探索実行
失踪事件に関わると思われる理科塔の調査を開始。
意外な人物との再会。
謎の文献の発見。
動き始める事件。
地上四階建の石造り。威圧的で旧い外観の理科塔の内部は、相応の年季を経て、不気味で薄気味悪い雰囲気を漂わせていた。それでなくとも何か出そうな雰囲気だけは充分だ。
至る所に経年劣化が見受けられるが、圧倒される様な妙な威圧感は、物理的な要因だけでは無い事をミサトは感じ取っていた。それこそ霊感とか第六感の類が刺激される妙な感覚だ。
重い鉄の扉を開けて中に足を踏み入れる。
中が異様に薄暗く感じるのは、外が明るかっただけだろうか?
天然石が醸し出す、ヒヤリとした空気が、肌を撫でて思わず竦み上がる。
入口付近の廊下は、色々な器具や備品が敷き詰められ、ホコリと共に半分近くが、それで埋まっていた。備品を窓際に押し詰める様にして、通路としてはちゃんと機能している様だ。
石造りの建物だけあって、旧い割に床は固く、シッカリとして頑丈なのが判った。
崩れる様な心配は無さそうだ。
「しかし、汚いですねここ、今も使われているんですか?」
「ええ、実験や実習の授業がある時は一般生徒も出入りします。平常は、一部の教員と総合科学部の部員が出入りする程度ですけど・・・」
「失踪した三人の生徒との関係は?」
「最初の失踪者、藤原まどかは頻繁に出入りしていた様です。片想いの相手が科学部の部員だったとかで、無関係な荷物が廊下に放り込まれているのは、何年か前に校舎を建て直した際に、運び込まれた備品が未だに整理されず、そのまま一時的に放置してあるからだそうです。でも安心して下さい、雑然としているのはここだけですから」
「警察は、この建物も捜査したと言ってましたよね?」
「ええ、勿論、休日を利用して、一度は備品を掻き出してね。全体を隈なく」
「敷嶋瑤子が最後に目撃された場所は?」
「この先の階段です」
「フ~ン、部屋の中、入れますか?」
「一階が生物、二階が物理化学、三階が地学、四階が書庫兼倉庫になってます。屋上までありますよ? 何処から行きます?」
「一番、使用頻度が高い部屋からにしましょう」
「でしたら、二階の化学室ですね・・・。最近は授業でも、そこしか使っていない筈ですから」
二人は理科塔の廊下の奥に足を踏み入れ、階段を上って二階に移動する。確かに、一階と比べて二階の廊下は整然としており、北側とは言え窓際に荷物が無いので、それだけでも明るい。
「確か隣りの準備室にガギがあったと思うので、チョッと待っていて下さいね」
葛城は、そう言って手前のドアから部屋の中に消えて行った。
「アレ~、おかしいなァ~」
部屋の奥から声がする。葛城は部屋の奥から頭を掻きながら出て来た。
「無いの?」
「ええ、多分、生徒か顧問の先生が持ち出しているのだと思います。職員室で、予備のカギをもらって来ますので、ミサトさんは、チョッと待っていてもらえますか? アア、寒いですから準備室の中にいて下さい」
「ええ、そうさせてもらいます」
ミサトは、無理せず足早に部屋の中に足を踏み入れた。
妙に肌寒い。これは単に寒いだけでは無い寒さだと感じる。
「では、行ってきますので、チョッと待っていて下さいね」
入れ替わる様に葛城が部屋から出て行き、ミサトは、それを見送りながら、頻りと両手の肌の露出した部分を擦っていた。
改めて部屋の中を見回す。
無数の薬品や書物が詰め込まれた薬品棚や本棚、こんな場所には定番の人体標本に白骨標本、ホルマリン漬け生体標本に、生きた熱帯魚が泳ぐ水槽が、明るい南側の窓際に幾つも並んでいる。
チョッとホッとした。ここには他に人がいたらしい、確かな温もりを感じる事が出来たからだ。
この建物の無機質さは異常だ。
学校の歴史が旧いだけあって、棚の中に幾つも並べられて納められている蔵書や薬品は、普通では考えられない程、数も種類も豊富だ。一見して教育現場とは無関係と判る物も散見する。
