魔法少女来る?
県立の高等学校で起った生徒の失踪事件。
遅々として進まぬ捜査に招かれたのは、『心霊心理原理調査官』なる肩書を持つ、魔法使いの様な風体をした、一人の女性霊媒師だった。
彼女は、学校から事件の対応を任命されていた男性教師とともに、事件の解決に乗り出す。
第一章 『魔法少女(?)来る』
彼女が、その学校を訪れたのは、風の強い日の昼前の事だった。無暗に広い校庭を通り抜けながら、時折、風に吹き上げられそうになる、スカートの裾をしきりに気にしていた。
黒いワンピースの上に、黒いジャケットと、その上に、更に赤い外套を羽織る。時期的に冬の始め、防寒対策は万全の様だが、かなり目立つな格好だと言える。
取り立て、頭に被る鍔の広いトンガリ帽子には、違和感しか感じられ無い。
これで杖でも持っていたら、完全に異世界の魔法使いだ。
顔付は目が大きく、髪は長く黒い、三つ編みにして、尻尾の様に背中に流している。
顔は童顔な割に、時折露になる脚は、しなやかにスラリと引き締まっているのが判った。
校庭に入って来るなり、教室の男子生徒の注目の的になっているのだが、本人は知っているのか、知らないのか、あまり頓着している様には見えない。
そのまま、校庭を通り抜け、やっとの事で学校の玄関に辿り着いていた。
受付けで、驚いた顔の事務員に要件を告げて、簡単な手続きを済ませ、前以て連絡が来ていたのか、校長室までの簡単な経路を教えられ、そちらに赴いてくれと告げられた。
彼女の格好から、事務員には少し奇異な目を向けられたが、対応は事務的だった。
長革靴を脱いで、上履きスリッパに履き替え、学校の固い冷たい廊下に足を踏み入れる。
「ふゥ~ん…」
頻りと辺りを見回して、意味ありげに呟ていた。
学校は何度来ても、その都度、独特な雰囲気がある。
施設が醸し出す、特有の雰囲気もある。
玄関を少し入った処にある階段を上ろうとして、階段の中ごろに一人の男子生徒が座り込んでいるのに気が付いた。学校に入って初めて出会った生徒、今は時間的に授業中の筈だが、死んだ様な目で虚空を見ている、色白の肌の不思議な雰囲気のする少年だが、幽霊・亡霊の類では無い。
ユックリと視線が彼女に動く。目が合った。
少年は、口元に取って付けた様な薄ら笑いを浮かべた。
挑戦的と言うか、挑発的と言うべきか、アッサリ、嘲笑と言うべきか…。
「こんにちは? 少年、ここで何をしているの?」
彼女は気兼ね無く話し掛ける。
少年はコクリと頷いて、そして答えた。
「時間潰し。…遅刻して教室に入り辛いから、それより、お姉さんは? 何をする人? 秋の仮装大会の時期はもう過ぎたと思うけれども…?」
「私? 私はちょっくら校長先生に呼ばれてね。ねぇ、私この学校初めてなの、暇なら校長室まで案内してくれないかな?」
「校長室は二階、この階段を上がって右に曲がればすぐ、…案内するまでも無い」
少年は、抑揚の無い口調で応える。
「そう、ありがとう」
愛想の無い子。
思いながらも彼女は愛想笑いを返し、礼を言いながら、そそくさと少年の横を通り抜けて、階段を上り始める。すると少年は、擦れ違い様、再び彼女に語り掛けて来たのだった。
「お姉さん、そうは見えないけど、もしかして警察の人? 例の件で何か調べに来たの?」
意外な質問に、彼女は苦笑する。
「…違うわ」
少し考えてから、彼女は否定の言葉を口にしていた。
別に事実を宣言する義務は無い。
「そう・・・」
少年の反応は、その程度のものだ。
しかし、その時、彼女は少年の反応から、少し奇妙なものを感じ取っていた。
それは微かな殺気の様も思えたが、指摘するには微弱に過 ぎた。
『勘違いかも・・・』
その時は、それ以上、詮索する気には成らなかった。
一時限目の授業が終わるチャイムが鳴る。
階段を上り切った所で、振り返ると少年は既にそこには居なかった。
その時は、それで終わった。
彼女は気に留める事無く、そのまま廊下の突き当りにある校長室に向って足を進める。
扉にノックを入れようとした瞬間、彼女はそのまま動きを止めていた。
中から人が言い争う様な声が聞こえて来たからだ。
「・・・本気ですか校長? いくら不可解な事件とはいっても『拝み屋』を雇い込むなんて、こんな事が、父兄会や教職員組合に知れたら何と言われるか、もう一度、考え直してみた方が・・・」
