5 妹へラリーの告白
5 妹へラリーの告白
そしてその少年と顔合わせをした時、私の身体がブルブル震えてきて、思わず吐きそうになった。
いくら自分から婚約を望んだとはいえ、さすがに過去の人生で妹との婚約者だった男とは嫌だ。
しかも妹を散々詰って婚約破棄した冷たい男だ。あの時は既に私は死んでいたが、それでもあの時の光景は脳裏に焼き付いていて、怒りで震えてきた。
何故一方的に批判する? 何故そうなった経緯を聞いてやらないのだと。
両親と同じ傲慢で非人間な男なんて生理的に無理!
三度目の私の性格は最初の人生の時に近いようだ。
自分で言い出した事にも関わらず、彼だけは絶対に嫌だと私ははっきり両親に言った。
すると、顔合わせをしてからすっかり沈み込んでいた私を見た両親は、さすがにこの婚約話を無理に進めることはなかった。
ただし今度もやはり彼を妹のへラリーの婿にして、もう一つの子爵家を守ってもらうのもいいなと言い出した。
私は慌てた。もし妹が彼と婚約させられたら、妹はまた酷い目に遭ってしまう。
「お父様、へラリーはまだ九つです。そんな幼い子供に婚約者を充てがうなんて早過ぎます。私とは違い、侯爵家ではなくて子爵家を継ぐのですから、もっとじっくりと相手を選んでからでも遅くないと思います」
私がこう言うと両親と妹は目を見張った。まあ、妹と一つしか違わなのに何を言っているだろうと思ったのだろう。
しかし、妹は驚いた顔から今度は急に笑顔になって私を見た。そして今度は真剣な顔付きになって両親にこう言った。
「私はあの方とは絶対に結婚しません。確かに真面目で優秀な方かも知れませんが、冷たい感じがして嫌です。
私は女一人でも立派な領主としてやっていけるように、これからますます努力をします。ですから、結婚相手は自分で見つけさせて下さい。お願いします」
妹の思いがけない言葉に、両親は絶句していた……
へラリーは婚約者のことを元々好きではなかったのかも知れないと、私は初めて気が付いた。
二度目の人生の時、私の葬式が済んだ後、あの男は話し合いもせずにへラリーをはしたない、穢らわしいと言って、いきなり婚約を破棄すると言った。
それを聞いた時私はカッと頭にきたが、そう言えばへラリーは俯いてはいたが、少しも悲しんではいなかったような気がする。改めて思い返すと、むしろ清々した顔をしていたかも。
その後へラリーは、一族の別の子爵家の次男で五つ年上の方と結婚して、三人の子を産み育てながら夫とともに領地をしっかり守り、領民に慕われていたわね。夫婦仲はとても良さそうだった。
妹の夫となった方は私も見覚えのある、赤毛で緑色の瞳の、顔中そばかすだらけの明るくで優しそうな方だった。
喪服のような地味な服装ばかり着ていた妹を責めるわけでもなく、妻に代わって社交にも励んでくれていた。
最初は妹のことで色々嫌な思いもしただろうに、その誠実な人柄と巧みな話術で社交の輪を広げていった。
そして通り一遍なことしか言えない視野の狭いベルギル侯爵(へラリーの元婚約者で養子)よりもずっと評判が良かったわね。
私は二人きりになった時にこっそりと妹に聞いてみた。
貴女には好きな人がもういるのかと。すると妹は頬を赤く染めるとコクリと頷いた。
だから私はある人物を思い浮かべて妹にこう尋ねた。
「ねえヘラ、その人は誰なの? 誰にも言わないから教えて。いい方だったら私も応援してあげるから」
「本当?」
へラリーは驚いた顔をした。それはそうだろう。それまでは妹とは色恋の話はしたことがなかったのだ。過去の二度の人生においても。
決して仲が悪かった訳でもないのにどうしてかしら。物心ついた時には互いには既に婚約者がいたから、色恋の話をするなんて不謹慎なことだと思っていたのかも知れない。今思えば。
「ええ、本当よ」
「あのね、私が好きなのは子爵家の次男の……」
へラリーが教えてくれた男性は、やはり私が頭に思い描いた方だった。
赤毛で緑色の瞳。顔中そばかすだらけの明るくで優しい年上の一族のお兄様。笑顔が素敵で、お話が上手で、私達姉妹をいつも笑わせてくれていたわ。
よくよく思い出せば過去の二度の人生でも、へラリーはあの方をこっそりと見つめていたような気がする。何故私は妹の気持ちに気付いてやれなかったのだろうか。
たとえ私には何もできなかったとしても、気付けてさえいたら、切ない思いだけでも吐き出させてあげられたのに。
もっとも、前回は好きな人がいたのに、いつの間にかカナディーク王子に乗り換えていたけれどね。
「お兄様なら私も文句無しだわ。応援するわ。今度こそ最初から幸せになりなさいね」
「うん。私、今度はお兄様に美しくて素敵なドレスを着た私を見てもらいたいの。だから、お姉様も私を庇って死なないでね。お姉様が幸せにならないと私は幸せになれないのだから。そしてカナディーク殿下も……」
「ん?」
「・・・・・」
「エーッ!!
