6 妹が語った真実
更新遅くなってすみませんでした。
へラリーによると、あの元婚約者は格下伯爵家の三男であるくせに、少しばかり頭がいいからと高飛車で、へラリーをいつも見下していたという。
その上まだ結婚した訳でもないのに、子爵家の領地にまで口出しをするようになっていたらしい。
それを両親に訴えても、頼もしい婿殿だ、彼に任せればこちらも楽ができるな。娘では役に立たないからな、というばかりだった。
父親が娘を馬鹿にするからあの男まで自分を軽く扱うのだ、と妹は思ったそうだ。
しかしあんな思い上がった男をこのまま増長させては、領地や領民にとってもろくなことにはならない。
だからそれをカナディーク王子に相談していたのだという。
へラリーには王子しか相談できる相手がいなかったし、いずれは義兄妹になるのだから問題がないと思っていたらしい。
「殿下はあの男と違って本当に優秀だったから、あの男の誤りを色々指摘して頂いていたの。
私が理詰めで対抗したらあいつ黙ったわ。ああいう自分で頭がいいと思っている奴ほど、理論で負けると何も言い返せなくなるのよね。
あっちもずっと私と婚約破棄したがっていたと思うの。だから丁度タイミングが良かったんじゃないの?
それにしてもあの男はついてたわよね。嫌な私と婚約破棄できた上に、侯爵家の養子になれたんだから」
確かにそうかも。
ただし、侯爵にはなれたけれど、社交界では笑い者になったし、最終的にはそれまでの両親の失策のせいで領地で暴動が起きて、踏んだり蹴ったりだったみたいだけど。
私が思い出し笑いをすると、へラリーも私が何を考えたのかを察して一緒に笑った。
「ごめんね。私が貴女の相談に乗ってあげていれば、そもそもあんな誤解をすることはなかったのにね」
「仕方ないわ。前の時のお姉様は、まるで淑女の教本のようだったから、婚約者の愚痴なんてとても言える雰囲気じゃなかったもの。
両親の言うことに従順過ぎて怖いくらいだったわ。
でも、それが生まれ変わる前の記憶を持っていて、殺されたくない、過ちを繰り返したくない、そう考えていたせいなら仕方のないことだったわよね。
最初の人生の記憶をお姉様と共有できる人が誰かいたら、話は違っていたのかも知れないけど」
人の気持ちを代弁するのはあまり良くないことだとわかっているけど……そう前置きをしてへラリーはこうも言った。
「カナディーク殿下は、間違いなくお姉様を愛していらしたわ」
と。そして私の心を開くにはどうしたらいいのかと王子は悩んでいたという。
それを聞いた私は、ただひたすら申し訳なく思った。そして心が酷く痛んだのだった。
「でも、それでは何故学園の卒業パーティーで、殿下は婚約破棄をしたのかしら? 私を嫌いではなかったのだとしたら」
私が無意識に呟くと、へラリーは「それなのよ」と眉間に深いしわを寄せた。
そもそもへラリーがあの婚約破棄の現場にいたのは、あの卒業式当日、生徒会メンバーの一人が熱を出して欠席したために、急遽手伝いを頼まれたからだという。
だから王子のあの宣言は寝耳に水だったらしい。
私がパーティー会場から去った後、へラリーが怒って大勢の人達の中で詰め寄ると、いつも冷静沈着なカナディーク王子はパニックになっていたという。
そして、
「なんであんな酷いことを言ったのか自分でもわからない!
僕はあんなことは思っていない!
僕はカスタリアだけを愛しているのだから」
って喚き散らしたらしい。
王子の様子があまりにも異常だったので、もしかしたら何か魔法をかけられて操られたのではないかと、王子はすぐさま護衛に囲まれて連れ去られた。
そして、へラリーも事情聴取のために王城へ連行されたという。
検査の結果、王子には魔法をかけられた痕跡はなかった。
そのため、日頃の勉強と公務の忙しさによってストレスが溜まって、一時的に正気を失ったのだろう。そう医師や魔術師達の意見がまとまったのだという。
そしてカナディーク王子が皆の反対を押し切って、自分でへラリーをベルギル侯爵家へ送り届けると言って聞かなかったらしい。
恐らく一刻でも早く私に謝罪したかったのだろうと、へラリーは言った。
しかしそんな彼がベルギル侯爵家で目にしたのは……
「殿下も私と同じように、お姉様の息が止まった瞬間に以前の記憶が蘇ってきたみたいの。
それであの方は呆然とその場に座り込んで、こう呟いたわ。
『カーリア、何故こんなことに。せっかくやり直しを望んだのに、これじゃ何の意味もないじゃないか……』
って。お姉様のことを愛称呼びしたので私にはわかったの。最初の人生でお姉様のやり直しを願ったのが、私だけじゃなかったんだって。
もし、あの時、どちらか一人だけが祈っていたとしたら、もう片方は記憶を無くすことはなかったんじゃないか? そう思ったら悔しくて堪らなかったわ」
へラリーの言葉に私は強い言葉でこう言った。
