7 自分が殺された理由
薔薇園で三人が秘密裏に話ができるようにと対処してくれたのは、カナディーク王子の護衛のロッド卿と側近のアダムス様だった。
カナディーク王子は信頼のおける二人に自分の秘密を打ち明けていた。自分一人では未来を変えることはできないと思ったので。
最初のうちはさすがに二人とも、その話を信じようとはしなかった。しかし王子は、十歳の子供の知るはずのない情報を山程持っていた。
まだ行ったことのない学園の細部のことや、騎士団の極秘の情報まで多岐にわたって。
そして最終的に信じる決め手となったのは、彼ら二人の想い人を殿下が言い当てたことだった。
二人とも現在絶賛片思い中なのだが、それを誰にもまだ打ち明けてはいなかったからだ。
「で、殿下、それで私の想いは叶うのでしょうか?」
二人は後でコソコソと聞いてきたが、王子はニッコリと笑って、協力してくれたら教えてあげるよと答えた。
天使のような純真な笑顔をしながら、王子に抜かりはなかったのだ。
「殿下、先日は態々お見舞いに来て頂いたのに、大変失礼致しました。それに、前世の記憶がない振りをして申し訳ありませんでした」
「いいよ。君がもう僕と関わりたくないと思っても当然だから。本当にすまなかった」
王子は泣きそうな顔をして頭を下げた。殿下も妹と同じく、二度目の人生を後悔し、懺悔しながら生きていたのだと思うと、私の胸も苦しくて堪らなかった。
私は二人を憎んでなんかいなかったし、不幸になることも望んでいなかったのだから。
カナディーク王子の話によると、彼が最初のやり直しを始めた時は、やはり妹のへラリーと同様に以前の記憶がなかったのだという。
十歳の時に王妃様主催のガーデンパーティーで私を見初めて婚約して、ずっと好きでいてくれたのだそうだ。
ただ成長と共に表情が消え、まるで淑女の見本のような振る舞いばかりする私に戸惑っていたという。
どうやったら子供の頃のような自然な笑顔を見せてくれるのだろうと、会う度に考えていたらしい。
「ごめんなさい」
と泣き出した私を小さな腕で抱きしめながら、カナディーク王子は優しい声で慰めてくれた。
「謝らなくていいんだ。君は強盗に殺されるという恐ろしい思いをしたんだ。
それが自分のお喋りのせいだと思っていたのなら、それは慎重な態度になっても当然だよね。同じ思いをしたくないもの。
僕も犯人が捕まった後で、何故あの日に決行したのか、その理由を聞いた時には自分の愚かさで気が狂いそうになったよ」
だからこそ王子は私の葬儀の時に、自分の人生をやり直したいと思ったのだそうだ。そして次こそは私を守りたいと思って『生まれ変わりの女神』に強く願ったのだそうだ。
それなのにやり直しをしたカナディーク王子が、ようやく前の人生を思い出したのは、私が盗賊に剣で背中をさされた瞬間だったという。そう、妹のへラリーと同じ瞬間だったようだ。
「せっかく生まれ変わったのに、昔の記憶が蘇ったのが愛する人の死の直後だったなんて。
なんのための生まれ変わりだったんだ?
生まれ変わりなんて全く無駄だった。いや。無駄より悪い。
前世は強盗犯に殺される直前までは僕達は愛し合って幸せだった。だがループしたこの世界はどうだ!
愛する君は両親に厳しく躾けられ、友達はできず、妹との会話もなく、僕には婚約破棄された。
そしてその挙げ句に妹を庇って、まだ十八歳で殺されるなんて……」
私を手にかけた犯人もその犯人を唆した男爵令嬢も、前回と同じ人物。そしてその犯罪を犯した理由も同じ。しかも今回は人違いだった。
やり直しても何の意味もなかった。これって、自分達への何かの罰なのか?
カナディーク王子は最後までその疑問から抜け出せなかったという。
そして王子同様に妹とも苦悩したようだった。
やり直しの人生がもし自分達への罰だとしたならば、何故自分だけは二度目の人生も、外面的には幸せだったのだろうか? 姉とは違って……と。
「最初の人生は、お姉様の葬式後に突然リセットされてしまった。だから結果的には、あの嫌な婚約者とは結婚しなくてすんだの。
そして生まれ変わった後は、あの嫌いな婚約者の方から婚約破棄してもらえて、私は初恋の愛する男性と結婚することができたわ。かわいい子供達にも恵まれて幸せだった」
もちろん幸せだったからこそ妹は、私に申し訳なくて心から笑えず、生涯喪服を着て過ごしていたのだという。
自分が生まれ変わりを望んだばかりに、姉に再び辛い思いをさせ、またもや助けられなかったことが申し訳なくて。
だから今回、再びやり直しをしたのだと気付いた時は、この世の全てを呪いたいと思うほど、怒りが湧いたのだという。
前回あれほど姉とカナディーク王子を苦しめ、私に死ぬまで消えない罪悪感を与えた女神に。
今度は一体どうやって私達を苦しめるつもりなのかと。
ところが今回は何故か早いうちに記憶が蘇った。しかも最初と二度目の両方の人生の分が。
一体誰が今回の生まれ変わりを願ったのか、そいつを絶対に見つけ出してやる!
