2 自称ヒロインは頭のネジが緩んでる
私が死んだ直後、強盗及び殺人犯は当然カナディーク王子の護衛の手によってあっさりと捕まった。
やはりあの犯行は、一度目と同じくあの男爵令嬢スピアが仕組んだものだった。そして標的は私が思った通りにやはり妹だった。
つまりカナディーク王子の婚約者を殺して、男爵令嬢自身がその後釜になりたかったのだ。一度目の時と同様に。
ところが今回は、殿下の婚約者だった私が婚約破棄された後、すぐに妹のへラリーが婚約者になってしまった。そのためにスピア嬢は、殺害対象を急遽私からへラリーに変えたのだ。
彼女は逮捕された時に散々私の文句を言っていたわね。
私の魂は死んでも何故かフワフワと周辺を彷徨い、天に召されなかった。
だから、前回と違って事の顛末を見届けることができたのだ。
「あの女は何故へラリーを庇ったの? 何故余計なことをしたのよぉ〜」
取り調べ中、スピアはずっとそう叫んでいたわね。
そう言えば、一度目の人生の時にも私は彼女には色々と苦情を言われていたわね。
「なんであんたは私とキャラかぶりしてるのよ。おかげで騎士団長の息子も宰相の息子も司祭長の息子も、第三王子殿下も、誰も振り向いてくれないじゃない。私に声をかけてくるのはみんなモブばっかり。
こんなのおかしいでしょ。ヒロインは私だっていうのに。
あんた、悪役令嬢としての役割をちゃんと果たしなさいよ!」
「キャラかぶり? モブ? ヒロイン? 悪役令嬢?」
彼女の言っている意味がさっぱりわからなかった。私が小首を傾げると、彼女は地団駄を踏み、イライラした顔で叫んだ。
「あんたが私と同じようなタイプを演じてたら、私が注目されないじゃない。それじゃヒーローを攻略できないじゃない。だからちゃんと悪役令嬢をやってよ!」
私とこの男爵令嬢が同じタイプなの? えっ、私って、こんなに怖くて短気で下品なの?自分では気付かなかったけれど……
それに私は別に誰かの真似をしたり、演じたりはしていないんだけど……
私は困惑した。
そう。二度目の人生は、最初の人生の時の妹のような、真面目で物静かで無口な品行方正な令嬢を演じていた。同じ失敗を繰り返さないように。
でも最初の人生の時の私は、貴族の令嬢の仮面を着けない、自然体の人間だった。
結局人生のやり直しをして再びあの男爵令嬢と関わりを持ったけれど、彼女が一体何を言っていたのかさっぱりわからなかったわ。
一度目も二度目の時も、単に頭のネジが緩んでいるとしか思えなかったわね。
その男爵令嬢の名前はスピア=コールドマン。彼女は平民としてずっと暮らしていたが、学園に入学する直前に父親の男爵に引き取られたのだという。
ピンクブロンドのふわふわ髪に黒い瞳の愛らしい顔をした少女で、何故かいつも私達の後を付いて歩いていた。
そしてよく転んだり、階段から足を踏み外したり、お茶を自分のドレスに溢したりしていた。
そそっかしいその行動があまりにも幼い子供のようだったので、最初のうちは思わず私が手助けをしていた。すると、彼女からはキッと睨まれて、何故かこう言われた。
「カナディーク様、カスタリア様に足をかけられました」
「カナディーク様、カスタリア様にお茶をかけられました」
「カナディーク様、カスタリア様に意地悪を言われました」
私を含めカナディーク王子も側近の騎士団長のご次男のオッド様も、外務大臣のご三男のモールス様も、もちろん護衛の方々も目を丸くしていました。
だってそうでしょう。私は、当然皆様とご一緒にいたのですから、そのようなことをしていないのは一目瞭然だったからです。
その上、あまりに男爵令嬢が殿下をカナディーク様と人前で呼ぶので、さすがにこれは周りの人にも示しがつかないと思った私が、
「殿下の許しも得ずに名前呼びにするのは不敬ですよ」
と注意をすると、スピア嬢は突然涙を溢しながらカナディーク王子にこう訴えた。
「酷いですわ、カスタリア様。私が身分の低い男爵令嬢だからと言って、そんな意地悪なことを言うなんて。学園では皆平等、お友達ではないですか!