若い男の声だ。彼女は黙って一歩下がる。
そのまま暫く様子を窺おうと思った。
「・・・静かにしたまえよ葛城君、声が大きいよ。…第一、今さらそんな事を言われてもね。本人は、もう到着して、もう直ぐここに上がって来るんだから。相手に聞こえでもしたら…」
※聞いてます。
「構やしませんよ。客はこちらの方なのですから。神秘主義や心霊現象なんてのは、いずれ詐欺師の類でしょ。筋も根拠も通らないまやかしを言い触らして、返って事態を混乱させるに決まっている。信用する方がどうかしてると言っても良いぐらいです。どうして事前に私に相談して下さらなかったのですか? 私は断固反対します!」
「まあ、君|も良く知っての通り、警察もお手上げな状態なんだ。しかし、学校としては、このまま放って置く訳にも行かない。紹介先もシッカリとしているし、それに今回来られる方は、正確には『拝み屋』では無くて、…えーと、何と言ったかな?」
「『心霊心理原理調査官』です」
思い掛けない方向から、思い掛けない若い女性の声が返って来て、校長席を挟んで向かい合って話していた葛城と言われる若い男と、初老の校長、二人の視線は、一斉に部屋の入口に向って集中していた。
「お取り込み中とは存じますが、失礼致します。…先日の依頼を受けて罷り越しました。私が、その件の調査官で紅と申します」
扉を開けて、断りながら彼女は部屋の中に入る。
気にはしないが歓迎されていない空気は判る。
「こ、これはお見苦しい処を・・・。どうぞこちらに、お座り下さい」
バツの悪そうな顔を、即座に取り繕い。校長は彼女を部屋に向い入れ、席を勧めた。
葛城の方は、相変わらず、あからさまに不快そうな表情で彼女を見ている。
彼女はそれを意識的に無視して、勧められるまま、ソファの上に腰を下ろしていた。
対面のイスに二人も腰を下ろす。
応接机越しに彼女は、校長及び葛城、二人と対峙する形になった。
「改めまして、私『心霊心理原理調査官』の『紅ミサト』と申します」
暫くして、校長室に通されたミサトの前に珈琲が運ばれて来た。
手際の良い事だ、ちょうどミサトが、名刺を取り出して校長に挨拶し始めた処だった。
時代は移り変わっても名刺交換は、初対面の社会人を結び付ける基本作法である。
「こちらこそ、御丁寧に、私は校長の後藤と申します」
校長も名刺入れから名刺を取り出し交換する。
『拝み屋』と聞いていたので、どんな胡散臭い人物がやって来るか、校長も内心ではかなり心配していたのだ。しかし、現れたのは、彼の期待に良い意味からも、悪い意味からも懸け離れた、双方から相反する意外な印象を与える人物だった。
西洋の魔女を彷彿とさせる黒のトンガリ帽子と外套、黒いスカートの先から薄茶色の頑丈そうな長革靴が覗く。第一、トンガリ帽子を脱いだ彼女の素顔は、化粧気が無くて、この学校の生徒と言っても通用しそうなくらい若い。表情に『幼さ』『あどけなさ』と思われるものまで感じ取られるのだ。その容貌は後藤に、子供向けアニメの魔法使い、と言うより、魔法少女を連想させたのだった。後、魔法のステッキがあれば、コスプレとしては更に完璧なのだが…。
顔には極力出さない様にしたが、校長の脳裏に一抹の不安が過ったのは無理なからぬ事だ。
だが、それはそれで、そんな日常から頭半分抜け出した様な格好が、それらしくも思えるのだから、彼の心境は複雑だった。
「紅調査官…さんは、普段からそんな恰好を?」
「ええ、可愛いでしょう? 魔法少女をイメージしてますの…」
彼女は悪びれもせずキッパリと応える。
「随分、お若いようですけど、失礼ながら御歳はお幾つで?」
後藤は、試しに続けて聞いてみるが。
「あら~、校長先生、女性に歳を尋ねるなんて、・・・失礼ですわよ」
ミサトはコロコロと笑ってはぐらかすのだった。…眼だけチョッと怖い。
校長と葛城は、ミサトから“バッ”と顔を背けて、聞こえない様にヒソヒソと声を交す。
『本当にこの人、大丈夫なのですか校長? 『霊媒師』とか以前に、格好はアレだし、年齢不詳、名前も本名か、かなり怪しい感じですよね?』
『イヤね、そうは言っても外見の印象で全てを語るというのもどうかと…。依頼したのはこちらからだし、実際、もう来ちゃってる訳だし、格好も、むしろ、それっぽいと言えばそれっぽいし…』
