第20章 それぞれの恋人達の行く末
「それにしても、コールドマン男爵は何をやってるんですかね。
せっかくスピア聖女は止めておけと忠告してやったのに、結局別の聖女を態々養女にして、学園に不正入学させようとするなんて」
城の高官となったアダムズ様が呆れたように言った。
「あそこの家は男子しかいないからね。養女をもらって少しでも上位の家と縁を結びたかったのだろう。
だけど、男爵家では所詮呼ばれる社交場に高位貴族はいない。そこで男を手玉に取れる見目麗しい娘を、学園に送り込もうとしたんだろうね。
身分違いでもあそこでなら、容易に高位貴族とお知り合いになれる可能があるからな。
しかもその娘が聖女だというのなら、高位貴族の子息達も油断するだろうしね」
ヘンドリクス侯爵家の次期当主のロッド=ヘンドリクス卿が、コーヒーをゆっくり飲みながら嘆息を漏らした。
以前カナディーク王子の護衛をしていたロッド卿は、今は騎士団の副団長になっていた。
彼はカナディーク王子の願い通り、素行の悪い令嬢とは一切関わることなく、しっかりとした優しいフローラ夫人と結婚し、今では子供も生まれて幸せそうだ。
「もっともいくら美人の聖女でも、そもそも学園に入学できなきゃ意味がないのですが。
馬鹿なのかしら? あんな躾のできていない子を入学させようとするなんて。所詮あの家の人達も同レベルってことかしら?」
ミクティナ様の毒舌は相変わらず絶好調です。
「でも、たかだか罰金と、社会的信用が下っただけなんですから良かったんじゃないですかね。
スピアを養女にしていたらお家断絶ですもの」
へラリーが蜂蜜入りのミルクティーを飲みながら長嘆した。
確かに、とカナディーク王子と私は頷いた。
「それにしても、あの男爵様はいい仕事をしてくれましたよね。
我が身を顧みず、教会で多くの者達がいる中で、怒鳴り散らしましたもの。
あれが聖女だと! 教会はどんな教育をしているんだ! あんな娘を斡旋して!」
実際のところ、教会はその聖女を斡旋も仲立ちも紹介もしていない。全くの言いがかり、八つ当たりもいいところだろう。
確かにきちんと聖女教育をしていなかったのは事実だろうけど。
「教会が国から叱責されたというのは本当ですか?」
と私が尋ねると、ミクティナ様はまるで他人事のように悠揚にティーカップを持ち上げながら、ゆっくりと頷いた。
「教会は斡旋などしていないと訴えたけれど、元々孤児を養子縁組しているという実績がありますからね。いくら否定しても疑惑の目で見られますよね。
それに、聖女教育がいい加減なのは本当のことですし。私は治癒の力がありますでしょ?
ですから私の教会での主な役割は、当然患者さんへの治癒行為なんです。
でも気付いた時にはきちんと年下聖女の指導をしてきたつもりなんです。しかしながら、上の方がやる気がないのでは焼け石に水で、虚しさばかり残りましたわ」
ミクティナ様は一度ここで言葉を切った後で、何故か深呼吸をしてから再び話し始めた。
「えーっとね……
今まで皆様との信頼関係が壊れてしまうことを危惧して、ずっと内緒にしてきたのですが、私には少しばかり心眼の力もあるです。
ですからシスターの皆様のやる気のなさが丸わかりで、本当に虚しかったですわ」
「「「エーッ!!!」」」
ミクティナ様の突然のカミングアウト発言は、私達を震撼させた。この一年近く、私達の心の中は丸見えだったのですか!
ずいぶんと汚いこと、ずるいこと、醜いこと、そしてカナディーク殿下に対するいやらしいことや、嫉妬とか、淑女らしくない私の色々な感情がばれていたんですか!
私達が真っ青になっていると、さすがのミクティナ様も忸怩たる思いがあるようで、眉尻を下げてこう謝罪された。
「本当にごめんなさい。騙し討ちするような真似をして。
でも、大丈夫よ。私の心眼の力って微弱なの。だから人の心が全て読めるわけではないの。
本当に見たい知りたい時だけ、かなり集中しないと見えないの。
だから身近な人の心を読むことはほとんどないわ。受けるダメージが大き過ぎるから。普通は身の安全を図るために、初対面の時くらいにしかやらないの」
「もしかして私達のやり直しのことをすぐに信じて下さったのは、心眼でご覧になったからなのですか?」
私がこう尋ねるとミクティナ様は頷いた。なるほど、だからあんなにすぐに受け入れて下さったのかと納得した。
「でも、心眼の力をお持ちだったのに、何故アダムズ様に対してあんなに焦らしていらっしゃったのですか?
