第29章 初めて歩む二人の人生
学園を卒業してから半年を過ぎた頃、カナディーク様と私は皆様に祝福をされて、ついに結婚式を挙げることができた。三度目の正直とはよく言った言葉だ。
今回ようやく、憧れ続けていた純白のウエディングドレスを着ることができて、私はもう感無量だった。
そして白いタキシードを身に着けたカナディーク様は、本当に凛々しくて美しくて最高に素敵だった。
結婚式後にカナディーク様は王籍を離れ、ベルギル侯爵となった。
両親はすっかり大人しくなり、私達に爵位を譲った後は、国境にある王家の直轄地の施設でお仲間達と共に、半ば自給自足のような、健康的な生活をしている。
そしてその仲間とは、公にはされなかったが、両親同様に脱税や不正輸出入などの犯罪を犯して、騎士団や事務官達によって不正を暴かれた貴族達のことだ。
逮捕されず、当然裁判を受けていないので、彼らは表立って罰を加えたり、降爵させたり、爵位を取り上げたりはされなかったが、無罪放免とはならなかった。そして半ば強制的に王家の持つ廃城で皆で共同生活をさせられることになったのだ。
それは、犯罪者の定番の罰則である鉱山労働などとは違い、無休の強制労働をさせられるわけではない。
とはいえ、見張りと指導の者がいるだけで、彼らの面倒を見てくれる使用人はいない。彼らは各自、自分のことは自分でやらなくてはならなくなった。
料理や身支度や掃除、もちろん日用品や食料品の調達もだ。
ただし、ありがたいことに王家の直轄地は広い。果樹園はあるし、畑を耕作する土地はいくらでもある。そして家畜も放し飼いされている。
日用品が欲しければ、農産物と物々交換すればいい。
一般の農民なら涙を流して感謝することだろう。
しかし、今まで領民から税金を取り立てるだけで、ろくに領地の見回りさえしてこなかった彼らに、農業ができるはずがない。
そのためにご親切にも、農業指導者が待機していた。
ところが最初は何を勘違いしたのか、彼らは平民の指導者達に、家畜の世話や畑の耕作をするようにと偉そうに命令したのだ。
しかし当然ながら、指導者達はそれに何の反応も示さず彼らを無視をした。
するとそれに腹を立てた数人の貴族の男達が、その指導者達に殴りかかった。
「平民のくせに貴族様に対してその態度は何なのだ!」
しかし、彼らは全員返り討ちにあい、足腰立たないくらい殴られ、蹴り飛ばされた。
まともに鍛錬などしたことのない連中が、普段から力仕事をしている平民に敵うわけがないのである。
「俺達はお前達の使用人ではない。俺達は王家から命じられて仕事をしている。俺達の指導がいらないないならそれでもかまわん。好きにしろ。
それに、ここから出たければ勝手しろ」
貴族達は指導者のこの言葉にようやく自分の立場に気が付いた。
ここは最果ての地で、馬がなくては一番近い集落までたどり着けないだろう。
万が一たどり着けたとしても、自分達には戻る場所などないのだ。
そして、今の自分は自分では何もできず、一人では生きて行けない情けない人間なのだ。もしここで生きていくのなら、生きる術を教わるしか方法はないのだ。
そう悟れた者は指導係に頭を下げて謝罪して、その上で教えを請うた。しかしそれができなかった者は……
私の両親は長いこと王都の離れに蟄居させられて、見張られ、屋敷の外へ出られず、身の回りのことができるように指導を受けて生活をしていたので、すっかり牙は抜かれていた。
国境の城でもそれなりに楽しくやっているようでなによりだと思う。
彼らは、それこそなんにもできないお仲間達のアドバイザーに就任して、やり甲斐を見つけたようだし。
そして彼らが去った各貴族達の家には、我が家同様、王城から優秀かつ厳格な監察官が抜き打ちで帳簿や通帳、労働環境をチェックしに来るので気が抜けないようだ。
今度親達と同じ過ちを犯したら、今度こそお家断絶だからね。
王都や地方でも犯罪は少なく、良い治安が維持されていて、やり直し前のような暗い未来ではなくなった。
これも貴族や平民の皆さんの協力のおかげです。
そしてその立役者はゾイさんだ。彼の長年の就労支援のおかげで、寡婦となった方や浮浪者や孤児達が仕事に就けるようになり、王都だけでなく地方まで治安を改善させたのだから。
当然叙爵の話が持ち上がったけれど、ゾイさんはそれを断った。貴族ではなくても社会に貢献できることを実感し、皆と同じ視線でいたいからだと言っていた。
彼が平民のまま、この王都の指導者になるだろうと、私とカナディーク様は信じて疑わない。
