1 悲劇のヒロインの誕生
ループものを書くのはこれで二度目なのですが、前回は一度だけ、今回は二度ループするのですが、三つの人生模様を描くのがこれ程難しいとは…
何度もループしている作品を作っている作者の方々に敬意を表します。
転生ものよりある意味ずっとハードで、ループものを甘く見ていました。申し訳ありません!
何事もほどほどがいい。極端なのは失敗のもとだ。わかってはいたが、それができなかった。
「カスタリア=ベルギル侯爵令嬢、私はそなたとの婚約をここで破棄し、へラリー令嬢と新たに婚約することを発表する」
「・・・・・」
「この場においてもまた無言か……
そなたと婚約してこの八年、そなたとの親交を深めようと私なりに努力をしてきたが、そなたはそれに全く応えようとはしなかった。
私が何を話しかけても無表情でただ黙ったまま。何を質問してもはい、いいえ以外は文書で回答してくる。全くふざけているとしか言えない。
私の誠意をことごく無視された。もし傷付いた私を優しく慰めてくれるへラリー嬢の存在がなかったら、私の心は既に壊れていたであろう。
そなたのような冷たい女に将来の国母になる資格があるとは思えない」
侯爵令嬢である私カスタリア=ベルギルは、カナディーク第三王子を心から愛していた。
しかし、以前のように素直に甘えることはできなかった。
口は災いの元。頭で言いたい言葉を反芻して確認しているうちに口を開くタイミングを逃し、いつしか無口で愛想がなくて可愛げのない女になっていた。
こうして衆人環視の中で婚約破棄をされても、私は顔色一つ変えなかった。いや、変えられなかった。
恐らく表情筋が硬くて動かなくなっているのだろう。
「全くもって殿下のおっしゃる通りでございます。私が至らないせいで、殿下並びに陛下や王妃様には大変ご迷惑をおかけしました。
私はこれから修道院へ入り、これまでの自分を省みつつ、この国の平穏を祈りながら暮らして行きたいと存じます」
私は、お妃教育の教師から最高評価を受けているカーテシーをしてから、王立学園の卒業パーティー会場を後にした。
カナディーク殿下とへラリーは絶句していた。そしてパーティーに参加していた者達もみんな愕然として何の言葉も発しなかった。
この婚約破棄を皆も想定はしていたのだろうが、まさかこんな公の場でするとは予想外だっただろう。
その上、普段滅多に口を利かない私がこれ程長めの台詞を述べるとは、誰も思いもしなかったのだろう。
しかし私はこの台詞をずっと以前から準備をして、何度も何度も練習してきたので、スラスラと口にすることができたのだ。
そう。婚約破棄されるのは当初からの予定調和だった。だからこのことに何の不満はない。後は殺されないようにまずは家の警備をしっかりとした上で、隣町の修道院へ行こう。
知人に会わなくて済むようにもっと離れた場所の修道院へ向かいところだが、そこへたどり着く道中で野盗に襲われるのはごめんだ。
生まれ変わってまであんなクズ野郎達に殺されてたまるもんですか。
まあ、前世の記憶を参考に体を鍛え、武器を絶えず隠し持っているので、そう簡単に殺られはしないと思うけれど。せめて一太刀くらいは浴びせてやりたい。
それにしても、殿下の新しい婚約者がまさか妹のへラリーだったとは……これには驚いたわ。
よくも今日まで隠してこれたわね。家で三人でお茶を飲んでいる時は、そんなそんな素振りは一切見せなかったのに。
両親も知らないに違いないわ。今日は両親の結婚記念日で、ディナー付きの観劇を見に行くのだと、二人は朝からご機嫌だったもの。
二度目の人生では、両親は完璧な貴族令嬢だとして私に満足していた。学園を卒業したら私とカナディーク王子との結婚式を挙げて、早くこのベルギル侯爵家の家督を譲りたいと言っていたし。
今回も私の両親は社交界の空気を読んでいなかった。ただ眉目秀麗な令嬢に育ったと私を誇っていた。
しかし私があまりにも堅物過ぎて愛想がないため、確かに女侯爵、あるいは侯爵夫人としては申し分ないが、殿下には嫌われているということに気付いていなかった。
そもそも両親からすれば自分達が望んだ婚約ではないのだから、カナディーク王子に気を遣う必要性など感じてはいなかったのだろう。
あの人達は貴族云々を重んじるくせに、その長である王族を敬う心が欠落している。
それに本来貴族なら先の先まで読んで、色々な対策を取っておくべきだったのだ。もし殿下との婚約が破棄された場合どうなるか、どうすればよいのかを。
二度目の人生をやり直し始めた当時は、もちろん私は、今度こそはカナディーク王子と添い遂げたいと思っていた。
しかし同じ過ちを繰り返さないようにと努力した結果、王子の好みの女性とはかなりかけ離れてしまった。
そして私とは反対に前の人生では生真面目で地味だった妹は、まるで過去の自分の様に明るくて元気で、お喋り過ぎる令嬢となっていた。
こうなればカナディーク王子が妹へラリーと愛し合うようになるのは自明の理だった。
毎週末王子は我がベルギル侯爵家にやって来て、私達姉妹とお茶を飲んでいたのだから。
まあ最初の頃は口下手な私のフォローのためにへラリーが側に付いて来ていたのだが、それが習慣付いてしまった。
「もうそろへラリーははずした方がよろしいのではないですか? 妹の婚約者にも申し訳がないし」
一応私は両親に進言したが、両親は何も思わなかったようで、何の対策も講じなかった。両親がいる前では節度ある態度で接していたからだ。
ただ学園でもへラリーが私達の側によく一緒にいたので、生徒達からは色々と噂になっていたのだ。
次第に私はカナディーク王子が私との婚約を解消して、妹と新たに婚約を結び直してくれればいいのにと思うようになっていた。その方が二人が幸せになれると思ったから。
そしてここ数か月前からは、殿下の私を見る瞳の冷たさが増していたので、婚約解消された後にどうすればよいのか、私はそれを色々と思い描いていたのだ。
でもまさか卒業パーティーで婚約破棄されるとは思っていなかったわ。
だって何も人前で婚約破棄を宣言する意味がないもの。さすがに殿下の考え無しにはあきれたわ。
私だけでなく、自分達や王家、侯爵家にも泥を塗ることになるのだから。
こんな騒ぎを起こして、このまま妹と結婚して我がベルギル侯爵家の入婿になれると思っていたのかしら?