アダムズ様のお気持ちが本物だとおわかりだったでしょうに」
へラリーが不思議そうに小首をかしげながら尋ねた。
実はミクティナ様は先月アダムズ様と婚約したのだが、その時ミクティナ様は、アダムズ様の愛の告白を信じたいけど信じられないと、散々大騒ぎをしたらしいのだ。
随分前から、ミクティナ様もアダムズ様がお好きなことは、誰の目からも明らかだった。
それなのに彼女が素直に自分の気持ちを伝えないのは、てっきりアダムズ様の気持ちを信じ切れないからなのだろうと皆思っていたのだが。
儚げな見かけとは正反対で、普段は凛々しく飄々とした性格の方なのに、あの時のまるで幼子のような振る舞いに、周りはあ然となったらしい。
しかしいつもは年下で弟扱いされていたアダムズ様が、まるで手のかかる猫を宥めすかすかのように、慈愛のこもった態度でやさしくミクティナ様を言い含めたそうだ。
そして最後にアダムズ様はミクティナ様を優しく抱きしめ、ただ微笑んでいたらしい。その微笑みにミクティナ様もとうとう陥落したらしい。
この情報源はカナディーク王子や私の同級生である、アダムズ様の弟モールス様だ。
「だって幼馴染みだったし、私は年上だし、こんな可愛げのない女を本気で愛してくれるとは普通思わないじゃないの」
へラリーの問いにミクティナ様はこう答えた。
それまでずっとミクティナ様がアダムズ様を雑に扱っていたのは、単なる照れ隠しだったようだ。
アダムズ様のミクティナ様への愛情はあんなにだだ漏れだったのに、それに気づかなかったとは皆信じられないくらいだった。
随分前からミクティナ様は、アダムズ様の本心を知りたいと思っていたらしい。だけど、勝手に彼の心の中を見るなんて卑怯な真似は、聖女としての矜持に反すると、大分葛藤していたらしい。
プロポーズの返事をする前に、ミクティナ様は正直に心眼持ちだと打ち明けたそうだ。
すると破顔したアダムズ様から抱き締められキスをされたそうだ。そしてこう言われたらしい。
「僕はミクティナに知られて困ることなんて何もないよ。
サッサと心の中を覗いてもらえたら、もっと早くこうして君とキスできたのに」
と。
✽
私とへラリーは共に膝の上に乗せた幼児をあやしながら、微笑ましいお二人の様子を眺めてホッコリした気分になった。
いずれお二人にもこんな愛らしいお子様が生まれてくるんだろうな。その時にはまた可愛らしいよだれかけを作って贈らせてもらわなくては、と私は思った。
私達が今抱っこさせてもらっている坊や達のよだれかけも私のお手製で、ニコルお姉様にとても喜んで頂いたのだ。
そうなのだ。
オーガス総帥閣下とニコルお姉様も既に結婚なさっている。しかも今では年子のお子様達にも恵まれているのだ。
閣下が嫡男のアルカ様を抱かれているのを初めて見た時、仔猫を抱いているのかと思うほど小さくて、潰してしまうのではないかと、私達は冷や冷やした。
しかし、泣きもせずかわいいあくびをしているアルカ様を見た時、見かけはニコル様のように天使だけれど、中身は元帥閣下のようにきっと図太いのだろうと感心した。
その後すぐにニコルお姉様がお二人目を身籠られたと知った時も、どうか男の子をと、不謹慎ながら私は妹と祈ったわ。
そしてその願いが叶ったとカナディーク殿下から教えられた時は、他人事ながら二人でホッとしたものだ。
もし閣下似の女の子だったら不憫過ぎる。(大変失礼だが……)
ちなみにこの二人のお子様は、カナディーク王子の従兄弟で、ロッド様の甥にあたる。
一度目のやり直しの時はあまり関わりがなかったので私は知らなかったのだが、オーガス総帥はカナディーク殿下同様に生涯独身だったそうだ。
そしてニコルお姉様は総帥閣下に思いを伝えられないまま政略結婚をしたが、あまり幸せな結婚生活ではなかったようなので、本当に良かった。
そして今のところ、へラリーとケビン様の仲も良好だし、同様にカナディーク王子と私も順調だ。
二度目のやり直しを始めたばかりの頃は、私からすると殿下とは同じ目的を持って進む同士といった感じでだった。
しかし日を重ねるごとに今回もまた、殿下を異性として好きになっていった。
今では以前の人生の時もよりも、ずっとずっとカナディーク王子を愛している。
その証拠に以前は感じなかった、嫉妬心という厄介な感情に度々襲われるのだ。
カナディーク王子のその至高の容姿、卓絶した頭脳、洗練された身のこなし、超絶した剣さばき……
国王陛下や王妃殿下、二人の兄上殿下、オーガス王弟殿下……元々ご家族に溺愛されていたカナディーク王子は、学園に入学すると今度は先輩や同級生からも心酔され、敬愛の的となった。
そのため、王子の婚約者である私の存在は、以前にもまして女性徒達から嫌悪され、妬まれる対象だった。
もちろんそれはすっかり慣れっこになっていたはずだ。
ところが、以前は全く気にならなかったのに、何故か今回はそれが酷く辛いのだ。
そもそも自分のせいで王子に二度もやり直しの人生を送らせてしまったことに対して、私が罪悪感を拭えなかったせいもある。
今回のカナディーク王子は、自らがやり直しを望んだわけではないのだ。だから何も態々私と関わりを持つ必要なかったはずなのだ。
それなのに、面倒な私の婚約者になって下さり、卒業直後に殺されてしまうという私の未来を変えようと、なさらなくてもいい苦労を自ら買って下さっている。
その上、ご自分がどんなに辛くて大変な時でも、王子はとにかく私に優しいのだ。いつも寄り添い、励ましてくれるのだ。
今度こそ幸せな結婚をしよう。手を繋ぎ、ともに人生を送ろうと言ってくれるのだ。
私は何度も殿下から距離を置こうとしたが、そのたびに酷く叱られた。そんなに自分の愛を信じられないのかと。
やがてそんなことを繰り返しているうちに、ようやく私も今度こそはカナディーク王子と幸せになりたい、という想いが強くなっていったのだ。
しかしその想いが強くなればなるほど、今度は新たな憂愁に心が苛まれるようになったのだ。
二度あることは三度ある。
必死に藻掻いて、たとえ今回は殺さずに済んだとしても、結局殿下とは結ばれないのではないか……私はそんな不安に怯えるようになったのだった。
いつも誤字脱字報告をありがとうございます。いくら見直しをしてもどうしても出てきてしまうので、本当にたすかります!
m(_ _)m
読んで下さってありがとうございました!