頭の中を真っ白にしてミサトはジッと棚の中を見回して行く。視線が棚の中に納められる、ある本の元にまで来た時、彼女の動きは、そこで突然、ピタリと止まっていた。
裏表紙がちぎれ落ち、角が擦り切れた古い本。しかし、取り出し安い場所にある。
ミサトの関心は刹那、その本に集中していた。彼女は棚の扉を開けて、自分の直観と本能が命ずるままに、その本に手を掛け、本の間から引き出していた。
相当、読み込まれた痕が見て取れる。
表紙に書き込まれた表題は印刷では無く手書き。しかも、日本語でも英語でも無い。恐らくは独語で書き込まれていた。ページを捲って内容を除くと、記録されている言語はやはり独語、何かの研究内容を手記でまとめたものらしい資料であることは判った。しかし、普通の高校教師や、ましてや高校生に、これを読み、更に理解出来るモノとは到底思えない。
『どうしてこんなものがここに…』
ミサトは眉を顰める。
癖のある筆記体の筆跡。英語なら多少は判るが、独語には、それ程の自信が無い。
それでも、表題の下に書き込まれている単語の並びが、人の名前である事ぐらいは判った。
「ウォル、フラム…、フォン、ジーベス…」
たどたどしい口調で呟きながら彼女は、何とかそれを解読する。
暫く、何かが記憶の片隅に引っ掛って、彼女は再び虚空の一点を見据えて動けなくなっていた。
ふと、心当たりが頭を過る。続けて今度はページを素早く捲る。本の最後には附則資料として、折り畳みの用紙が貼り込まれていた。
用紙を開くと、そこには何かの分子構造図が書き込まれていた。六角形が複雑に絡み合ったヤツだ。構造図を辿って行くと、用紙の端のあたりで、
「D・・・?」
聞いた事も無い元素記号との結合に行き付いていた。
「不明・・・」
独語で傍らに殴り書きしてある。
ミサトが、そのまま頭の中で思いを巡らせようとした時、彼女は、突然、背後に何者かの気配を感じ取っていた。
「ハッ!?」
咄嗟に身を翻して身構えるが、彼女が手に持っていた本は、後ろから伸びて来た手にアッサリと取り上げられていた。どうやら目的は最初から彼女では無く。こちらの本の方にあった様だ。
ミサトは即座に、その手の主を確認する。葛城では無い。
そこに居たのは白衣を着た少年だった。
彼女は、その少年の顔に見覚えがあった。
「彼方、来た時に階段に座っていた…」
少年は不快そうな表情で彼女を見ている。
明確な殺意が無いのが判ると、ミサトは少しホッとして、直ぐに警戒を解いていた。
「突然、女性の後に忍び寄って来るなんて、良い趣味とは言え無いわね少年」
「部外者が無断で、訪問先の部の棚の中を物色するのも良い趣味とは思えないけど…。ここには毒物や劇物にも転用出来る危険な薬品が保管してあるからね、管理は厳しいんだ」
ミサトは軽口半分で混ぜっ返そうとしたが、少年は本気で怒っている様だ。
肩肘を張って、負けじと強がっている様にも見える。
「大丈夫。調査の許可は得ているから。それより、彼方こそ、まだ授業中でしょう? どうしてここに居るの? ここで何をしていたの?」
「今日は遅刻もしたし、結局、授業には出ない事にしたんだ。僕の出欠席は、自己判断が認められているからね。…朝から体調が悪いのは本当だし、それで部室で少し休んでから、自主的に帰宅しようと思っていた」
「部室・・・?」
言われて彼女は周囲を見回す。
「ここは化学室準備室だけど、総合科学部の部室でもある。それで僕は、その総合科学部の部長だ。部長特権で部屋のカギも預かっている」
「さっきからずっとこの部屋にいたの?」
「そこの暗室で寝てた。彼方達が入って来たのにも気付いていたけど、面倒だから無視していたんだ。彼方が本棚を勝手に開けてコソコソ中を探ったりしなければ、出て来るつもりも無かった」
「その本は、彼方の私物の本なの?」
ミサトは、話題を変えて、少年に問い掛ける。
「この本の事はどうでも良いんだ! そこには劇物や貴重品も入っている。部外者に勝手に物色してもらいたくはないんだ!」
