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3 自称ヒロインは他人の人生を狂わす

 3 自称ヒロインは他人の人生を狂わす

 

 最初の人生の時だった。

 入学して一年ほど経った頃だったか、私がたまたま一人で人気のない裏庭を通っていた時、例のスピア男爵令嬢に呼び止められたことがあった。

 その時に彼女に言われた言葉が先程の、ヒロインだとか悪役令嬢だとか、わけのわからないことだったのだ。

 

 しかしその時、私は彼女に言われた言葉に急に不安になった。自分のことって案外わからないものだから。

 そうだわ。こういう時には客観的に見て判断できる第三者に尋ねてみるのが一番よね。

 

「ねぇ、みんなでお昼を食べましょうよ」

 

 そこで私は彼女の手を取って、食堂へ向かった。

 

 私は殿下や彼の側近達にスピアの言われたことを伝えた。すると彼らは呆れて訳がわからないという顔をした。

 そして私とスピアに向かってこう言った。

 二人の共通点は性別と年くらいだと。身分や家柄、育ちだけではなく、性格、頭脳、仕草、そして容姿も何もかも違うと。

 

 彼らも私と同様に、スピアを頭のおかしい残念な令嬢と捉えたようだった。

 その後私達はそれまでも決して彼女を邪険にはしたいなかったが、それ以降、彼らは彼女のことを無視して関わらないようにしていた。そう、卒業するまでずっと。

 

 それなのに何故だか彼女だけが勘違いしたのだ。自分はカナディーク王子やその側近達に愛されていると。

 

 自称ヒロインのスピアは、私を王子達との恋路を邪魔をする悪役令嬢だと思い込んでいた。

 そして偶然耳にした情報を元にベルギル家を襲わせ、強盗犯に私を殺させたのだ。

 

 しかし彼女は最初の時も、そして二度目の人生においても、結局ヒロインにはなれなかった。でもそれは当然だろう。

 スピア男爵令嬢はカナディーク王子のただ同級生に過ぎなかった。その他には何の関係もなかったのだから。

 しかももし仮に恋人関係だったとしても、スピアは王子妃になれるはずがなかった。

 

 何故ならカナディーク王子は結婚後に王族ではなくなり、臣下に下ることが決まっていたのだから。

 そんなことは学園に通う者なら誰でも知っていることなのに、何故彼女はそれを理解できなかったのだろう。

 

 

 最初の人生の時、私はカナディーク王子が大好きで、どんな些細なことでもすぐに彼に話していた。しかも自分のことだけでなく両親や家の中のことまで。

 もちろんプライベートなことを人様に話してはいけないときつく言われてはいた。しかし、カナディーク王子なら問題ないと思っていたのだ。婚約者だし、いずれベルギル侯爵家の人間になるのだから。

 

 しかし殿下も私と同じタイプの人間だった。つまり、少々口が軽かった。

 おそらく側近達の近くに男爵令嬢もいたことに気付かず、私の話をしていたのだろう。

 

 そしてその我が侯爵家の情報を、元々平民だった男爵令嬢が昔の知人達に流したのだ。

 あの強盗犯のリーダーも言っていた。侯爵の警備が一番手薄になる時を見計らって、強盗に入った。その情報はスピアから得たと。

 

 そう。学園の卒業式と卒業パーティーがあった日。半年後に結婚式を控え、希望に溢れて幸せだったあの日だ……

 

 最初の人生の時、自分が死んだ後どうなったのか、私はそれを知らない。まあ、それが当たり前のことかも知れない。

 しかし二度目の時のことは何故かわかっているのだ。どうしてなのか肉体は死んでも魂は天に召されなかったのだ。

 無念だったからなのか、まだ未練があったのか。まあ、両方だったのだろう。まだ十八歳で、恋する乙女だったのだから。

 

 二度目の最後は、妹のへラリーを庇って背中を剣で刺されて死んだ。妹まで剣先が届かなくて本当に良かった。

 そして最初の時とは違って、私は妹のへラリーの命を守れたし、彼女にダイイング・メッセージを残すことができた。無駄死ににならず良かった。

 

 強盗犯達はカナディーク王子に付いていた護衛騎士達に全て捕獲された。

 その後両親が帰ってきて、血だらけで横たわっていた私と、顔から血を垂らして私にしがみついて泣き叫んでいた妹を見て失神した。

 

 事件後私の残した言葉をきっかけに捜査が進み、間もなく男爵令嬢が主犯として捕まり、事の真相が判明した。

 両親は妹の軽率さを詰った。そして外部の者がいないところではカナディーク王子と王家を罵っていた。

 

 私は美人薄命を地で行く、悲劇のヒロインとなった。

 何せ学園の卒業パーティーで第三王子に婚約破棄された挙げ句、自分から婚約者を奪った妹を庇って死んだのだから。

 しかし、私は別にそんな悲劇のヒロインなんかになりたくはなかった。同情されるのもまっぴらだったわ。

 

