第26章 教会内の捜索
ニコルお姉様の先導の元、数台の馬車を連ねて教会へ向かうと、そこでは当然ながら騎士団の方々が既に捜索を始めていた。
「総帥閣下、進捗状況はどうなっていますか?」
「先程始まったところだ。ミクティナ聖女が来てからの方がやりやすいだろうから、細かなところにはまだ手をつけてはいない。
昨夜は何事もなかったようで何よりだ。急な依頼で悪かったな」
「いいえ、とんでもございません。何事もなく無事に過ぎてホッとしました。
でも、貴方の方は大変だったようですね。眠れなかったみたいですね」
業務連絡をしていたと思ったら、ニコルお姉様は急に妻の顔になって、夫である閣下の頬に右手を添えた。
確かに閣下の目の下にくまができている。たった一晩眠らなかったくらいでこうなったのは、相当あの二人に手こずったからなのだろう。
生まれ変わる前のスピア嬢のことを思い浮かべて、私は閣下に同情した。しかも彼女だけではなく、さらにわけのわからなそうな教会長まで加わっていたのだから、昨日の取り調べはかなりキツかっただろう。
「俺はあれほど言葉が通じない人間と初めて遭遇したぞ。他国の人間や赤ん坊と話した方がまだましだと思ったくらいだ」
オーガス統帥閣下は、眉間に谷のような深い谷を作って唸り声をあげ、地を這うようにこう言った。
「マーラ教会長は自分を女神マラエラの生まれ変わりだと主張している。この国の生みの親なのだから、自分は国王同等に崇められなければならないと。
そしてあのスピアという聖女は自分は王妃になるべく生まれたのだから、王妃にしろとわけのわからないことを言ってるし。
現王太子は既に結婚してお子様もお二人いるが、離縁させろというのか?と問えば、人のものなどはいらないから、別の王子がいいという。
第二王子にも婚約者がいるぞと教えれば、婚約だけなら結婚とは違うから平気だという。
しかし第二王子と結婚しても王子妃にはなれても王太子妃、王妃になれないがそれでもよいのかと尋ねれば、現王太子夫妻を追い出してしまえばいいと宣った」
「「「それって……」」」
その一声で一発退場ですよね?
不敬罪なんてレベルではなくて、国家反逆罪!
一生牢獄か、死罪でしょ!
教会長の方も、国王同様に敬えと言った時点でアウトだし。
「あの教会長は、王妃にはなれないと知って喚き散らすスピアを抱き締めながら、必死にこう宥めていたよ。
『また生まれ変わらせてあげるから、そんなに泣かなくてもいいのよ』
って。
君達の言っていた通りだな。
予測していたとはいえ、正直その台詞を聞いた時はびびったぞ。やり直しなんてされたらたまったもんじゃないからな。
ようやく長年の想いを実らせて愛する女性と結婚できて、かわいい子供達にも恵まれたっていうのに」
切実な閣下の言葉に皆が頷いた。特に間もなく第一子が生まれる予定のロッド侯爵と、ミクティナ様と先々月に結婚式を揚げたばかりのアダムズ卿が強く頷いていた。
「しかも、それを阻みたくてもその方法がわからないんだから、追求するのもヒヤヒヤものだったぞ。
もっとも、あやつらを教会から離してさえおけば、やり直しができない可能性が高いと、カナディークから聞かされていた。だから、追求の手を緩めるようようなことはしなかったがな。
おかげであの二人の謀反の言質もしっかり取れた。これで間違いなく有罪にできる」
「叔父上でもびびることがあるんですね。この世には怖いものなんて無いのかと思っていましたが」
「何を言ってるんだ。恐れる気持ちがない者では、大切なものは守れない。そうだろう? カナディーク?」
閣下はニコルお姉様の肩を抱きながらそう言って笑った。すると、カナディーク王子も負けじと私の肩を抱き寄せて頷いた。
本当に閣下の言う通りです。
私達二人は生まれ変わりに気付いた時から、互いを失うことに恐怖して、それを絶対に回避したくて今日まで頑張って来たのですもの。
教会の中に久しぶりに入ってみると、騎士達に荒らされたわけでも無さそうなのに、薄汚れて荒れた感じがした。
ずいぶんと掃除もしていないようで、あちらこちらに蜘蛛の巣が張り巡らされて、酷く埃っぽかった。
「まさかここまで荒廃しているなんて。私達がここを出てからまだ二年くらいしか経っていないのに」
ミクティナ様が深いため息をついた。
実は各種慈善団体が拠点を教会から他所へ移したことで、今まで教会へ通っていた信者や奉仕活動をしていた人々が、次第に教会とは疎遠になっていったのだ。
それまで教会へ通っていた人々の全てが、神の話を聞いたり、祈りを捧げたり、懺悔や許しを求めてやって来ていたというわけじゃない。
