第23章 ヒロインが選んだ今回の運命の人
「ねぇ、もしかして聖女スピアさまは今回はターゲットを変えたのかしら?」
私は貴賓席の方を見つめながらカナディーク王子に囁いた。すると王子もやはり同じ情景を眺めながら頷いた。
「どうやらそうみたいだな。まあ、当然といや当然だけど」
「当然?」
「だってそうだろう?
前の人生の時は、僕が彼女と同じ学園の同級生だったから目を付けられたんだ。
だけど今回彼女は試験に落ちて入学できなかったんだから、そもそも僕とは接点がなかっただろう? 彼女が僕を知っているわけがないんだ。
僕は教会へは変装して偽名で通っていたし、第一あの聖女さまは奉仕活動の場になんかに現れなかったしね」
「確かにそうだったわ。だけどそれでは何故フェルデン第二王子殿下とお知り合いになったのかしら?」
聖女スピアはなんと今、カナディーク王子のすぐ上のフェルデン王子に擦り寄って、その腕に縋りついていたのである。
するとカナディーク王子は少しばつが悪そうにこう言った。
「君が嫌な思いをすると思って隠していたんだが、僕達が入学した後、彼女は度々この学園に突撃してきていたんだ。
そして王子に会わせろ、自分は王子の運命の相手だって大騒ぎしていたんだ。
それで当時まだ在席していたフェルデン兄上が、沈静化するために対応してしまったんだ。気付いていたら、僕が全力で止めていたんけど」
「えっ?」
初めて聞く情報に私は目を丸くした。
「だけどだからといって、何で今フェルデン殿下に縋りついているの?」
「んーん。結局彼女は誰でもいいんじゃないかな。王子なら。
たださすがに隣りに妻のいるビクトル兄上には食指が伸びなかったんだろう。
まあ、フェルデン兄上の婚約者もすぐ側にいるんだけどね」
生徒会の役員として、卒業パーティーの準備をしていたエメランダに目を向けながら、カナディーク王子が淡々とこう言った。
事も無げにカナディーク王子は言ったが、冗談じゃないと私は思った。
生まれ変わる前の二度の人生で、カナディーク王子を運命の相手だと散々追いかけ回した挙げ句、邪魔な私を排除しようとして、ゾイに私を殺すように命じていたくせに!
それがどっちでも、いえ、王子なら誰でも良かったですって?
「ほら、ミクティナ様も言ってじゃないか。スピア聖女は自分のことを特別な人間だと思い込んでいるって。
彼女は聖なる力だけでなく、知識も教養も知性も人としての思いやりもないのに不思議だよね。
でも何故か彼女は自分は王妃になれると信じているんだよ。彼女にとって重要なのは王妃になることで、相手は王子なら誰でもいいんだろう」
「えっ? でも王太子妃じゃないと……」
「何度も失敗して、さすがに学園に侵入するのは無理だと悟ったのか、今度は庶民も参加する行事に紛れ込むようになったんだよ、あの聖女。
もちろんいつものことだったから、騎士達に阻まれ事なきを得たんだが、恐らくそこで兄達の顔を見たんだろう。
そして結婚している王太子であるビクトル兄上ではなく、フェルデン兄上を標的に定めたんだな」
「許せない。なんて人なの!
自分のことをヒロインだって言ってたけど、あれは比喩じゃなくて、本当にそう思っていたっていうの?
