騒々しい日常の始まり
「......暑い」
5月6日。こんなに暑かったっけ。長袖はもうやめよう。
「今何時だろ...あ」
デジタル時計には、1時13分と表示されている。が、この時計は一部表示されないので、今は7時だ。いつもより、約45分の寝坊。
急いで制服に着替えてから、階段を駆け下りる。
顔を洗ってから、キッチンへ向かう。今日の朝食はシンプルなものだ。
兄や父はもうすぐ起きてくるだろう。トイレに行こうとキッチンを出たとき、
ツー、と背筋が凍った。
「私の赤ちゃんは...?私の赤ちゃんは、どこなのぉぉぉぉ!」
まただ。成仏できていない霊の声。害はないので、放置だ。
「ねぇ......ねええぇぇぇぇぇ!」
小学校に上がった頃から、見えるようになってしまった。霊とは長い付き合いなのだが、やはりまだ慣れない。というか、慣れる気がしない。大体の霊はこんな感じなので、すごく、すっごく心を抉ってくる。おかげでストレスがマックスです...実害が無いことだけが救いだ。
なんで霊っているんだろ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「よぉっす沙条、おはよう!」
玄関を出て少し歩いていると、声をかけられた。
「大地、朝からうるさいよ...というか、もう"めぐる"とは呼んでくれないのかな...?」
「そんな顔しないでくれよ...外で下の名前で呼ぶのは、ちょっと...」
「少し寂しいなぁ...あ、桜」
「おはよう、めぐるちゃん。大丈夫?元気ないね」
「おはよう。うん、ちょっと朝からね...フフ」
ガサツな大地とお姉ちゃんな桜。正反対なふたりは、仲のいい兄弟だ。そんな2人との関係は...ただの幼馴染である。
「また〜?ここ2年は"怪異"も出てないのに...霊は減らないねぇ」
"怪異"
ボクの住むこの島は"怪異"というものと、戦っている。
怪異は肉塊のようなもので、ときどき島に現れる。
もちろん怪異との戦闘では死人が出る。島民全て、男女や年を問わず怪異と戦うため、決して被害も少なくはない。こんなことを続けていれば人口は減り、島から出る人も多そうだが...実はそうでもない。なぜか移住者は絶えないし、島から出ていく人もいない。もちろんボクも出る気はない。
この島には大抵のものが揃っている。スーパー、コンビニ、ゲーセンに、温泉や映画館まである。学校も高校まであり、ボクも高校生だ。
「疲れたよ〜!む?!そこに見えるは豊かな双丘...!」
「ひゃっ?!もう、いきなりやめてよ!」
「ふぃ〜癒やされる〜」
「まったくもう...しょうがないなあ」
そう言って桜はボクの頭を撫でる。撫でられているボクは、桜の豊満な胸にダイブしていた。
「ふぅ。おっぱいチャージ完了!今日から頑張るぞー!」
「自分の胸でしろよ」
「フフフ...大地君?わかってて言ってるね?」
「怖い、目が笑ってない...ひえぇ」
大地め...あとで覚悟しとけよ...
「今日から学校だね〜。あ、ゴールデンウィークの課題終わった?」
「もちろんだよ!」
「あ。やべ」
「え〜?昨日聞いたよね?終わったのかって。そしたら、『明日までには終わる』って言ってたよ?」
「だってさぁ、提出明日だし...」
「はあ〜。他にも終わってないのあるでしょ」
うわ〜容赦がない。そういえば昨日、大地から「数学と生物の答え見せて」ってメール来てたな。無視したけど。さっきの腹いせに言ってやろう。
「まだ数学と生物終わって...」
「あー!先輩に朝集合って言われてたんだった!じゃ、お先にー!」
あ、逃げられた。
「脱兎のごとく、だね。」
「まったくもう...」
桜は呆れたように、でも微笑んでいる。
なにはともあれ、今日からまた!学校だあ...
「はあ...学校やだな...」
「なんで?みんなと会えるじゃん。」
「いいなあ人気者は。ボクなんてさ、チビって言われてるんだよ?」
実際ボクはチビだ。認めたくないけど。
「胸も無いし」
そのうえつるペタである。
「いいじゃん可愛くて」
そう言って桜は抱きしめてくる。でも、
「持ってる人が言っても嫌味だよ、もう...」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
始業のチャイムが鳴っている。
「もう始まんのかよ〜〜」
「課題終わった?」
「それがさあ、終わってないんだな!」
「ヤバくね?それ」
「なくしたって言って誤魔化す!」
ボクのクラスは1年2組。桜も2組。大地だけ1組だ。大地だけ。
クラスメイトは41人。みんな喋っている。ボクはというと...
「今日のお昼どうする〜?」
「ボクは作ってきたよ」
「お〜家庭的〜」
友達とおはなししています。前の席替えから仲良くなったしまちゃんです。
「しまちゃんはどうするの?」
「わたしは購買でなにか買うつもり〜。夏美は〜?」
「私は昼練するからあっちで食べるよー」
夏美、陸上部の期待の新人だ。
「そういえば、大会どうだった?」
夏美とは中学からの付き合いで―――みんなとそうなんだけど、結構仲がいい。
「や、惜しかったんだよ!惜しかったんだけどさぁ...はあ、4位だったよ」
「え、すご」
「おまえの方が走るの速いだろ...」
「帰宅部ですから。家までなら、誰にも負けないっ!」
ガラガラと教室のドアが開いた。
「あ、先生来た」
「うおーい、席に着けー」
ああ...始まってしまう...落ち着きのない日々が...
はあ...やだ