『それにしては、私には彼女から、そこはかとなく『先々代前の元号』臭がする気がするんですが…』
葛城は思い切り胡散臭そうに眉を顰める。
『はあ? 幾ら何でもそれはないだろう。私的には孫みたいな年頃の娘さんだよ。先程も言ったけど、取り敢えず他に打つ手も無い訳だし。報酬も破格に安い上に、成功報酬で良いって仰ってるのだから、試しに任せて見せても良いのではないかと、…私は思っているのだがね?』
『…校長が、そう仰るなら…』
消極的にではだが話は付いた。
二人は気を取り直し、姿勢を正してミサトの方に向き直る。
「ゴホン、紹介が遅れましたが、私は本校の数学教師で葛城と申します。当校で、今件の処理対応を仰せつかっておりますので、質問等がございました何なりと私の方に・・・」
隣で訝し気に様子を眺めていた葛城が、姿勢を正して名刺を差し出し、自己紹介する。
「アー、お見苦しい処をお見せしましたが、もし不愉快でしたら、お許し頂けると幸いです」
葛城に合わせて、校長も遠回しに、その場を取り繕っていた。
「イエ、こういった事、多いですから慣れてます。自分で言うのも何ですが、誤解されても仕方がない職業ですから…」
「マア・・・、『拝み屋』ですからね」
ミサトの控え目な返答に、葛城は少し嫌味を込めて返す。
「『心霊心理原理調査官』です」
ミサトはニッコリと笑って、しかし、キッパリと否定する。
名称に拘りがあるのか、安易に棚に上げる気は無いらしい。
「何処が、どう違うので?」
さらに詰め寄る葛城、この二人、歩み寄ろうとしても、どこか足並みが揃わない。
二人の遣り取りを、校長はハラハラとしながら見守っていた。
「私は宗教家でも、厳密には『霊媒』と呼ばれる類の人間でもありませんから。第一に、私の所属する『超常現象研究所』は国立の科学研究所機関です。国立のT大学とも公の認可の上で提携しています。第二に、機関の目的は、超常現象の発生原理を科学的に解明する事、同環境下の心理を分析する事であって、宗教的な『お祓い』をする事が主な目的ではありません。勿論、それが事態の解決に一番効果的だと判断すれば、その原因解明も含めて、引き受けない事も無いですけど…。第三に、公的な機関に所属する私は純粋な民間人ではありません。公的に調査特権を認められた『特務調査官』です。因みに、考古学と、物理学と、生物学と、心理学と、薬学の学位を持つ学術研究員でもある事も付け加えておきます。第四に、今回の仕事の依頼は後藤校長から、警視庁の陸山警視を介して、正式に私に対して成されたものですから、彼方が思っている程、胡散臭いものでもありません」
ミサトは一々説明しながらキッパリと断言する。
「マア、そうなのですが・・・」
依頼が後藤校長からなのは知っているが、間に警視庁が絡んでいたとは知らなかった。
「アノ、…そうなのですか? 校長?」
言った端から、真相を求めて、葛城は改めて校長に問い返していた。
後藤校長はコクリと頷く。
「学校への警察の介入というと、それだけで教職員組合が煩いのでね。…何と言っても彼等は、犬猿の仲だから。仕方なく伏せていたんだ。しかも、実は彼女は表向き、校長権限で、当校の臨時講師として当校に来てもらっている」
「私、教職員の免許状も持ってるんですの、一応…」
彼女は空かさず捕捉を入れる。
「でしたら、なぜ最初からそれを…」
「紹介者云々は、私の個人的なコネで、あまり表沙汰にする事では無いと判断したのだよ。それに、説明しようとすると、その度に君は怒り出すから、機会を逸してしまって…」
「…アー、取り敢えず行き違いが合った様なので、すみません」
暫く沈思黙考した後、葛城は形だけ謝罪を口にして引き下がる。
学校の先生の組合が、異常に官憲に対抗心を燃やしていた半世紀近く前とは違い。最近の彼等は、基本、同じ公務員同士、両者の関係は決して悪いとは言えない。
そのまま黙って椅子に腰を下ろした。
「失礼致しました。ア~、コホン」
校長は改まって、ワザとらしい咳払いをして仕切り直す。
「それで今回の事件に関しては、陸山さんの方から何か?」
話を本筋に戻し、やっと本題が切り出せたのだった。
「イエ、実は詳しくは。かなり深刻な事件だとは聞いていますが…」
