第24章 運命の日を迎えて……
マーラ教会長と聖女スピアが強制退場させられた後、王族の皆様は一様に渋い顔をされていた。しかし式を運営していたへラリーを始めとする生徒会メンバーは、全員ホッとして胸をなで下ろした。
特にフェルデン第二王子の婚約者である公爵家令嬢のエメランダ様は、ホッとし過ぎてよろめいたところを、フェルデン王子に抱き留められていた。
エメランダ様は、王太子の言葉通り、優秀でとても洗練された第二王子の婚約者だ。ご自分の立場を弁え、一言も発することなく、今すべき仕事を黙々とこなしていた。
しかし、目の前で自分の婚約者であるフェルデン王子が、別の女に腕を絡め取られ、自分との婚約破棄を要求されたのだ。
エメランダ様の胸中は計り知れないものがある。似たような経験をしたからこそよくわかる。
「辛い思いをさせたな。すまなかった」
「殿下が悪いわけではありませんわ。でも……情けないことですが、ホッとしたら今頃震えがきてしまいました」
「当然だ。あんな常軌の逸した者達を目の当たりにして、それでも平気でいられるわけがない。休憩室で休むか?」
フェルデン王子が優しくこう尋ねると、エメランダ様は首を横に振った。
「最後まで自分の任を全うしますわ。今日は卒業生の皆様の大切な日ですもの。
ハプニングはありましたが、それでも少しでも良い思い出になるように、微力ながらできることをやりたいと思います」
「そうだね。頑張れ。ずっと見ているからね」
二人は微笑み合った。相変わらずお二人は仲がいい。
フェルデン第二王子と五つ年下の公爵令嬢であるエメランダ様は、元々は政略的な婚約だったが、今はそれが信じられなにくらい心を通わせている。
そして卒業後にすぐに結婚することになっているのだ。
王太子が教会長と聖女スピアを確保し、サッサと追い払ってくれて本当に良かった。
それにしても、元々の人生の時と最初のやり直しの時の卒業パーティーでは、確か王族の方々は既に退出なさっていたような……?
私はハッとしてカナディーク王子を見た。すると、王子はニコリと微笑んだ。
そうか、いざという時のために、今回は卒業パーティーまで残って欲しいと、王子が陛下やお兄様達にお願いして下さっていたんだわ。
なんて用意周到なのだろうと、私はカナディーク王子を尊敬の眼差しで見つめたのたった。
そして学園の卒業パーティーがどうにか無事に終わった。
途中ハプニングがあって中断はされたが、国王や王子達の執り成しもあって、どうにか最後まで執り行なわれたのだ。
そして……思いがけずに悪の根源が王城の地下牢に囚われた。
確かにカナディーク王子の推測通り、最初の時や二度目の時とは流れが変わっていた。
これは私達の行動が以前とは異なるからだろうか? 本当に未来は変えられるのだろうか?運命を変えられるのだろうか?
たとえ微調整されても、最終的には私の最期はかわらないのではないか?
怖い、怖い、怖い……
もう殺されるのはいや……
カナディーク殿下やへラリーと別れるのはイヤ!