輝く銀髪にサファイア色の瞳をしたカナディーク王子は、麗しい見目だけでなく騎士団では体を鍛えているので、見事に均整のとれた体躯をしている。
その上頭脳明晰だ。幼い頃は末っ子で甘えん坊のところがあったが、今では卒なくなんでもこなす優秀な人物だった。
だからまさかこんな非常識なことをするとは露程も思わなかった。
やはり恋は盲目ってことなのかしら?
それになぜだか以前とは真逆の性格になりましたね。私だけではなくあの妹も。
あんなに真面目で融通が利かなくて、淑女の鑑のような子だったのに。
でもまあ、二人にはそれなりに幸せになってもらいたいわ。私はカナディーク王子も妹のへラリーも愛しているもの。
ただ今回は私も幸せになりたいの。もちろん贅沢なことは言わない。ただ生き延びたい、それだけ……
そう願っていたのに、結局私は二度目の人生も悲しい結末を迎えてしまった。
学園の卒業パーティを途中で帰宅して、急いで荷物をまとめて家を出る予定だった。
それなのに、乗っている馬車の車輪が外れ、その修理に手間取っているうちに、家にたどりついた時には大分遅い時間になっていた。
そのせいで私が荷物の準備をしているうちに妹が殿下とともに帰って来てしまった。
何故ここに帰ってきたの?
人前で私を辱めたくせに、よくのこのこと私がいるこの屋敷に戻ってこれたわね!
さすがの私も腹が立ったわ。絶対に王宮で話し合いが持たれるかと思っていたのに。
そして二人が居間に入って来た直後に、以前と同じく数人の強盗が掃き出し窓を壊して侵入してきた。
そしてその中の一人、前回の時の殺人者が今度は私ではなく妹に襲いかかってきた。
私は護身術を習っていたけれど、まさか妹の方が狙われるとは予定外で、考える間もなく咄嗟に体が動いて妹を庇ってしまった。
「お姉様!」
背中に焼けるような鋭い痛みが走った。ドバッと口から血が飛び散り、妹の顔にかかった。
「へラリー……ス、スピア嬢には気を付けて……」
今回の私は、前回言えなかったダイイング・メッセージを告げることができた。だって今回は妹に謝る必要が無かったんだもの。
前回殺されたのは私の自業自得のようなものだったけれど、今回は恐らく妹のせいだと思う。
妹は以前の私のように天真爛漫で、お喋りだったから、色々と我が家の情報を殿下に洩らしていたから。
そしてカナディーク王子はそれを何気なく側近に話し、それを殿下のストーカーのスピア嬢に聞かれたに違いない。
そして元平民だったあの男爵令嬢が、知人のゴロツキを唆したんだろう。
「ベルギル侯爵家の当主夫妻は、毎月第三日曜日は夫婦で芝居に出かけて家を留守にする。だから屋敷には娘二人だけでその上護衛も少ないわよ」と……
しかし今回は……
ああ、助けに来る人の足音が聞こえるわ。前回も娘の卒業の日だからといって、両親がいつもより早く帰ってきていたわね。
それに今回は王家の護衛も屋敷の外にいた。
何故こんな状況で強盗は無理に乗り込んできたのかしら? なんて無謀で馬鹿な強盗なんでしょう。王子がいる所に侵入するなんて。
今回はさすがに逃げ切れないわね。今度こそ彼女も一緒に捕まるかしら?
それにしても、やり直しをしても結局私は、同じ時刻同じ場所で死ぬのね。
どんなに努力しても運命を変えられないなら、もうこれで終わりでいいわ。もう生まれ変わりなんてしたくないわ。
カナディーク王子とへラリーが私の名前を叫んでいるけど、今更だわ。私のことは気にせず幸せになってね、今度こそ。
二度目の人生も細かなディテールは違うけど、一度目と同じように十八歳で私はその生を終えたのだった……
読んで下さってありがとうございました! m(_ _)m
引き続き読んで頂けると嬉しいです!
目が悪いのもあって、何度見直しをしても誤字脱字が多く、皆様の報告にはいつも感謝しています。
腹立たしく思う読者の方もいらっしゃると思いますが、これからもよろしくお願いします。