「エエ、マア、実は…」
校長は、再度、改まって、今に至る迄の事件の経緯を話し始めた。
県立G高等学校。首都圏G市にある学校で、公立の学校としては県下でも有数の進学校だ。
そのため生徒は県下から高偏差値の生徒ばかりが集まって来ている。
それ故にか、ここでは最近に至るまで、世間を騒がしている様な、学級崩壊や、陰湿なイジメ、行内暴力といった諸問題からは無縁な学校生活と、学校運営が営まれて来た。
少なくとも問題になる様な不詳事件が起こった事は無かった。
ところが三ヵ月前、その平和な学校に突如、異変が生じた。
学校での足取りを最後に、一人の女生徒が失踪したのだ。消える様に…。
当時、その女生徒が異性との恋愛感情に悩んでいたという保護者及び友人関係の証言もあり、学校側は、その事を悩んでの失踪、駆け落ち、最悪の場合、自殺も在り得ると大騒動になった。
直ちに、混乱を避けて、箝口令が敷かれ、事件は関係者内部に止められ、学校中に流布される事は無かった。警察への届け出は翌日、保護者である父兄によって成された。
捜索願いは警察に受理され、学校の内外で捜査は行われた。
学校側は事態を重く見て、授業の課程を一部変更までして、捜査に協力した。一般生徒にまで、事情聴取が行われた。しかし、当日の失踪した女生徒の行動は至って普通で、事件を解決する糸口は何も見い出せなかった。それから一か月経っても、生死を含めて、女生徒の行方は要として掴めず。無慈悲に時間だけが経過した。
当事者を除いて、学校内に、早くもそんな事件が忘れ去られた様な雰囲気が醸し出され始めた頃、事態は悪い方向に急展開を迎える。
再び、同じ様な状況で、今度は二人の女生徒が、立て続けに校内から、忽然と姿を消してしまったのだ。今回も前回同様、学校での目撃情報が最後の消息だった。しかも、後に消えた二人は、最初に消えた女生徒と親しい友人関係にあった。
ここに至って、この不可思議な連続失踪事件は、一部の地方報道機関の嗅ぎ付ける処となる。
学校側は警察と協力して記者会見を開くも、捜査中と学校の自治を理由に、報道関係者の遮断に成功。可能な限りの影響力を駆使し、保護者会や、その他の圧力団体を宥め透かして、何とか、それを抑え込み、現在の小康状態を保っていると言う訳だった。
『ソーシャル・メディア』で何とこき下ろされているかなんて、考えるだに恐ろしい。だが、圧倒的な情報不足で、幸いにも、未だに噂以上の広がりは見せていないらしい。
しかし、警察による捜査も現在行き詰り、消えた生徒の行方は、未だ要として知れない。
不謹慎な話ではあるが、遺体すら発見されない。…忽然と消えてしまっているのだ。
教育の権利を盾に、部外者は黙らせれても、学校生活の当事者である生徒の不安や、動揺を封じ込める事は出来ない。騒ぎが再燃化するのも時間の問題だと言わざるを得ない。
事件が解決するまで登校を拒否する、させないと主張する、生徒・父兄も出て来ている。
校内には、根も葉もない噂が広がり始め。何の痕跡も残さず、突然生徒が消えるこの現象は、失踪と言うより、『祟り』や『神隠し』と言うのが一番シックリと来る事態なのではと囁き始めた。
何も好転しない状況下で、学校側、主に後藤校長は藁にも縋る心境で、紅ミサトの所属する『超常現象研究所』に調査を依頼し、事件解決の望みを託す事にしたのだった。
「不謹慎で、軽率な判断だと非難されるかも知れませんが、正直な処、後はもう貴女方しか頼れる場所が無いというのが私達の現状なのです。ハイ…。ほとほと、困り果てている次第です。…学校の面子など、この際どうでも良い。どんな結果でも消えた生徒の消息が知れるなら…。生きているかも知れないなら尚の事、早く助け出してやらなければならない。最悪の結果が待ち構えていたとしても、それを見届けるのが、私の責務だと覚悟しております」
言葉を選びながら説明を終えて校長は、ミサトに向って深々と頭を下げたのだった。
彼の心情や、発する言葉に嘘は無い。この一連の事態において、彼は完全に巻き込まれた側の被害者だなとミサトは感じた。
「ふむ・・・」
ミサトは出された珈琲を一口、口内に含んで飲み込む。そして、質問を返す。
「校長は、なぜ、今件が私の生業であると判断されたのですか?」