私はカナディーク王子に肩をしっかりと抱かれて馬車に乗った。
どんなに怖くても、その決着が着くまで間もなくなのである…………
✽
ボーン、ボーン、ボーン……
時計の針が真夜中の零時を回った。
「「「やったー!!!」」」
ベルギル侯爵家の屋敷中に歓喜の声が湧き上がった。
私とへラリーはその瞬間を手を握り合い、固唾を呑んで待っていた。もちろん私達の両肩をそれぞれの愛しい婚約者ががっしりとガードしてくれていたが。
「祝杯だ! ワインを出してくれ!」
とアダムズ様が叫んだが、すかさず新妻のミクティナ様に、
「まだ、早い! 油断禁物よ。
祝杯は、あの二人をお仕置きしてからよ!」
と、諌められた。ただしニコルお姉様が差配して下さった果樹ジュースで乾杯し、軽く軽食を取ることになった。
みんな卒業式、ダンスパーティーで疲れ切ったところに、緊張しながらずっと待機してくれていたのだ。
「それでは、取りあえず最初の目標はクリアしたということで、ノンアルコールだが乾杯しよう」
アダムズ様がグラスを持った手を振りかざそうとした瞬間、
「待ってくれ!!」
という悲痛な声があがり、みんな一斉にその発言者に顔を向けてハッとした。
そこには椅子に縄で縛られたゾイさんが座っていた。
「すまん、すまん」
ロッド様が苦笑いをしながらゾイさんの縄を解いた。
ゾイさんは自分の手で、血の巡りの止まりかかっていた腕をゴシゴシと擦った。
「確かに縛って欲しいと言ったのは俺ですよ。だからといって、何故椅子に縛りつけたんですか?
しかも、俺抜きで乾杯しようなんて、酷過ぎませんか?」
そう。実は数日前、ゾイさんはなんと自ら私とカナディーク王子にこう提案してきたのだ。
「自分をベルギル侯爵邸で縛りあげ、その上で見張りをつけて下さい」
と。
当初、私達が自分達の事情を教えたのは、へラリーの婚約者のケビン様、カナディーク王子の護衛だったロッド様、側近のアダムズ様だけだった。その後、聖女ミクティナ様に伝えた。
そしてオーガス元帥閣下とニコル様ご夫妻、カナディーク王子の新たな側近になった、ロッド様の弟のオッド様やモーリス様に説明したのは、半年前だった。
しかし、ゾイさんにはその二年以上も前に秘密を打ち明けていた。
その当時は既にゾイさんは、私達の社会改革の仲間、いいえ友人になっていたので、彼に隠し通すことに皆耐えられなくなっていたのだ。
もちろん、私が殺される現場を目の当たりにしたカナディーク王子やへラリーには反対された。
しかしそれは、ゾイさんのことが信じられないからというより、むしろその逆の心配だった。
彼が現世では良い人間だったからこそ、自分がそんなとんでもないことをしでかす人間だと思われていたと知ったら、かなりのショックを受けるだろう、と思ったからだった。
そして彼が私達に悪意や憎しみを抱いて、やはり前世の時のような結末を迎えるのではないかと危惧したのだ。
私も同じことを考えないではなかった。でも、それではいつゾイさんに真実を話せばいいの?
あの運命の日を無事にやり過ごしてから?
いいえ、後からこのことを知らされたら、ゾイさんはきっと立ち上がれないほど傷付くに違いない。そして、私達自身も。
大切な友人に、心の中でいつまでも悔恨の思いを抱きながら付き合い続けることになったら……
私には耐えられそうになかった。
ゾイさんはこの国、この都、ベルギル領、そして私達にとって無くてはならない人であり、もう絶対に縁の切れない人なのだから……
ゾイさんの反応は、やはり私達の想定通りだった。
最初は呆気にとられ、そのうちに呆れた顔をし、そのうちそれが冗談や悪ふざけではないとわかると困惑し、疑念に満ちた表情になり、やがて怒りを表した。
当然の反応だ。
私とカナディーク王子とへラリーはひたすら頭を下げ、ゾイさんの質問に丁寧に答え、真摯な態度を貫いた。
しかしゾイさんは怒りで顔を真っ赤にしたまま、話をしていた彼のレストランから出て行ってしまった。
そして二週間姿を見せず、レストランや農産物直産所のスタッフのみならず、贔屓のお客さんや近所の人、領地の人々がみんなで心配した。
今までほとんど休みを取ることもなく働いてきたゾイさんに、一体何が起きたのだろうと。