「もし私達のこのやり直しの人生が、女神様の力だとしたら、ずいぶんと性悪な女神様ね。
だって、願った本人の記憶がなくなるのがわかっていて、二人の願いを聞き届けるなんて。
本気で救おうだなんて思っていないんだわ。
それに殿下に対するその異常な強制力、女神様がしたのだとすれば納得できるわ」
「お姉様、殿下の話を信じるの?」
へラリーは意外そうな顔をした。しかし私は王子の言った言葉に嘘はないと思った。
何故なら、最初の人生や二度目の人生で、私はある人物の言動に対しで、強く違和感を抱いていたからだ。
頭自体は悪くないのに言葉が全く通じず、意味不明な言葉を発し、妙な行動し、叶うはずのない夢を決して諦めなかったあの男爵令嬢。
あれが、本人ではどうしようもない強制力によるものだったら……と考えると妙に納得できる。
その話をへラリーに話すと、彼女も納得してくれた。
私達はやり直しの女神と妙な強制力について調べることにした。
そしてそれと同時進行で、二度の失敗を踏まえて、事前にできる予防対策を可能なだけ試みることにした。
そして話し合いの最後にへラリーがヘラッと笑ってこう言った。
「お姉様、私達今はまだ子供です。たとえ知識は豊富だろうと、多少お馬鹿なフリをして、簡単な言葉で話さなくてはいけませんわ」
と。
妹と話をしたことで、何故私達が二度も人生に失敗したのか、ようやくその原因がわかった気がした。
誰も信じず誰も頼らないで、たった一人で解決しようとしたから失敗したのね。きっと……
✽✽✽
妹と力を合わせると決めた日から一月が経ったある日、私とへラリーは母に連れられて教会のバザーに行った。今年に入ってもう四回目だ。
自分本位で、国や王族よりも自分達が大切だと思っているベルギル侯爵夫妻は、平民が死のうと生きようとまるで関心がない。
しかし無駄なプライドばかり高い彼らを丸め込むことなんて、実の両親より長い人生経験を積んだ娘達にとっては、子供の手を撚るくらいに簡単だった。
「今は昔とは違って、慈善活動に力を入れている家ほど、尊敬され褒め称えられるんですって」
「まあ、それではうちはそのうち高位貴族から降爵されてしまうかもしれませんわね。貴族としての最低限の義務である、バザーへの協力もしたことがありませんものね」
「エエーッ! それは本当なのですか、お姉様!」
「本当かどうかわからないけれど、先日本屋へ言ったら、我が家のことが噂になっていて、娘だとばれないように気を使ったわ」
「まあ、それでは外へ出るのも気を付けないといけませんね、お姉様」
母親に聞こえるように態とこの会話をしていると、母親は真っ青になった。そして、体面を保つために教会に通うようになったのだ。私達も連れて。
そしてカナディーク王子も王妃様と共に教会へ慰問をしていた。王子があの天使スマイルでお誘いをしたからだ。
私達は教会でカナディーク王子と遭遇する度に、こっそりと手紙を交換し合って情報を共有した。もう、失敗を繰り返さないために。
そう。カナディーク王子がベルギル侯爵家に見舞いに来てくれた時、へラリーは自分もやり直しをしていることを殿下に話したのだ。
そして今回のやり直しを誰が望んだのかはわからないが、力を合わせないかと持ちかけたのだ。
そしてその後催された王家主催のパーティーに、姉妹は揃って招待されたのだ。
そのパーティーはもちろんカナディーク王子の提案のものだった。
王子や王女達が、将来有望な貴族のご子息やご令嬢と、なるべく早いうちに絆が結べるようにと。
そしてそのパーティーに招待されていたのは、王太子や第二王子や二人の王女達に見合う貴族の子弟だった。つまりティーン・エイジャーだった。
だからまだ十歳の第三王子のカナディーク殿下はおまけであり、自由に行動ができた。
パーティーが始まると殿下が合図を送ってくれたので、私達は距離をとりつつ、そっと殿下の後をついて行った。
殿下は年上の側近と護衛見習いと共に、薔薇園へ向かった。するとそこには既に、テーブルと椅子がセッティングされていた。
殿下と共に私とへラリーが椅子に腰を下ろすと、王宮侍女がすぐにお茶とデザートを運んで来てきくれた。
そしてすぐに声が届かない薔薇園の隅の方へ行って、彼女達はそこに控えた。
しかし、ミドルエイジと思われる少年二人はカナディーク王子の背後に立ったままだった。
彼らの前で話はできないから、今日はただの顔合わせかしら?と妹とアイコンタクトをとっていたら、殿下がこうおっしゃった。
「ようこそ王宮の薔薇園へ。未来の妻と妹を招待できて嬉しいです」
私とへラリーは思わずギョッとして固まった。他の人がいる所で突然何を言い出すのだ!
しかしカナディーク王子は天使の微笑みを浮かべて、顔色も変えず平然としていた。そして彼の後ろにいる年上の少年達を紹介してくれたのだった。
読んで下さってありがとうございました!