カナディーク様、カスタリア様はいつもこうやって私を苛めているんですよ。こんな人を差別するような人は、王子妃に相応しくないですわ」
彼女のこの言葉を聞いた者達は全員、私同様、彼女を頭のネジがとんでる可哀想なご令嬢だと思ったようだった。
そもそも学園の生徒達は皆、入学当初から彼女を相手にしていなかった。言葉遣いもマナーも行儀作法も何もかもなっていなかったから。
それは貴族としてではなく人としてどうなの?っていうレベルだった。むしろ平民の方々と比べるのも申し訳ないくらいだった。
その上この発言だ。
聞いていた者は全員、自分達では彼女を矯正するのは到底無理だと思った。そして皆彼女を放っておくことにしたのだ。
しかしそれが大きな過ちだったのだ。
本当は彼女が害悪だとわかっていたのだから、きちんと対処すべきだったのだ。
しかし私は、彼女を排斥しようとして、それこそ悪役令嬢だと罵られたり騒がれては面倒だと、ついつい見て見ぬ振りをしてしまった。
最初の時も二度目の人生でも。
人生をやり直しても所詮私はお嬢様。世間知らずで甘々でしたね。
✽✽✽
そうです。最初の人生の時、私は本当に考え無しの甘ったれた令嬢だったのです。きちんと淑女教育を受けたのに、侯爵令嬢とは思えない愚か者でした。
つまり感情が豊かな上に貴族令嬢の仮面を被れなかった。そして親しい者には考え無しに何でも喋ってしまう困った令嬢だったのだ。
淑女の鑑と呼ばれる無口な妹からは、いつも人差し指を口に当てる仕草をされていた。それなのに知らないうちに私は、無意識にやらかしていたようだ。
両親は私と妹を一応分け隔て無く愛してくれた。しかし、私ではとても侯爵夫人としてはやっていけないだろうと判断し、早くから妹の方に当主教育を施し、親類から婿を取る算段をしていた。
そして姉の私よりも先に、一つ年下の妹の方が先には婚約を結ばされていた。妹はたった八歳で、相手もまだ十歳だった。
そして私には父がもう一つ持っている子爵家を、しっかり者の婿を見つけて継がせようと考えていた。恐らくそれは遠縁の子爵家の次男になるはずだったと思う。
ところがだ。予定は未定。両親の思惑通りにはいかなかった。いや、むしろ墓穴を掘った。
自分達は賢いつもりだったのだろうが、こうやって過去を振り返ると、一番愚かだったのは私ではなくあの二人だと思う。
妹よりも先に、やはり私の婚約者を決めるべきだったのだ。
何故なら私が第三王子カナディーク殿下の目に留まってしまったからだ。
それは私が十歳の時に招かれた、王妃様主催のガーデンパーティーの席だった。
無邪気な王子様は自分と同じ無邪気で天真爛漫な私がいいと。無表情で何を考えいるかわからない他の女の子では嫌だと言ったそうだ。
そう。私はとても愛らしくて可愛らしくて、かなり人目を引く容貌をしていた(ような)のだ。
それなのに頭でっかちなあの両親は、貴族の型というものを一番重要視して、他人が何を求めているのか知ろうともしなかった。
ベルギル侯爵である父は、カスタリアはカナディーク王子殿下に相応しくないと国王陛下に進言したが、国王陛下はそれに耳を貸さなかった。
まだ子供なのだから、相応しくなるように教育を施せば良い。お主は父親でありながら、たった十歳の子供に見切りをつけるのか?
なんて薄情な男なのだ、と父を窘めた。まあ、それも一理あったので、父はそれ以上何も言えなかった。
父としては私を見下していたわけではなかったのだろうが、私は父の理想とする貴族の姿ではなかったのだと思う。
つまり父にとっての……『であるべき』……に当てはまらなかったというわけですね。
それに国王陛下だって正論を述べてはいらしたが、本音は単に三男の息子を侯爵家に婿入りさせたかっただけなのです。
そう、この婚約話は私が第三王子の王子妃になるのではなく、第三王子を我が侯爵家の婿にするためのものだったのだから。
第二王子は王太子が結婚して跡継ぎが生まれれば、いずれ公爵位を与えられるが、第三王子は婿入りするしか道がなかったのだ。
しかし侯爵家以外の高位貴族の中には、カスタリア以外に年の釣り合う令嬢がいなかった。しかも王子自身が気に入っているのだから申し分ない。王家にとってこれ程都合の良いことはなかったでしょうね。
それにしてもこれくらいの事を何故両親は気付かなかったのかしら。とんだ阿呆です。
国王は末っ子のカナディーク第三王子をとにかく溺愛していた。愛する王妃に一番似ていてとても愛らしく、素直で、殺伐とした城において唯一のオアシスだった。
だからそんな大切な息子を、外国の王家になんか婿入りさせたくなかったのだ。
それに、父は妹を跡継ぎにしたがっていたが、世間一般的に見ればその考えは異端だった。私が極端に問題のある娘だったのならともかく、私は、まあ、一応人並みだったのだから。
いや、実のところ自分で言うのもなんだが、私は学問上の知識というだけなら、妹より勝っていた。ただ残念なことに思慮が少々足りなかったけれど。
結局父ベルギル侯爵は、王家からの申し込みを断われなかった。
✽✽✽
婚約をしてから、私は王家専属の家庭教師から厳しい淑女教育を受けた。本来私は侯爵家を継ぐわけだから侯爵家で王子殿下と伴に当主教育を受けるべきだった。
ところが、無理を通したのそちらなのだから、教育は王家でして欲しいと父は主張して譲らなかった。
侯爵家の力では私の淑女としての教育は無理だと諦めていたので、王家へ丸投げしたのである。
しかし、この決断は両親の大きな過ちだった。
何故なら私の微笑みには男女関係なく人を魅力する力があったようだ。もちろんそれは魔力でもなんでもないが。
金色の綿毛のようなふんわりした髪に、菫色の瞳、色白の肌にピンク色の頬、さくらんぼのような唇、鈴をころがすような声……だと皆が褒めてくれた。
そして私が笑うと、まるで花が綻ぶようだとみんなも表情を崩した。だから、誰も私に注意をしなかった。
とはいえ、私は別に思い上がっていたわけではなかった。私は両親にあまり期待されていなかったので、自信過剰になんかなるはずがなかったのだ。
しかしみんなに愛され、ちやほやされる私を快く思わない人もいた。それが例の男爵令嬢スピアだったのだ。
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