 私はカナディーク王子と妹のへラリーの幸せを祈っていたのに、それは厳しいものになった。

 二人の婚約は認められなかったのだ。そもそも王家とベルギル侯爵家の間で結ばれた婚約を、カナディーク王子の一存で破棄できるわけがなかった。

 それにへラリーにも婚約者がいたのだから……

 

 へラリーの婚約者はベルギル侯爵家の遠縁の伯爵家の三男で、妹より二つ年上の真面目で優秀な青年だった。

 最初の人生の時も妹の婚約者だった。私の死後に結婚したかどうかはわからないが。

 

 両親は跡取りにするはずだった私が死んでしまったので、へラリーをその婚約者と結婚させて侯爵家の跡を取らせようとした。

 しかし、その婚約者は妹との結婚を拒否した。たとえ侯爵家に婿入りできずに平民になっても、姉の婚約者と浮気をするような穢らわしい女とは結婚できないと。

 へラリーだけでなく、カナディーク王子も二人は恋人ではなく、もちろん肉体関係はないと主張したが、そういう問題ではないと彼は言った。

 

「たとえそれが事実だとしても、世間で誰がそれを信じるでしょうか?

 長い間側にいた婚約者を衆人環視の中で辱めた非人間の言う証言など。

 それに侯爵家の使用人が言っていましたよ。侯爵家で行われる顔合わせは、いつも三人だったと。

 侯爵家の人達はカスタリア様だけでなく私のことも馬鹿にしていたんですね」

 

 そう言われて、初めて両親は私の忠告を思い出してうなだれたのだった。

 

 結局ベルギル侯爵である両親は、妹の婚約者だった遠縁の伯爵家の三男を自分達の養子にして後継者とした。彼は一族の人間であり、とても優秀な人物だったので。

 そして実の娘であるへラリーは、元々彼女がなる予定だった子爵家を継いだ。結婚相手は妹の本来結婚する筈だった、やはり遠縁の子爵家の次男だった。

 

 どういう事かと言うと、ややこしい話なのだが、本来は私が伯爵家の三男と結婚してベルギル侯爵を継ぐ予定だった。

 そして妹が子爵家の次男と結婚してベルギル子爵家を継ぐはずだったのだ。

 

 ところが王家のゴリ押しでカナディーク王子の婿入りが決まった事で、婿入りの予定者がずれたのだ。私の婚約者予定の伯爵家の三男が妹へと。

 そしてその結果、遠縁の子爵家の次男があぶれてしまったのだった。

 

 本来、私が死んでも妹の婚約関係は何の影響もないはずだった。それなのに、伯爵家の三男が妹との婚約を破棄したために、元々の婚約者予定の子爵家の次男が再び妹の婚約者に決まった。

 

 遠縁の子爵家は相当悔しい思いをしただろう。一度婚約を匂わせておきながら、それを一方的になかったことにされたのだ。それなのに自分達の勝手な都合で、疵物になった娘を無理矢理に押し付けてきたのだから。

 

 これでは子爵家及び次男は世間の笑い者だ。それなのに縁談を断りたくても、侯爵家には逆らえるはずもない。腸が煮えくり返る思いだったに違いない。

 子爵家に対してあまりにも失礼だ。

 

 自分のせいだとはいえ、両親の仕打ちに妹は激しく怒り、新しい婚約者にひたすら頭を下げていた。

 

 それを見ていた私も、両親のやり方を腹立たしく思った。

 あの人達は自分達以外の人の事など、ゲームの駒としか見ていないのだろうか。全ての人には心がある、そんな当たり前のことが何故わからないのか。

 いくら殺されたくなかったからといっても、こんな両親の言いなりになっていた自分を私は恥じた。全てはもう遅かったけれど。

 

 その後妹は、結局その婚約者と結婚をした。

 私はハラハラしながらその様子を見ていたが、妹は三人の子供を産んで育てながら夫とともに領地をしっかりと守り、領民に慕われる領主夫人になった。爵位は第一子を産んだ後で夫に譲っていたのだ。

 

 義弟は最初から最後までずっと妹を大切にして、温かな家庭を築いてくれた。私は彼に深く感謝した。そしてそれと共に、私は二人に申し訳ない気持ちで一杯だった。

 何故なら社交の場には義弟だけが出席し、妹は領地以外では一切表に出なかったのだ。そして妹は死ぬまで喪服のような黒に近い灰色のシンプルなドレスを身に着けていたのだから。

 

 そしてベルギル侯爵家はどうなったかというと、子爵家に比べて衰退の一途を辿った。

 両親が優秀だと買っていたあの伯爵家の三男は、頭でっかちで融通が利かず、何に対しても誰に対しても型にはまった冷たい対応しかできず、人望がなかったからだ。

 しかも前侯爵のしてきた行いがジワジワと侯爵家の土台を侵食していったのだから。

 


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