へラも前の記憶があるの?」
「うん。多分私もカナディーク殿下もお姉様と同じ頃に記憶が蘇ってきたんだと思う。
最初はやっぱり誰にも言えなくて、どうしようかと悩んでいたの。
でも、お姉様がずっと前から楽しみにしていた王妃殿下主催のガーデンパーティーに仮病で参加しなかったり、殿下のお見舞いを嫌がっているのを見て、私、ピンときたの。
お姉様にも記憶が蘇ったんだわって。そうしたら殿下も前の時の話をしていたでしょ。それで確信したわ」
「貴女、盗み聞きしていたの?」
「まあ、情報が欲しかったからね。だから殿下がお帰りになる時、私はそっと声をおかけしたの。
『私は学園の卒業パーティーで殿下とご一緒に婚約破棄した浮気相手です』って」
「ななな、何てこと言うのよ」
へラリーはいたずらっ子のように愉快そうに笑った。過去のいずれとも性格が違っている。
「私は本来は元気で活発な女の子だったんだよ。でもだからと言って、姉から婚約者を奪い取るような非常識でもなかったわ。
最初の時の私は、二度目のお姉様のように、あの堅物両親の厳しい躾であんな面白みのない完璧令嬢の振りをさせられていたの。
でも二度目の時は、親の言いなりのお姉様に反抗して、馬鹿なことばかりしていたみたいだけど」
「つまり私達はお互い、両親に無理を強制され続けたせいで本当の自分を見失っていたというわけね?
いいえ違うわね。私は元々好き勝手をしていたから強盗犯に殺されたのよね。誰のせいでもないわ。そしてそのせいで、貴女に苦労させたのよね、ごめんなさい。
それに私がもっと姉として貴女と触れ合えば良かったわね。
せめて二度目の時にその事に気付けていたら、孤独で苦しみながら死ぬこともなかっただろうし」
私の言葉に妹はハッとしたよう顔をした。
「お姉様は最初のやり直しをした時、前の記憶があったのですか?」
「ええ。生まれた時からね。貴女は違ったの?」
今度は私達が驚く番だった。
妹によると、妹が最初の人生を思い出したのは、なんと私が命を落とした瞬間だったという。しかもカナディーク王子も。
「私ね、最初の人生の時は、当然だけれどそこで記憶は終わったの。
でも二度目の時は死んだ後もずっと魂は漂っていたのよ。
だからへラリーや殿下のその後も見ていたの。私のせいでずっと辛い思いをさせてごめんなさいね」
「違うわ。お姉様は何にも悪くなかったわ。前回あの犯人達の犯行理由を聞いたのならわかるでしょう?
最初の人生の時もあいつらの犯行理由は同じだったのよ。
そして殺す相手は男爵令嬢からの依頼で、犯行直前にお姉様から私に変更したみたいだけど、あの男はベルギル侯爵家の娘ならどちらでも良かったのよ」
えっ? そうだったんだ……
「最初の時、お姉様が殺された理由があまりにも理不尽だったから、お姉様の葬儀の時に私はやり直しの女神様に願ったの。
もう一度私達の人生をやり直させて欲しいって。でも、まさか自分の記憶がなくなるなんて思ってもみなかったわ。
前の記憶がなくてはやり直しをしても全く意味がないじゃない。しかも前の記憶を思い出したのはお姉様が亡くなった直後だったのよ。
ふざけんな、くそ女神!って思ったわ」
へラリーがとても侯爵令嬢とは思えない口調で叫んだので、私は呆気にとられた。
「お姉様、それにね、言い訳するつもりはないけれど、私はお姉様を裏切ったことなど一度もありません。
カナディーク殿下と浮気などはしていませんでした。
疑われるような行為をしてしまったことは本当に申し訳なかったのですが……」
「だって貴女はいつも殿下とのお茶会の席に、私が行く前から話をしていたでしょう?」
「あれは殿下に相談に乗って頂いていたのです。あの元婚約者の男のことで……」
「相談?」
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