本の事に触れると少年は、感情を露にして激昂する。
「フ~ン・・・」
ミサトは意味ありげに少年の顔を見ると、
「ゴメンなさい」
その場でアッサリと頭を下げて謝罪していた。
「エッ・・・」
予期しない素直なミサトの態度に、少年は怒りの矛先を躱された格好になった。
「判ってくれれば、それで良い…」
少年もアッサリ言葉を失って引き下がっていた。…騒ぎを大きくするつもりは無いらしい。
「失礼ついでに聞かせてもらえないかしら? その本について彼方は何を知っているの?」
少年の去り際、ミサトは改めて問い返す。
蒸し返えされて少年は憮然とした表情で振り返り。
「何も!!」
吐き出す様に言い放ち、踵を返して、部屋の出口付近までズカズカと行くと、白衣を脱ぎ捨て、足早に部屋の中から出て行ったのだった。その手には本が握られたままになっている。
もう少し何か言いたそうだったが、黙って出て行ったのは葛城が帰って来たのに気付いたからだ。二人は調度、部屋の前で擦れ違う形になった。
「何かあったのですか?」
擦れ違い様、互いに挨拶もせず、立ち去る少年の後姿を、意味深な視線で見送った後で、葛城は部屋に入ると直ぐにミサトに問い掛けて来る。それは擦れ違い様、少年が一方的に放った憮然とした態度に、彼が相当の違和感を感じ取ったからに他ならなかった。
「チョッと不自然だったかな、嫌われちゃったかな…」
ミサトはお道化て、肩を竦めて見せた。
「まさか天広の奴、紅さんに何か良からぬ事を?」
「天広君と言うのですか彼? 違いますよ。ただ、チョッと気になる事が…」
「もしかして紅さんも、奴が事件に関係していると?」
「あからさまに怪しい少年ですね彼、今件の関係者なのですか?」
「まさしく、例の藤原まどかの片思いの相手です」
「葛城さんこそ、かなり疑っているみたいですね」
「失踪者に携帯端末の一つでも見つかって、通話記録でも残っていれば、それをネタに締め上げて、吐かせてやるんですが、事件との関連を繋ぐ確証が無いんです」
「穏やかじゃ、ありませんね。…私は年下で、生意気な男の子は、ケッコウ好みなので守って上げたいのですが」
ミサトは真顔で惚けて見せる。
「ハイ、ハイ・・・」
『もう付いていけね~や、コイツには…』
葛城は思わず、こめかみの辺りを押えていた。
「彼、どんな子ですか?」
「そう言った個人的な趣味の話でしたら、返答は遠慮させていただきます」
「あら、違いますわよ。先程言った事を本気にしてしまいましたの? 冗談ですってば、それにヤキモチ焼かなくても大・丈・夫! 私には葛城さんも充分、守備範囲ですから!」
「ホ~、さよですか。ところで今、俺が何考えているか判りますか?」
「ハイ? 何考えているんですか?」
「俺はイッペン、彼方の頭の中を割って見てみたいですよ」
「あら、こんな頭で宜しければ何時でもどうぞ」
彼女はそう言って、大真面目でトンガリ帽子を脱いで頭を彼に差し出すのだった。
葛城は眉を顰める。
「冗談はさておき、天広の事でしたっけ」
掴み処の無い彼女のペースに合わせていたら、話はどこまでも常軌を逸して続いて行く。葛城が折を見て話を軌道修正すると、ミサトは黙ってコクリと頷いていた。
「天広学。この学校では何かと有名な奴です。特に教師の間では・・・」
「不良クンなのですか?」
「逆です。むしろ『絶対不可侵』な優等生として…。校内・県下は勿論、全国でも模試は常にトップの成績を維持し、最高学府以外の進路は考えられない。偏差値絶対主義の学校内では文句無しの選別者ですよ。一人で当校のレベルを吊り上げているんで、教師までが、みんな揃って特別扱い。その他生徒からは一線を引かれて居ない者扱い。本人は、それを意識してか特権階級にでもなった様な言動が目立つ。ここも表向きは科学部の部室ですが、殆ど彼一人の子供部屋みたいなものです。正直、頭は良いのでしょうが、人間的に俺はどうしても彼を好きになれません」
