第16章 やり直し計画の途中経過
私達の暗澹とした人生を、明るい未来へと変えるための、やり直し計画……
私達はそれらに優先順位をつけて、コツコツと計画を進めて行った。どれもが長期に渡るものだったが、順番を違えると、未来は変えられなくなる。
だから一番最初に私達がしたこと、それは……
✽✽✽
ベルギル侯爵である両親に、これ以上領地経営を任せるわけにはいかない。
しかしまだ若い両親を本来なら隠居させられる筈もない。ただでさえ子供である私達がまだ成人していないのだから。
そこで私達は、彼らから実権を取り上げて、名前だけの侯爵夫妻になってもらうことにした。
それはオーガス統帥閣下が、ベルギル侯爵の不正行為を暴いて下さったことで達成できた。
統帥閣下はカナディーク王子と私の婚約が決まった時、優秀な文官を王子と私の侍従として付け、領地の視察に同行させて不正の証拠を集めさせた。
オーガス統帥閣下は兄である国王陛下に、ベルギル侯爵家の実体を報告した上で、似たような貴族が多数存在していることを告げた。
そして今粛清しないと、王国はいずれ崩壊するだろうと進言した。内政に乱れがあると知られると、いつ他国からそこを突かれるのかわからないからだ。
我が国の弱みを他国に見せてはならない。それ故に、問題になりそうな芽は早めに摘み取る必要があるのだと。
国王は弟の言葉に頷いた。
国王から貴族の不正を暴き改革することを一任された統帥閣下は、私の両親であるベルギル侯爵にこう決断を迫った。
王城の地下牢と王都の屋敷の隠し部屋、そのどちらがいいのかと。
もちろん彼らは自分の屋敷での軟禁を選んだ。ただし王城から騎士が派遣されて監視されたので、我が家といえど我儘は一切通らなかったが。
その結果カナディーク王子と私が共同で当主代理になったのだが、私達がまだ幼かったので、オーガスト王弟殿下が後見人になって下さった。
そのおかげで、へラリーと子爵家のケビン様の婚約も安泰となった。両親は例の伯爵家の三男にすり替えようと狙っていたので、私達はホッとした。
そしてこれからは領民の待遇改善も進められると思うと、私達は本当に嬉しかった。
総帥閣下はベルギル侯爵家を皮切りに、秘密裏に問題のありそうな貴族の領地にこっそりと監査役人を送り込んだ。そして不正を見つけるとベルギル侯爵と同じ処置をした。
ジワジワと密かに進行していた粛清に貴族達が気付き出したのは、開始されて四、五年後のことだった。
ベルギル侯爵家以外はスムーズに当主交代がなされたので、王家の関与を誰からも疑問に思われなかったのだ。長いこと噂にもならなかったのだ。
使用人もわからないように事を進めた総帥閣下や文官の皆様の手腕に、私はただただ感心した。
そして閣下がそう動くように上手に仕向けたカナディーク王子に、私は深い敬意の念を抱いたのだった。
この密かな粛清によって、各領主達は当たり前のことながら、ようやく領地や領民に対して真剣に目を向けることになった。
領民の流出が多い領主に対しては査察団を送り、原因を追求すると王城からお達しが出されたからである。
そして、暗い未来を明るい未来へ変えるための、やり直し計画……その二番目は……
✽✽✽
それは王都に集まってくる貧しい人々に対して、きちんと対策をとることだ。
貴族の領地改革を進めたことで流民の数は激減した。しかしそれでも農地が自然災害に襲われてやむを得ず土地を離れる人々が出ることは、致し方なかったことだからだ。
絶えず仕事を求めて多くの人々が王都に集まってくる。
しかしいくら受け皿が大きくても、それ以上の人間が集まってきたのでは、仕事の奪い合いとなる。
そしてそれに負けた者達は生きるために犯罪に走る。
そうこうしているうちに王都には貧民街ができて、やがてそこが犯罪の巣窟になったり、流行り病の発症源となってしまうことだろう。
そしていずれ王都は、人々が自由に出歩くこともできないくらい、治安が悪い都になってしまうことだろう。
それだけはどうしても防がなければいけない。
カナディーク王子は、私と接触する以前から母親である王妃殿下に、教会のバザーに参加して下さるようにと促してくれていた。
しかしそれほど王妃は福祉活動に熱心というわけではなかったので、他の貴族達もそのほとんどが、仕方なく参加しているという体だった。
このままではいけない。何か対策をしなければと私達は悩んだ。王妃を始めとして王侯貴族にもっと福祉活動に関心を持ってもらわないと、王都の治安は改善されない。
そこで私達は、ニコルお姉様に相談することにした。
するとニコルお姉様は、すぐに王子のお願いに応じてくれた。
彼女はカナディーク王子のおかげで、オーガス王弟殿下と恋人になれたことにとても感謝していたからだ。
そして聖騎士であるニコルお姉様は、恋人の総帥閣下同様に義の人であり、博愛精神の強い方だったので、自ら積極的に福祉活動に参加してくれるようになった。
しかも王妃殿下だけでなく、弟のロッド卿や末の弟君をも巻き込んで。
ニコルお姉様が福祉活動に熱心になって下さったおかげで、彼女のファンの多くが教会の奉仕活動に参加してくれた。
最初のうちほとんどの皆様が、単なるお付き合い、またはニコルお姉様に会いたくて参加しているに過ぎなかった。