「…それはその簡単な消去法です。これだけの事は個人的犯行では難しそう。しかし、日本の警察は何のかんの優秀です、国内外の犯罪組織が関わる犯罪の一部なのだとしたら、物理的に隠蔽する事は、更に不可能そうに思えました。それに何より、失踪した三人には以前から、こういった神秘主義を信奉して、自発的に集まって行動していた節がありまして…。ただ、話が荒唐無稽過ぎて、警察同様、私も、最初は、あまりその件を重要視していなかったのですが…。紅さんの調査には葛城君を協力させます。この件に関しては、彼に一任されていますから。それ等に関する詳細な情報は、判っている限り、微細な限り、彼には既に伝えてあります。詳しい話は、彼から改めて聞いて下さい。後、調査や待機に部屋が必要でしたら、数学準備室を自由に使って頂けましたら…」
「判りました。私としても早急に解決できるよう微力を尽くします」
「御願いします。…それと」
「判っています。極力、一般生徒は刺激しない様に、…ですね?」
「ええ…」校長はキッパリと頷く。
「くれぐれも宜しくお願いします。あと報酬に付きましては、事前の合意通りに必ず」
念を押して、校長は改めて頭を下げる。
喋っているだけで、焦燥し切っている感は否めない。
突然、非常識な事態に振り回されたら、こうなるのは判らなくもない。
「承りました。では、早速、仕事に取り掛かりたいと思います」
「…紅さんもやはり、今件は『祟り』とか『神隠し』とか『呪い』とかの類とお考えで?」
話が終わろうとする頃、校長はミサトに、おずおずと聞いて来る。
ここに至っても、まだ、肯定したくない。でも、否定できないといった感じだ。
現実社会に生きていたら、これも普通の反応だと思う。
「それを、調査して判断するのが私の仕事ですから…」
そう言って、彼女はトンガリ帽子を被り直し、軽くそれを受け流して席を立ったのだった。
☆ミ
校長室を後にして十数分後、ミサトは、葛城に案内されて、学校での彼女の活動拠点となる数学準備室に通され。あらかじめ用意されていた事件の調査資料に目を通していた。
「後、これが失踪した三人の女生徒の経歴紹介です」
「ありがとう…」
意外と整然とした室内で、書類に目を通しながら、葛城に礼を言うミサト。
「・・・」
葛城は、近くの卓上ポットからカップにお湯を注ぎ、即席珈琲を作りながらジッと、そんなミサトを観察していた。
暫くしてポツリと言う。
「一応、調書には目を通すんですね…」
「ハイ?」
「校長から『超常現象』の専門家を頼んだとか聞いた時には、何かと言えば、適当に『祟り』や『呪い』を持ち出して、昔ながらに『黙って座ればピタリと当たる』的な、インチキ『霊媒師』みたいなのが来るとばかり、想像していましたもので…」
聞かれてもいないのに、葛城は正直に自白する。
「『探偵』も『霊媒師』も『特務調査官』も、物事に対する接触の仕方が違うだけで、原因を解明して、結論を見出す。その本質は違いませんよ。何れにしても現状把握しなければ話は進みませんよ。…マア、私の場合、『言語』には言霊が宿ると確信している部類の人間ですから、怪しい『霊媒』と思って頂いて差支えありません。多少、胡散臭く思われるのは馴れています。それよりも期待に反して、やって来たのが、こんな若くてカワイイ女の子で良かったでしょ? …刑事さん?」
「ブッ‼」
『戯言か…』適当に聞き流そうと思って、淹れた珈琲を飲んでいた葛城は、既に口中に含んでいた、熱いその液体を、その瞬間、思わず吹き出していた。
動揺したのは、ミサトの、思い上がった発言に呆れてズッコケたからでは決してない。…むしろ逆。
話す気もない図星を正確に突かれたからだ。
「どッ、どッどっどっ!?」
「どうしてそれをですか? 鎌を掛けてみただけです。理由は色々と、私は学校関係者では無いので、運営には疎い素人ですけど、葛城さんお若いし、学年主任でも無いのに、事件の担当者やってるなんて変だと思ったんです。事件に関しては、校長より主導権を握っている感じでしたし。それに、この数学準備室、整然として人が長く使ってる様には見えないし。後は、葛城さんが背負ってる守護霊が物凄くて、とても数学教師に憑いてる様な霊には見えないんですよね。正直、私的には、そちらの方が決め手かな…」