「なのに、藤原まどかは彼に好意を?」
「ええ。『蓼食う虫も好き好き』ですから、こればかりは何とも」
「警察が調べた範囲内での失踪事件との繋がりは?」
「一度事情聴取をしました。失踪者との関係は同級生以上の関連は認めていません。失踪事件との関連も勿論認めていません。彼女等が消えた時間帯に一応アリバイはありますが、裏付ける証拠がありません。警察は何人かの生徒を参考人としてマークしていますが、彼が最重点対象です。しかし、彼の事になると学校側が極めて非協力的で…。先程も言いましたが、この事件は、まだ、単なる失踪事件で、行方不明者の遺留物さえ見つかっていません。失踪自体が、手の込んだ狂言だって可能性さえまだある。現状を逸脱して家宅捜査や、身柄の確保なんて手荒な真似はできないのです。…後は少年法やら、公権力の教育機関への不介入の原則やらが、何が何して来て複雑に絡み合って、今は慎重に成らざるを得ないのが我々の現状です」
「つまり有力な被疑者ではあっても、法律の壁があって警察には手が出せないと…」
「それ以前に、先程も言いましたが、被害者のいない事件に被疑者は存在しません。ただ、客観的に見て、この事件の、何らかの事態に、深く関与している可能性は否定出来ないのではないかと言う程度で…。ミサトさんは彼に何か明確な不審点でも見つけたのですか? 例の『霊能力』で?」
「確かに、気になった点がありはしたのですが…」
「是非! それを教えては頂けないでしょか!?」
「でも、彼方と同じです。話せる程の確証がありません。単なる私の勘ですから。それより生物室のカギはあったのですか?」
「アッ、ええ、職員室で予備のカギを貰って来ました」
「では、先ず、そちらの実況見分と参りましょう」
そう言って二人は、隣の化学室に足を踏み入れたのだった。
☆
一見して化学室に、変わったものは見受けられなかった。備品も普通。どこの学校にでも在りそうな、在り来りな教室だと断定出来る。
ミサトは机や棚の中を一通り覗き込みながら、部屋の中を一周した。
その間、葛城は入口付近で、そんなミサトの姿を目で追っていた。
この部屋は検分済みだ。何かが残っているとも思えない。
「葛城さん!」
部屋の中を歩き回っていたミサトが突然、彼の名を呼んで、彼のいる入口の方に引き返して来た。
「ハイ?」
葛城は即座に応える。
「机を部屋の端に寄せてもらえますか?」
「机を、なぜ?」
「説明は後します。お願いします」
「判りました」
これまでに滅多にないミサトの真摯な表情に気圧されて、葛城は、それ以上の異論は挟まずに、動く机を部屋の端に動かし始める。
作業自体は五分と掛からずに終わった。次は何をするのだろうと葛城が見ていると、ミサトは椅子を踏み台にして、教室の正面にある教壇の上に立ち上がったのだった。
「・・・・」
机を退けた床の面を食い入る様に見下ろしている。
彼女が無言で合図して誘ったので、葛城も彼女の後に続いて教壇の上に上った。
「何を見ているのですか?」
「何に見えますか?」
葛城の問いに、ミサトはむしろ問い返す。
足元の床を見詰めたままで、中空に差し伸べられた指先が何かを描く様に動く。
その指し示される指先に従って視線を動かす内に葛城は、そこに指摘されなければ気付かない程の薄い線が残っている事に気がついたのだった。
さらにミサトの指先に従って視線を動かす内に、浮き上がって来る複雑な文様、それを取り囲む様に線は円を描き・・・。
「ウワッ! 何じゃこりゃあ!」
ミサトの指摘するところに気が付いた葛城は、思わず息を飲んで後に叫んでいた。
「まっ、魔法陣・・・?」
そして譫言の様に呟く。
「『六芒星』魔法陣。…『ホノリウス』の魔法書、と言っても判らないでしょうね。純粋に言い伝えだけを元に説明するなら『悪魔』を呼び出す為の呪法です」
「『悪魔』!?」
葛城は思わず目を見開く。如月晴香の証言に繋がる。