しかしそれでも人々から感謝されるようになると、やがてそれがやり甲斐になって、自ら進んで協力して下さる方も増えていった。
婚家ではお飾りのような立場のご夫人達も多かったので、自ら考えて行動ができる喜びを初めて知ったのかも知れない。
ニコルお姉様にだけ向けていた行き場のない愛が、孤児や病気の子供達に向ける様になったのだ。
彼女達は皆、いつの間にか慈愛に溢れ、心身ともに美しくなっていった。
そんな彼女達にようやく夫達が気付いても、それはもう後の祭り。彼らが妻達に振り向いてもらえることはなかった。
✽
それから王子の側近のアダムズ様も、教会関係限定で福祉活動に参加してくれるようになった。
何故教会オンリーなのかといえば、彼の幼馴染みで片想いの相手であるミクティナ=コーディー子爵令嬢が、聖女としてそこに務めていたからだ。
「彼の目的は彼女に良いところを見せることなんだから、しっかりと働いてもらおう」
とカナディーク王子は笑っていた。
私達は、女神の力を借りてやり直しができるという、教会長のマーラ聖女に疑惑を持っていた。だから記憶を取り戻した後、すぐに教会通いを始めた。
もちろん、あのスピア=コールドマン男爵令嬢とは絶対に接触しないように細心の注意を払って。
今回はあの頭のネジのゆるんだ令嬢とは一切関わらないつもりだ。
一度目のやり直しの時は、元々の記憶を持っていたのが私一人だけでだったので、どうあがいても彼女を排除することができなかった。
しかし今回はカナディーク王子が一緒なのだから、何とかなるかも知れないと私は期待した。
しかしながら、教会内部のことまではさすがに王子でも探るわけにはいかなかったので、聖女様とお知り合いになれたことはとても幸いだった。
私達がミクティナ=コーディー子爵令嬢と最初にお会いしたのは、四年前、やり直し計画を立ててから既に四年が経った頃だった。
ミクティナ様は、いかにも聖女様というような、お淑やかで清楚なお姉様だった。ちなみに私達より三歳年上だ。
十三歳の時に聖なる力に目覚めて以降、教会に所属されている。
ミクティナ様は基本的にはご実家から通われていたので、家がお隣同士のアダムズ様は、会おうと思えばいつでも彼女に会える環境だった。
しかし、一緒に学園に通えなくなったことが非常に不満そうだった。
アダムズ様は私達の前ではとても頼り甲斐のある方だが、さすが三男坊。ミクティナ様の前ではいつも弟キャラだ。まあ、実際に二つ歳下でもあるし。
それにしてもミクティナ様は、それこそまるであの教会の女神像のような清らかな雰囲気の方だったが、はっきりとした物言いをされる、サッパリした方だった。その上とても頭の良い女性だった。
「私には聖なる力があったので、それが人様の役に立つならと教会に所属しているのですが、別に教会に忠誠を誓っているわけではありません。
そもそもあんなきな臭い教会を敬う気持ちなんて持てるわけがありませんわ。
ですから殿下方が教会改革をなさりたいのなら大賛成。是非ともご協力させて頂きますわ」
初めてコーディー子爵家を訪問した時に、ミクティナ様がおっしゃった言葉だ。
カナディーク王子とロッド様、そして私達姉妹だけでなく、幼馴染のアダムズ様もあ然となさっていた。
「えっ、そうなの? 僕はミティが一生神に仕えて生涯独身でいるのかと思って、悲しくて何日も泣き続けたのに」
「結婚もしないで一生神に仕えるなんて人の生き方としてどうかと思うわ。
誰とも情や想いを交わさないなんて人間として変だわ。本人がそれを望むなら別に構わないけど。
大体昔の大聖女様は王族と結婚していたじゃないの。国史で習ったでしょ、アダムズ?
それでよく王太子殿下の側近が務まるわね。ちゃんと勉強しなさい」
ミクティナ様の言葉に、アダムズ様以外の者達は声に出して笑ってしまった。
良かった。ミクティナ様がガチガチの女神信奉者じゃなくて……と私は心底安心したのだった。
「それで、私に聞きたいことがあるそうですが、一体何でしょうか?」
私達の笑いが収まると、紅茶を上品に飲みながらミクティナ様の方からこう切り出してくれた。
見かけによらず竹を割ったようなサッパリした性格のようで、駆け引きも必要なさそうだ。貴族令嬢しては珍しい。
「まず最初にお尋ねしたいのは、スピア=コールドマン男爵令嬢についてです」
カナディーク王子がこう尋ねると、ミクティナ様は切れ長の美しい瞳を丸くしました。
「えぇと、スピア=コールドマン男爵令嬢? 申し訳ないのですが、そういう方は存じあげませんわ。
ただのスピアという名の少女なら存じていますが」
殿下と私達姉妹は顔を合わせて頷き合った。
「そのスピアはピンクブロンドのふわふわ髪に黒い瞳ですか?」
「ええそうね。とっても愛らしい顔をした子で、貴女方と同じくらいの年かしら」
「あの、そのスピアって子はどんな子なんでしょうか?」
「何故殿下方はスピアについお聞きになりたいの? それにさっきは彼女をコールドマン男爵令嬢と言いましたが、それはどうしてですか? 彼女は孤児ですよ」
「実は、スピアという少女は、コールドマン男爵の庶子らしくて、男爵が引き取ろうとしているみたいなので、まあ、素行を調べようかと」
「殿下ご自身がですか?」
ミクティナ様が疑わしそうに私達を見たのだった。
読んで下さってありがとうございます!