「えッ? 後ろ? 何か見えるんですか?」
葛城は、思わず背後を振り返って、自分の後頭部の辺りを触る。
彼女が初めて『霊媒』らしい事を言った。
「…因みに、私には、どんなのが憑いてるんです?」
「ウーン・・・」
唸りながらミサトの視線が、葛城の背後の空間を泳ぐ。
部屋に差し込む光の加減か? 彼女の瞳が一瞬、ハチミツ色に透き通った様に思えた。
「…平安時代末期頃の鎧武者の姿が見えます。…名は渡辺元網。自分は、かの頼光四天王の一人、渡辺綱の子孫でかの高名な名刀『鬼切り』を引き継いだ猛き武士だと主張しておられます」
「ほッ、本当ですか?」
「依頼の本筋からは外れるので『霊感少女』の戯言だと思って頂いても構いません」
彼女は口元に微かな笑みを浮かべたままで淡々と言葉を綴る。
葛城は、コホン。改めて咳払いして、開き直った。
「そこまで判っておられるなら話は早い。まあ、最初から隠す気もありませんでしたので(嘘)…。いずれ折を見て話そうとは思っていました(同左)。改めて自己紹介しますと、私は葛城賢吾、本業は県警捜査課の刑事です。警察としても学校内をあまり派手に捜査出来ませんので、特に今件は、事件性はあっても、まだ、明確に事件として位置付けられているとは言い難い状況ですから。アナタと同じく臨時教員という肩書で、二か月前から、この学校に赴任して来ていました」
「大変ですね、お互い。デッ? 潜入してみて何か成果はあったのですか?」
「それがマア、サッパリ。…学校という社会からの閉鎖空間での出来事ですから、調べても接点が見当らなくて、外部犯行とは、とても考え難い。しかし、内部犯行となると、最近の子供は何を考えているのか、まったく皆目見当が付かない。と言うより、むしろ。世の中、色々とあると言った方が良いのか…。先程、校長が説明した程度が実際、現状で判明している手掛かりの全て、と言っても過言ではないような状況でして…」
「要するに行き詰っているという事ですね。…フ~ム。捜査が行き詰った時には原点、つまり、現場に戻るのも一つの手でしょう。後、もう一度、葛城さんが知る限りの情報を確度を問わず詳しく話してもらえませんか?」
「勿論、構いませんが」
「宜しく。あとその前に・・・」
「ハイ?」
「私にも珈琲淹れて貰えませんか? 即席で構わないので、その間に、私も資料にチャッチャッと目を通しておきますので・・・」
葛城は黙って苦笑いしながら、来客用の珈琲カップを手に取ったのだった。
☆彡
「最初は消えた生徒は、二年B組の女生徒で藤原まどか(十六才)でした」
葛城は説明し始めた。ミサトは資料に目を通しながら聞く。
「異性関係に悩んでいたとか言う?」
「ええ、複数の同級生の証言によると。ですから最初は、それを思い悩んでの失踪ではないかという線で、捜査を開始した訳なのですが、調べる内に、どうもその線は薄そうで…」
「どうしてですか?」
「申し訳ない話ですが、調べる内に、彼女の本人像が、どうもそんな事に思い悩む様な女の子には思えな無くなりまして…」
「と、言うと?」
「気が多いんですよこの娘、異性への片思いで悩んでいるってのも一度や二度じゃなくて、同時に不特定多数ってのも珍しくない。それに彼女、占いや呪いに凝っていたらしくて、それで相性が悪いなんて結果が出たりしちゃうと、かなり後腐れも無く執着を失ってしまうとか…。特に彼女は、学生の恋愛ごっこの範疇での話の様ですから、世間一般に言う、ドロドロした男女関係の縺れ、というのは当て嵌まらない様に思えまして…」※要するに深刻さが足らない。
「恋に恋したい年頃の幻想なんですのね。ハァ~、判る気がしますわ。嘗て私にも、そんな時期がありましたもの・・・」
ミサトは随分と前の出来事の様な、遠い目をする。
下手をすると被害者よりも若く見える、中学生の様な顔で言われても違和感しか無い。
『どうもこの人の浮世離れた態度には振り回されるな…』
思いながらも葛城は話を続ける。…この捕え処の無さが、彼女の強みなのかも知れない。