あの真面目な彼が仕事の引き継ぎや連絡もしないでいなくなるなんて、何か重大な事が起きたからに違いないと。
全くもってその通りなのだが、事情を説明するわけにもいかなかったので、私達は黙っているしかなかった。
「捜索隊を出そう」
カナディーク王子がそう提案してくれたが、私はそれを断った。
彼が危険因子だから国の力を使って捜査しているのだと、ゾイにそう誤解されるのは絶対に嫌だったからだ。
ゾイが私達の元に戻ってくれると信じて待つしかない……そう思った。
そしてゾイさんには人望があるので、悪い噂は一つも立たなかった。
ただし、彼がいなくなったのはきっと恋愛がらみ、つまり失恋が原因だろうという不名誉な憶測が囁かれるようになってしまった。
「あんなに格好良くて素敵なゾイさんを振るなんて、一体何様のつもりなんだろうね。その女見つけたら容赦しないよ」
領民のみならず、王都のゾイさんの知り合いの女性達がいきり立った。
「あの時、ゾイさんの片思いの相手がお姉様だとばれたらどうしようかと、私はずっとハラハラしてたわ。
お姉様自身はは鈍感で気付いていなかったら平気そうだったけれど」
後になってこう妹のへラリーに言われたが、いくら鈍い私でもさすがにゾイさんの気持ちには気付いていた。
だけどそれに気付かないおめでたい女を演じていたの。その方がこれからもずっと付き合っていけると思ったから。
もし、ゾイさんと前世の因縁なんかがなかったとしても、私とゾイさんは恋人関係にはならなかったと思う。私の側にカナディーク王子がいる限り……
だけど、因縁があろうが無かろうが、私にとってゾイさんが、大切で信頼できる人だということには違いがないの。
親友のような、兄のような、ずっと離れずに付き合っていきたい人。だから私は気付かない振りをした。
もしよその人にまで知られてしまったら、私と接するのを彼が躊躇うのではないかと思ったから。
そしてゾイさんは私達の前に姿を現す前に、カナディーク王子に連絡をとって二人きりで会ったらしい。
その時、頭を下げて謝罪したカナディーク王子に対して、ゾイはこう言ったという。
「最初は俺を見張るために近付いて、親しい振りをしていただけなのかと思って腹が立った。俺のことを信じてる、期待していると言った言葉は嘘だったのかって。
だけどよく考えたら、俺を疑って本当に邪魔だと思っていたのなら、見張るよりサッサと暗殺すればいいだけの話だよな。
たとえまだ犯罪を犯していなくても、俺がお嬢様の命を狙うと信じていたのなら、王族なら簡単に俺を始末できたはずだもんな。
それをしなかったということは、お嬢様が俺を信じてくれていたんだよな。二度も殺されたというのに」
と。
そしてそれに対して、
「正直君を見るのは辛かったし、二度あることは三度ある……もし、そうなったらと考えると怖かった。
しかしカーリア、カスタリアは君を信じると言ってきかなかったんだ。元々の人生の時だって、悪かったのは自分や両親だったって。だから、自分が変われば、ゾイが道を踏み外すことは絶対に無いって……」
カナディーク王子がこう言うと、ゾイさんは涙をこぼしたらしい。
✽
ゾイさんも私達も心の内(恋愛は除く)を打ち明け合ってからは仲が一層深まり、お互いを疑うことは一切なかった。
しかし、卒業式の日を迎える日の前日になって、突然ゾイさんは自分を縛ってみんなで見張ってくれと言い出したのだ。
「そんなことは必要ないわ。私達はみんなゾイさんを信じているんだから」
私がこう言うと、ゾイさんは頭を左右に振った。
「もちろん、俺だって自分が大切なお嬢様に手出しするなんて到底思えない。
しかし、どんなに抗おうとしても、呪いや魔法で、自分の意志に反して行動してしまう恐れはぬぐえないだろう?
殿下だって前の人生の時、誰かに操られてお嬢様に婚約破棄したって言っていたじゃないか!」
「ぐっ!」
カナディーク王子がうめき声を上げた。そしてその結果、卒業式の夜、ゾイはベルギル侯爵家の屋敷の中で、椅子ごと縄でぐるぐる巻にされていたのだった。
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