「ここで儀式をした人達は、恐らくかなり強力な『悪魔』を呼び出そうとしていたのでしょうね」
「どうして判るんです?」
「単純に魔法円の大きさです。魔法円というものは『悪魔』を呼び出す為のものであると同時に、召喚した『悪魔』に襲われない為の攻撃と防御の結界でもあるのです。悪魔の前提は悪意です。公平な取引をする為には重要な事です。呼び出す『悪魔』が強力であれば、魔法陣もそれに対抗する為に、より強力に、大きく複雑になります。」
「一体誰が、何の為に」
「恐らくは如月晴香と、消えた三人の女の子達」
「だから何の為に?!」
葛城は、腹立たしそうに、思わず声を荒げる。
「そこまでは私にも判りません。ただ…」
「ただ?」
「どうしても叶えたい願いを持つ人間は、時として『神』にも『悪魔』にも縋ります。その願いが叶わぬものなら尚更に、でも『神様』にお願いしても、願いが叶うかは『神様』の気紛れ次第。悪意のある願い事は聞き遂げられない時さえもある。けど『悪魔』は違う。『悪魔』と交されるのは純粋な契約。そこには善悪の制約は無い。あるとしたら『実現能力』と『契約条件』の制約。そして、絶対に願いを叶えて欲しい人間との間で交されるのは契約は、絶対に履行されなければならない厳粛なものなのです。だからこそ、契約の履行には相応の見返りが要求される。代償を求められるからこそ、より実現性が高い契約になるとも言える。彼女等には、そんな強力で危険な『悪魔』と契約してでも叶えたい何かがあったのでしょうね」
「そんな馬鹿な! それに彼方の言っている事を真に受けたら、まるで彼女等がここで、本当に降霊の儀式に成功した様に聞こえる」
「降霊ではありません。この場合、召喚です。そして彼女等は、まさしく、ここでそれに成功したのでしょう」
彼女はキッパリと言い切る。
「そんな、非科学的な!」
葛城はしゃにむに反論していた。
「今さらそれを言いますか…。科学と宗教は表裏一体を成し、黒い情熱は理性信仰の陰画の如く常に存在する。公務に携わる者は『法』を遵守する義務がある。しかし、法で理念を完全に網羅する事は出来ない。精神を支配する事は出来ない。それが一般市民であれば尚更のことでしょう。人が完全に常識で割り切れるものなら、そもそも犯罪なんて存在しない筈なのですから。…まあ、或いは、単なる無知と言う可能性が無いとは言い切れません」
「だから、今回失踪した女の子達は、本当に『悪魔』に連れ攫われたと? それが彼方の導きだした打算であるのなら、自分には見る目がなかったとしか・・・」
「フフフッ、またまた短絡的ですね。事象をどう捉えるかなんて恣意的なものです。『悪魔』と呼ばれているからと言って、現れたのが本当に『悪魔』である必要なんてないでしょう。仕掛けさえあれば人間が『悪魔』になる事だって出来る。問題なのは現象がどうとか言う前に、どうして彼女等がそう思ったのか? 思い込んだのか? と云う事でしょう。私達が彼女等と同じ基準で思考を巡らせていては、仕掛けを解明する事も出来ません」
「俺には彼方の言っている事が良く判りません。けど犯罪者の心理を理解しなければ、犯罪を未然に防ぐ事も出来ない。そして、今なら良く判ります。犯罪心理を分析する者が、時として自分自身も、その犯罪意識に埋没してしまう事があると云う事が…」
「私もです。触れてはならないものに触れる事は、時として人を甘美な想いに誘うものです。それは重要な事です。努々、忘れないでください。真相を解明する為には、彼女等が、なぜ姿を消す必要があったのか、それを追及しなければならないでしょう。その為には私達は合わなければならない。如月晴香に…。そして彼女の世界に触れなければならない。それが、どんなに常識から懸け離れた荒唐無稽な世界だとしても…」
葛城は、黙ってコクリと頷いていたのだった。
☆ミ
次元の狭間。
『D』の系譜。
それは純粋な知的好奇心と言うには罪深い。
ミサトの本当の仕事が明される。