「マァ、とは言っても、事件の原因として思い当たる節が他に見当りませんでしたからね。捜査はその線で開始された訳ですけれども…。彼女の最終目撃情報は、この学校、放課後十六時頃に理科塔近くの廊下を歩いて行るのを目撃されたのが最後です。その後、消息を絶ち、以後の目撃情報は確認されていません。帰路に付いた形跡も無し。…何しろカバンやその他荷物等は教室内に放置したまま、下駄箱にも下履きがそのまま残されていたのですから。因みに、同時刻頃、学校内に外部の人間が侵入した形跡は、来訪を含めて一切確認されていません」
「気紛れにほんのチョッと、何処かに立ち寄る様な気軽さで姿を消してしまったと?」
「まさしく、その通りの状態です。我々は内部犯行の可能性に切り替えて捜査を続行しました。勿論、学校側と生徒の協力と承諾を得てね。学校中の棚、ロッカー、机、焼却炉、貯水槽、ゴミの集積場。植木の枝の上から、根元の土の中に至るまで、およそヒトが入り込めそうな場所は、思い付く限り全て…。その他、学校周辺で不審な人物や車両の目撃情報、勿論、学校関係者以外の近隣住人への聞き込みも行いました。けど結局…」
「失踪した人間の消息に繋がる有力な情報は、何一つ得られなかった。…と」
「残念ながらね。不謹慎ながら、我が国の警察は遺体が発見でもされない限り、大掛りな捜査には踏み込めない傾向がありまして…。」
「死体が発見されて、初めて刑事事件と認定される。それまでは民事不介入が原則ですか…」
「理解して頂けると幸いです。捜査が間誤付いている内に、報道機関も嗅ぎ付けて来て、誘拐の可能性もあるという理由で箝口令を敷いて、対処に追われている内に第二の失踪事件が起こった訳です。最初の事件が起こったのが先々月の十八日。次の失踪事件が起こったのが先月の十三日…」
「冗談の様な連続失踪事件。まるで、サスペンスドラマの話を聞いているかの様ですね」
「確かに誰もが一度は考える事です。そして、二人目の失踪に混乱する我々を嘲笑うかの様に、三人目の生徒が忽然と姿を消したのです。…今度は三日の間隔も開けずに」
「これまでと同じように、何の手掛かりも残さず?」
葛城は、応える代わりに黙ってコクリと頷いていた。
「二番目に消えたのは二年B組の新宮司珠樹(十七才)。三番目に消えたのは、同じく二年B組の敷嶋瑤子(十七才)。…両名とも過去に学校で目立った問題を起こした事はありません。むしろ、学業優秀で素行が良く、優等生と言っても過言ではない」
「でも、三人とも同級生。大きな共通事項です。三人の交友関係は?」
「特別親しくは無かった様です。ただ、もう一人、同じクラスの如月晴香を加えた四人組が、時折クラスで集まって情報交換する程度の仲間であったとの情報はあります」
「思い切り怪しいですね。他に、彼女等の共通項は?」
「一般的な事を言えば、先ずこの学校の生徒であること。二年B組の生徒であること。女生徒であること。そして親友では無いが、会って言葉を交わす程度の友人同士であると云うこと…」
「随分と的が絞れて来たじゃないですか。もう少しですね。後は例えば、四人に共通した知人、友人、組織、部外者の存在は?」
「調査しましたが居ません。警察も遊んでいた訳では無いんです。判っていれば今頃、とっくに重要参考人として引っ張ますよ。紅さんを呼ぶ必要もありません」
「では、失踪の原因が彼女等だけに判る過去の因果に起因する可能性は? だとすれば四人組で最後に残った女の子が、次の被害者になる可能性が高い。事件解決に至る何らかの糸口を握っている可能性も高い。…今、その娘は何処に?」
「御明察です。但し現在、彼女は学校に当校して来ていません。事情聴取が出来る状態なのかもハッキリと保証出来ません」
「これはまた、判らない説明ですね」
「状況から勘案して、彼女が、今件に何らかの形で関与している事は我々にも判っています。ですから、現在、警察は捜査員を彼女の自宅に派遣し、マル対指定で彼女を保護しています。しかし、同時に、そこまでが警察の限界だとも言えます」
「と、申しますと?」
「恐らく紅さんに調査が依頼されたのは、ここが最大の要因だと思います。マル対の少女は現在、酷い神経症状態にあって、精神錯乱一歩手前の状態です。在宅保護と言うより、自宅療養と言った方が良い。我々の質問に対しても意味不明と言うか、要領を得ない回答を繰り返すばかりで、マア、こんな事件ですから、彼女がそんな状態になってしまうのも判らない訳では無いのですが…。聴取による証言内容には、その信憑性にかなりの疑問があります」