もっとはっきりした見返りを求めて、教会へ通って来ていた者達も多かったのだ。
病気や怪我を治してもらったり、勉強を教えてもらったり、自分達では面倒を見られなくなった子供や老人の世話をしてもらったり、食事の施しを受けたりと…
ところが当然それらは、奉仕活動をしてくれる人々の助けがあればこそ行えたのだ。聖女や司祭達だけでは到底無理なことだった。
その上、聖女ミクティナ様のような本当に特別な力を持つ真っ当な方々が教会から離れてしまえば、残ったのは能力もやる気もないただの教会関係者だけである。
それでも最初のうちは教会長の奇跡の力を信じる熱烈な信者が残っていたが、いつまでたっても奇跡は起きない。特別な力を見せてくれることもない。となれば……結末は火を見るより明らかだった。
ミクティナ様はまず懺悔室、次に教会長室へと捜索を進めた。
そしてそこはそれほど広くない部屋だったが、三方の壁には天井まで棚が造られてあって、ぎっしりと書籍が並べられていた。
私は皆様の邪魔にならないように、本の背表紙を眺めながら歩き回っていた。
すると、執務机の近くで靴音が変わった場所があった。そこだけマットが敷かれてあったせいかとも思ったが、やはり違和感があったので、そのマットをずらしてみた。
やっぱり……
そこには地下室へ繋がる扉が隠されていた。
その地下室は本当の意味での教会長の執務室のようだった。棚にはズラッと書類が並んでいた。
しかもその半分は業務日誌のようなもので、この国の建国の日から一日も欠けることなく記入されていた。
もしやと思い、私は現国王陛下と王妃殿下が結婚された年の業務日誌と、百年前の業務日誌を取り出して中を見た。
すると、案の定、そこには同じ名前の国王陛下と王妃殿下が結婚したとの記載があった。しかも生まれた王子達の名前まで一致していた。
そしてそれから二十数年後、学園の卒業式の夜に起こった悲劇の記述があった。それは私の記憶通りだった。
私が盗賊団のリーダーであるゾイ=パロットによる怨恨で刺殺されたと。そしてその協力者として、王子妃の座を狙っていたスピア=コールドマン男爵令嬢の名が記載されていた。
それから五十数年ほど前の日誌を見ると、再び百年前の日誌と同じような事柄が記述されていた。そしてまたもやその二十数年後に盗賊団のリーダーであるゾイ=パロットが、スピア=コールドマン男爵令嬢に唆されて、ベルギル侯爵家のカスタリア嬢を殺したと記されていた。
ただしこの時彼が狙っていたのは、カスタリアではなく次女ヘラリー嬢だったが、誤ってその姉を殺してしまったとある。
私の記憶の通りである。
やはりやり直しは本当にあったのだ。それなのに何故か教会の業務日誌は、書き直されることもなく、その当時に書かれたものがそのまま残されていた。
✽✽✽
八十数年前この教会で、五人の人間がやり直しを望んだと記されてあった。
それはカナディーク王子、へラリー、ゾイ、スピア、そしてマーラ教会長……
ところが六十数年前にやり直しを望んだのは、ゾイとスピアとマーラ教会長の三人……
カナディーク王子とへラリーは私の死の直後に前世を思い出して、やり直しの人生に絶望したために、それ以上のやり直しを望まなかった。
生まれ変わっても記憶がリセットされていたのでは意味がないと悟ったからだった。
最初のやり直しは、ゾイとスピアが処刑された直後だった。
しかし二度目のやり直しが発動したのは、何故か前回とは異なり、ゾイとスピアが処刑された直後ではなくて、カナディーク王子やへラリー、そしてマーラ教会長が人生を全うした後だった。
それ故に、二度目のやり直しが実行されるまでに四十年以上かかったのだった。
地下室の一番目の付く書棚にあった『教会の掟』というタイトルが付けられた書類の中に、禁忌項目を綴ったページがあった。
その中に『禁術・やり直し』という項目があって、こう記されてあった。
『この術を使う者にその術を使いこなす精神力と技量が伴わない場合、術者及びやり直しを望んだ者は、全員生まれ変わり後に記憶を無くしてしまう。
失敗の記憶がないままやり直しをしても、同じ過ちを繰り返してしまうだけで、まるで意味がない。これはかなりリスクが大きい術である。
故にこの国においては、やり直し魔法は決して使ってはいけない禁術とする』
つまり、マーラ教会長はこの教会の掟を破っていたのだった。
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