やっぱり頭がおかしいわ」
「学園の卒業式で王子に婚約破棄をさせ、自分が新たに婚約者になるという、恋愛小説のようなシナリオが、今の彼女の頭の中にできているだろう。
前回と今回では、その話の内容が少し変化しているみたいだけど」
「変化してる?」
「ほら、元々の人生の時は何故か卒業式の時は自らは何もせず、ゾイに殺人を唆しただけだったじゃないか。
そして前回の生まれ変わりの時は、僕が自ら婚約破棄をするようにと、何か得体の知れない力を使って強制してきた。
ただし何故か僕は、君に婚約破棄を突きつけた後で、今度は聖女スピアではなく、へラリー嬢との婚約を宣言をした。
つまり、結局奴らは僕と聖女スピアを婚約させるという計画を失敗したんだ。
これは僕の推測の域を越えないのだが、術師が離れた場所で術をかけていたから、上手く意志が届かなかったんじゃないのかな。
だから今回はその失敗をしないように、術師本人が乗り込んできたんだと思う」
「本人って、まさかマーラ教会長?」
「間違いないと思う。スピア聖女には特別な力などないとミクティナ様も言っていたじゃないか」
「マーラ教会長も大した力はないという話だったけど、実際にはあったというわけね。
確かに人を操る力があるなんて大っぴらにはできないわよね。聖なる力というより邪悪魔法だもの。
でもまさか今までずっとその力を使用してきたわけではないわよね? だって、そんな力使っていたら、あんなに教会が寂れるわけがないもの」
「いや、使ってはいたんだろうが、本当に大した力ではなかったんだろう。
だって、猫可愛がりしているスピア聖女の望み一つ、未だに叶えてやれないんだから」
それはそうだ。
私は貴賓席の方を見つめながら頷いた。
スピア聖女とマーラ教会長は、近衛騎士達に身柄を拘束されていた。
「王子様、私はヒロインなんです。だからあなたの妻となって、将来王妃になる運命なのです。何故それがわからないのですか!
どうして私にこんな酷いことをするのですか!」
「その通りよ、王子殿下! スピアは特別な子なんです。
だからみんなに愛され、感謝されなければならないんです。そういう運命なのです。
それに従わなければ、私はまた……」
マーラ教会長の言葉が終わる前に、ビクトル王太子がそれを遮り、激昂して声を張り上げた。
「次の王妃となるのは、秀逸で至高の存在である我が妻だ。慮外者!
それにたとえ貴様がそこにいる弟と結婚できたとしても、なれるのは単なる王子妃に過ぎない。
もっとも弟には貴様とは正反対の、洗練され優秀な婚約者が既におるから、そちらの望みも叶うわけがないがな」
「妻? 婚約者? そんなのおかしいわ。私がヒロインなのに。
そんなの間違っています。その女達に王子様達は騙されているのです。
その女達こそ捉えて処分して下さい。私が王妃になるんです! 王子様!」
「王太子殿下、スピアの言う通りです。殿下達の妻だ婚約者だという者達は、ペテン師、いいえ、魔女ですわ。教会、王族、そしてこの国に仇なす悪人です! すぐに捉えて火刑に処しなさい。教会長の命令です」
教会長のこの言葉に私が震え出すと、カナディーク王子が私の背に手を回し、抱きしめるようにして一言こう発した。
「これで終わったな」
「えっ?」
私がカナディーク王子の顔を見た瞬間、王太子殿下の激烈な命令が下った。
「此奴らを国家反逆罪と王族に対する不敬罪で逮捕する。地下牢へ投獄しろ!」
引き摺られて行く二人を見ながら、カナディーク王子がボツリと呟いた。
「ほら、あの二人は何の抵抗もできていない。やっぱり教会でないと力を発揮することができないのだろう。
これでもう教会長はやり直しは起こせない。
まあそれはありがたいんだけど、もう少しで本人に自白させられるところだったのになあ。
兄上が途中で口を挟むから言質を取れなかった。くそっ! 全く堪え性がないんだから」
確かにマーラ教会長は『私はまた……』と何か言いかけていた。あれは、スピアの願いが叶わないのなら、私はまたやり直しをしなければならない、と言おうとしたに違いない。
確かに悔しい。
しかし王太子は私達とは違って人生の経験値が少ないし、マーラ教会長のこともあまりよく理解していないのだろうから仕方無いわ……と私は思った。
恐らくマーラ教会長は、この国を造った癒やしの魔女マラエラの生まれ変わりなのだろう。そしてスピアは彼女の妹なのだろう。
しかし本当に妹が可愛くて愛しているのなら、もっとも違う方法で幸せにしてやれば良かったのにと私は思った。
ただ甘やかすだけで、本人に努力をさせないのでは、彼女は変われない。彼女自身が変わらなければ何度やり直しをしても、彼女の望みが叶うわけはないのに。
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