「意味不明な内容と言いますと?」
ミサトの問いに葛城は再び少し改まって、
「『悪魔』が、別の次元から『悪魔』が迎えに来る。と、譫言の様に繰り返すばかりで、真面な聴取になっていません。…それが、今件の失踪事件の真犯人格を暗示する言葉だとしても、正直、『悪魔』の存在は我々の専門外です」
「興味深い話ですね。…『神隠し』ならぬ『悪魔隠し』だと、彼女は主張する訳だ。…案外この事件、思っていたより簡単に決着が付きそうじゃないですか?」
「神や悪魔の存在を肯定するならばね…」
「肯定するとは型に嵌めると言うことではありません。虚構と現実の隙間を埋めるのが私のお仕事と言う訳です。ナルホド、成る程…。因みに直接会えませんか? その彼女と? 私は?」
「元より、そのつもりです。出来るだけ早い段階で、可及的速やかに…。それが彼女の戯言か、何等かの真実を暗示するものなのか、正直、私には判断出来ません」
「或いは本物かも…」
「本気ですか? 冗談ですか? 信じるのですか?」
ミサトの返答に、葛城は意外そうな目をして呟いていた。
「『神』も『悪魔』も『天使』も『妖怪』も信じる者の心の中には存在する。しかし、信じるのも、信じ込ませるのも人の所業です。動機と行動は別物です。信じるのも科学、信じないのも科学。だから私は、事前に肯定も否定もしません。…いけませんか?」
葛城があまりにヒョンな表情をしているので、ミサトも飄々と問い返す。
「失礼だが驚いてます」
葛城は素直に応える。
「なんで?」
「紅さんは、思っていた以上に捉え処が無いので…」
「フフフ、それは僥倖です。私は他人に安直に評価されるのを好みませんから。それより、もう一つ確認させておいて頂いても宜しいでしょうか?」
「ハッ、ハイ、何でしょうか?」
「失踪した三人の女生徒が、最後に目撃されたのは学校内だと言っていましたが、詳しくは学校の何処なのかまで教えていただけませんか?」
「目撃情報はバラバラです。確か藤原まどかは渡り廊下。新宮司珠樹は北校舎の教室。敷嶋瑤子は理科塔の階段でしたか…」
「何かをしていたとか? 何処かに向っていたとかは?」
「藤原まどかは北校舎から渡り廊下を理科塔に向って。新宮司珠樹は北校舎の教室から廊下に出た後、消息が途絶えてます。敷嶋瑤子は理科塔一階の階段を上がっていたとしか…」
「三人中二人が理科塔付近での目撃情報を最後に姿を消している。一人も或いは、向かった先は同じだったのかも…。偶然と切り捨てるには蓋然性が高い気が…」
「しかし、警察の捜査では何も発見されませんでした。ゴミ箱の中まで漁ったのに」
「直感を信じて、何にしても一度行ってみます。件の少女の処に行くのはその後でも遅くはないでしょう。…理科塔ってどこですか? どれですか? ここから見えますか?」
「この部屋の右斜め正面。北校舎の西側の建物です」
葛城の指示した通り、ミサトは窓から理科塔の位置を確認する。
校舎正面には運動場が広がり、その奥には彼女が入って来た裏門が見える。
左に見える新し建物が東校舎。理科塔は、直ぐに判った。地上三階建て異様な威圧感を醸し出す、学校には不似合いに思える程の比較的大きな建物だ。
「他の校舎と比べて、あの建物だけが異様に旧く見えるのですが?」
「アア、実際に旧いのです。この場所に学校が創設されたのは半世紀近く前の事らしいですが、それ以前は旧軍の研究施設で戦後暫くは放置されていたとか。あの建物だけが、その頃からの物だそうですから。総天然石ブロック造りで頑丈に造られている上に、建築史上価値のある建造物とかで、壊すに壊せなくて、そのまま最小限の補修を施されて、この学校の理科実験塔の他に、県の資料倉庫としても利用されていると聞いています。管理権限は今でも県と学校に分れていて少し複雑です」
「フ~ン、学校内に県施設ですか。それだけで陰な気が溜り安い印象ですね。マア、取り敢えず行ってみましょう。普通の目で見なければ、何か違った別のモノが見えて来るかも知れませんから」
☆
失踪事件の経緯。
理科等の痕跡。
誰かが、何か、何処からか、異形のものを召喚した形跡がある。
日常の中に潜む闇は、これだけに留まらない、彼女の仕事は更に続く。