国王陛下や王妃殿下は相変わらずカナディーク様を溺愛されていて、よくお二人で我がベルギル侯爵家を訪問される。
ビクトル王太子夫妻やフェルデン第二王子がしっかり政務をなさっているので、何の問題もないそうだ。
そう、少しずつ権限を移譲させるための足慣らしをされているのだ。
それに彼らには陛下の弟君であるオーガス=ドラドット公爵、つまり泣く子も黙る王国騎士団元帥と、光の軍神ニコルお姉様が付いているので安心なさっている。
それに後数か月で第二王子と公爵家令嬢のエメランダ様の結婚式も行われるし。
結婚式と言えば、義兄上様とほぼ時期を同じくして妹のへラリーとケビン様が結婚する。
艱難辛苦を共に過ごしてきた大切な愛する妹が、ずっと好きだった方と結婚するのだ。今度こそ何の憂いもなく幸せに暮らして欲しいと願っている。
「それにしても、ここ数年で本当に家族が増えたわね。幸せだわ。
こんな素晴らしい老後が待っているなんて、結婚当初は思ってもみなかったわ」
老後というには早過ぎだ。
既に孫がいるとは全く見えないほどお若くて、カナディーク様に瓜二つの美しい王妃殿下が、私の少し膨らんだお腹を優しく撫でながらこうおっしゃった。
一週間振りにいらした王妃殿下のこの台詞に、正面に息子のカナディーク様と並んで座っていらした国王陛下が、少し微妙な笑みを浮かべた。
夫婦仲が良いと評判の義両親だが、結婚前には色々あって、婚約破棄寸前までいっていたのだそうだ。主に義父側の原因で。
これは私がカナディーク様と結婚した後で、義母から聞かされた。
猛省して心を入れ替えて、妻一筋になられた義父も大したものだが、それを許して受け入れた義母の度量の深さにも感嘆した。さすがは我が国の国民や臣下からもっとも慕われる国母だけある。
「子はかすがいというが、それは本当のことだ。子供ができたことで、私は妻に許されて幸せになれた。お前もカスタリアや生まれてくる子供を大切にしなければならないぞ」
義父である国王陛下がしみじみと呟かれた。
そう。今私のお腹の中には、最愛の人であるカナディーク様との赤ちゃんがいるのだ。
しかし義父のこの言葉を聞いたカナディーク様は、白い目で自分の父親を見据えて、冷え冷えとした声でこう返したのだった。
「父上は反面教師になりたいのですか? でも、そんな教えは不必要です。
私は今の生を受ける前からずっとカーリア一筋で、浮気なんてどこかの誰かと違ってしたことがないし、これからもするつもりは一切ないですからね」
義父には大袈裟な言葉に聞こえたかもしれないが、カナディーク様の言葉は心の奥底から発せられたものだったし、真実だった。
二度あることは三度あるかもと怯えながらも、二人で手を取り合って諦めずに戦ったお陰で、三度目の正直で私達はようやく幸せな結婚をして、子供まで授かったのだ。
あの苦しくて辛い因縁の日を乗り越えて、ようやく私達はその先に進むことができたのだ。
そしてそれはもちろん、私達だけでなく、多くの人々の協力があったからできたのだ。
そしてこれから先の人生も、きっと周りの皆さんから色々と助けて頂くことになると思う。
義兄のビクトル王太子夫妻、義叔父のドラドット公爵様とニコルお姉様夫妻、側近から親友になったロッド侯爵夫妻、アダムズ様とミクティナ様ご夫妻と、皆様既に立派な家庭を築き、良きお父様お母様になっていらっしゃるから。
私達の子供は生まれながらにたくさんのお友達に恵まれて、幸せになることだろう。
いいえ、たとえ困難に遭遇しても、支えてくれる方々がいれば、きっと挫折しかけても再び立ち上がることができるだろう。カナディーク様や私のように。
義両親が王宮に戻った後で、私は夫にこう尋ねた。間もなくカナディーク様の十九歳の誕生日なので、何か欲しい物はないかと。
結婚して初めて妻として贈り物をするのだ。愛する夫の望む最高の物を贈りたいではないか!
するとカナディーク様は蕩けるような微笑みを浮かべてこう言った。
「カーリア、君と過ごせる一日一日が、僕にとっては最高なんだ。つまり、毎日君からプレゼントを贈られている気分なんだよ。それに後四か月もたてば、もうそれこそ飛び切り素晴らしい贈り物が君から貰える。それだけで十分さ」
それは……私も同じです。
あの運命の日以前も、そしてその後も、私は毎日カナディーク様から最高の贈り物をもらっている。
私は私のお腹に手を当てている夫の手に、自分の手をそっと添えて、彼に微笑み返したのだった。
これで話は完結となります。この後に登場人物の紹介を載せました。
読んで下さってありがとうございました!




