを両親はしっかりと守った。
そんな彼らの態度とゾイが放った言葉により、当然ながら侯爵夫妻は鉄面皮だ、冷酷非情だと、世間で噂をされるようになった。
そしていつしか、彼らは社交界から爪弾きされるようになったのだ。
彼らは貴族や領民の誰からも付き合ってもらえなくなった。しかも生き残ったもう一人の娘家族とも交流してもらえず、養子には邪険に扱われ、孤独な最期を迎えた。
人を愛さず、人を思いやらなかったのだから当然の報いだろう。
冷たいようだが両親やベルギル家の養子になったあの男が、この人生においてどんな最期を迎えようが、正直どうでもいいことだ。
しかしゾイ一家だけではなく、その他の領民を守らなければならない。そうしなければ、自分達だけでなく多くの被害者を生んでしまうのだ。彼らを犯罪者にしては絶対にいけない。
今回のやり直しの人生でようやく、私はそのことに気付けたのだった。遅すぎたけど。
元々の人生、そして最初のやり直しを生きたあの当時、王都はとにかく治安が悪かった。
いくつもの悪の組織が蠢いていた。その中でももっとも勢いのあった、若者中心の盗賊団のリーダーに私は殺された。
自分の身、そして多くの人々を守るためにも、これらの盗賊団を結成をさせてはいけない。
つまり、人々がそんな悪の道に染まらなくても暮らせる、そんな社会にしなければならないのだ。
壮大過ぎる目標だ。
しかし、私達は知っている。
このまま何もしなければ、王都には貧しい人々が集まってきて、わずかな仕事を奪い合い、人を蹴落とし、ギスギスした暗い雰囲気に包まれる都になってしまう。
貧困層が増え、略奪暴行が横行し、劣悪な衛生状態の中で病気が蔓延するようになる。
今のゾイはまだ、信心深く真面目で優しげな少年のようだ。彼に寄り添い、協力していけば、今ならまだ間に合うかも知れない。
私は自分のこの思いをカナディーク王子とへラリーに伝えた。彼らも同意してくれた。
今度こそ未来を変えるぞ!
私達は強く誓い合ったのだった。
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私達三人は三度の人生を合算すると、百歳近くなる。まあ、私はそのうちの三割ほどしか実際は生きてはいなかったが……
それでも、未来を知っている。いろんな経験をしている。
しかし悲しいことに、今の三人はとても幼すぎる。私達が何を言っても聞き入れて貰えるとはとても思わない。誰か大人を仲間に引き入れなければならない。
私達三人は、教会の隅でゴソゴソと話し合ったが、簡単に妙案が出るわけもない。怪しまれるといけないので、長時間こうしてもいられない。
私とへラリーが眉間にしわを寄せてどうしようか考えていると、突然カナディーク王子がパッと顔を上げ、眩いばかりの笑顔を見せてこう言った。
「カーリア、僕達婚約しよう!」
「「エッ?」」
突然の王子の提案に私達は思わず声を上げてしまい、慌てて口に手を当てた。
「何をおっしゃっているのですか?
今度のやり直しは、前のような失敗は絶対にしないと決めたじゃないですか!」
私は声を抑えながらも少し怒りながらこう言うと、王子はニコニコしたまま、こう言ったのだ。
「もう失敗するつもりはないよ。今度こそ君と結婚して幸せになるよ」
「でしたら、無事にあの日を乗り越えたら婚約して下さいませ」
私の二度の人生は、学園の卒業式の日に強制終了させられているのだ。これはどう考えても、見えざる者の力が働いているとしか思えない。
その日をやり過ごせるまでは安心ができない。それなのに王子は笑顔てその願いを拒否してきた。
「ねぇ、僕達は婚約すればもっと気軽に会えるようになるんだよ。
そうしたらこれからのことをもっと色々相談できて、これからの計画をじっくりと練られると思うんだけど?」
なるほど……
と、私は思った。
そしてその後間もなく王家から申し込みがあって、私はカナディーク王子と婚約し、ベルギル侯爵家を継ぐことになった。
そしてその一年後、妹のへラリーは彼女の希望で、遠縁の子爵家の次男ケビンと婚約して、ベルギル子爵家を継ぐことになった。
前の人生でも妹と彼は幸せな結婚生活を送り、立派な領主夫妻と評判になるほど領地を発展させていた。
そう。私と妹はケビンの人柄と実力を知っている。
だから彼を見込んで、事実を打ち明けて協力してもらうことにした。すると彼はすぐに了承してくれた。
しかしそれが即答だったので、却って私達が怪しんでいると、彼は笑ってこう言った。
「確かに貴女達が三度目の人生を生きているだなんて、完全に信じているわけではないよ。
しかし、貴女達がやろうとしていることは正しいことだ。だからそれに協力しようと思ったんですよ」
と。
読んで下さってありがとうございました!