そして『生まれ変わりの女神』についても絶対に調べよう。
そうへラリーは決心したらしい。
そしてカナディーク王子や私が自分と同じように、前世の記憶を二つとも持っていると気付いた時、初めて真っ暗な闇の先に微かな光を見つけた!そんな気持ちになったという。
それまではダークな気持ちしかなかったのに、ワクワクするような高揚感に打ち震えたらしい。
一人では無理でも三人で頑張れば、少しは未来を変えられるのではないか。せめて姉の命だけは守れるのではないかと。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
王城の見事な薔薇園。その片隅の小さなテーブル席で、私達三人はクッキーをつまみながら話を続けた。
最初の人生で私が一階の居間で強盗に刺された時、へラリーは二階の自室にいたという。
強盗は二度目の時とは違って屋敷の裏口をこじ開けて侵入し、物音を立てずに居間にやって来た。そして悲鳴を上げた私の口を手で押さえて、胸に剣を突き立てたのだ。
悲鳴を聞いた妹はすぐに階下へ向かおうとしたが、それを侍女やメイドに止められた。
そして暫くして静かになった頃、今度は馬車が止まる音がして、再び女性の悲鳴が上がった。そしてそれと同時に、階段を駆け上がってくる大きな足音がした。
妹が侍女と抱き合って震えていると、ドアが勢いよく開いた。するとそこには、悲愴感を漂わせた父親と護衛が立っていた。
父親はへラリーと目が合った瞬間、ヘナヘナとその場に座り込んだという。
そしてその後で妹は私の死を知らされたのだという。
私の葬式が執り行われたのは、私が亡くなった一週間後だった。
両親の本音は早々に葬儀を済ませ、すぐにへラリーを遠縁のあの三男と婚約させ、跡取りにするための準備をしたかったらしい。
私が死んでしまったのだから、カナディーク王子を婿にしなくて済むと、そのことをまるで喜んでいるかのようだったとへラリーは言った。
「最低よあの人達は。娘達なんて侯爵家の単なる駒に過ぎなかったのだから。
そして王家や国に対する忠誠心もなけりゃ、領民のことも一欠片も思ってはいなかったのよ」
「でも、当然だけど、カナディーク王子殿下がお姉様の死に嘆き悲しんでね、
『カスタリアを殺した犯人を見つけなければ、何故彼女が殺されなければならなかったのか、その理由がわからない。
それでは彼女の無念を晴らすことができない。だから、葬儀は犯人を見つけ出してからだ!』
とおっしゃって。だから王家は事件を有耶無耶にして葬儀をすることを許さなかったの。
お姉様は氷魔法をかけられて冷却保存された。
殿下は本当にお姉様を愛していらしたわ。それに比べてあの人達は…。
それでね、殿下の執念で間もなく犯人は見つかったの。
強盗達は札付きの悪だと、王都でも有名な少年グループだったわ。
そしてお姉様を刺したのはそのグループのリーダーの少年だった。
ねぇお姉様……犯人が何故侍女やメイド達のことは縛っただけなのに、お姉様のことは殺したのかわかる?
もちろんあの男爵令嬢の依頼もあったのでしょうけど、父に恨みがあったからなんですって。
あの男は元々はうちの領地の領民だったのよ。でも法外に高い税を取り立てられたせいで、無理をし過ぎた父親が病気になってしまったんですって。
そうしたらあの人達に、裸同然で領地から追い払われたのだそうよ。病気の父親共々。
その後その家族がどうなったかなんて言わずもがなでしょ?
そしてそんな酷い目に遭わされたのはその一家だけじゃなかった。そんな人達がいつの間にか集まってきて、悪さをする集団を作り上げていったのよ」
そのことは私も知っている。最初のやり直しの時には死後も記憶があったから。
まさか元々の人生の時と原因の根本が、全く同じだったとは思わなかったけれど。
「私はお姉様の葬儀の時に、平然とした顔で祭壇の前に立つあの人達を見て、激しい怒りが湧いたの。
あんた達が人でなしのことばかりしているせいで、これから幸せの絶頂を迎えるはずだったお姉様と殿下が、不幸のどん底に落とされたのよ、って。
だからあの時、女神様にお願いしたの。
もう一度お姉様を生まれ変わらせて欲しいって……」
✽✽✽
私達三人はお互いに語り合って、やがて統一したある見解を導き出した。
そして今度のやり直しについて、どう対処すべきなのか、その対策を練ったのだった。
このやり取りをしているうちに私は、カナディーク王子がへラリーの言う通り、理路整然と物事を熟考し、しかもそれを実行できる方なんだな、ということにようやく気付いた。
長いことずっと側にいたのに、今まで何故私はそのことに気づかなかったのかしら?
せめて最初のやり直しの時に殿下に相談していたら、運命は変わっていたかも知れないのに。
私は恋愛脳が強過ぎて、冷静さに欠けていたのかも知れないと、一人心の中で反省した。
まず最大の目標に据えたのは、将来私が殺されなくて済む未来にすることだ。そのためにまず大まかな骨子案を作った。取りあえずなので、かなり大雑把なものではあったが。
そしてそれをもとに徐々に細やかな作戦を立てて実行に移すことにした。
しかしそのためにまず私達は、三人で密に連絡をとるための方法について頭を悩ませたのだった。
読んで下さってありがとうございました!