58 いざ会都(3)
グリューネ教会の宿泊施設について、簡単に手ほどきを受けたグリフィンたち。
食事は別の建物で行うこと、入浴設備はないもののある程度の量であればお湯が提供されること、施設管理の関係上夜8時から朝6時まで階段が封鎖されるため外出等はできないことが案内された。
グリフィンは部屋の鍵を確かめつつ、シャクラは手洗いのチェックをする。階段の裏にある共用トイレは個室1つのみで、他の部屋に気配がないことも考えて巡礼者向けの部屋だろうとシャクラは判断した。
「シャクラ、お夕飯食べに行こう」
「うむ」
夕食は街に出ている屋台で簡単に済ませ、帰りにグリフィンたちは明日の予定を話す。
「手持ちの現金がもう全然ないんだよね。トーカに両替してもらわないと」
「そうじゃな。であれば、馬車で聞いた冒険者用のカードとやらを融通してもらうのがよかろう」
「そうしたら、おれとシャクラの分? 聞いたときはおれの分だけでいいって言ってたけど」
「わしの分は冒険者カードに紐づけされておった。ほれ」
シャクラは空間魔術からグリフィンの手元に冒険者カードを落とす。
シャクラの冒険者カードは地が黒色ですべすべとしており、グリフィンの冒険者カードと違い金属製ではないように見えるが、それ以外は普通のカードだった。
印字されている中にはグリフィンもみたことのある、冒険者ギルド以外での登録状況が記載されており、その中には見たことのない『ト』という表示があった。
「この“ト”ってやつ?」
「そうじゃ。トーカ支払い機能じゃから“ト”となっておるわけじゃ。まあ、わしの財布は今素寒貧なんじゃが……」
「新しくカード作らなくていいなら便利だねえ」
階段の封鎖には余裕をもって冒険者ギルドに戻ったグリフィンたち。話に上がっていたから、とグリフィンは早速トーカ支払い機能を冒険者カードに追加し、自身の預金口座に紐づけて支払いができるよう申し込んだ。
「そうだ、ここから日帰りで行けるダンジョンってありますか?」
機能を追加する処理の待ち時間、グリフィンは受付を担当したギルド職員に質問をする。
「ここから日帰りができるダンジョンですか。そうすると……乗合馬車で会都の北に出たところに“希望の谷”というダンジョンがあります。入ってすぐの層であればよほど油断をしない限り安心して探索できるのでお勧めですよ」
「他のダンジョンも聞いてもいいですか?」
「他は……日帰りができる距離にあるものはないですね。ポーラ王国連邦は元来魔人族によるダンジョン駆逐と開拓により拓かれた地域なので、残っているのも最近発生したかヒトの手で抑え込める程度のものかと言うところですから」
乗合馬車はグリフィンたちが会都に来た時と同じ場所から出発するという。案内に礼を述べ、グリフィンは機能の追加が完了した冒険者カードを受け取った。
乗合馬車の時間を判読しているうちに時間が過ぎ、何とか階段の封鎖までに部屋に戻ったグリフィン。退屈そうに待っていたシャクラにダンジョンの情報を共有し、明日の予定を立てた。
「“希望の谷”のう。油断しない限り……と言うことであればグリフィンも安全じゃろ」
「戦闘は全部任せるから。よろしくね」
「そういうところ割り切っておるのぉ」
「できることかできそうなことなら頑張るけど、できないことはやりたくないから」
シャクラの皮肉に、グリフィンは乾いた笑いを返す。
翌日の乗合馬車が早いから、とグリフィンはベッドにもぐりこむ。数秒もしないうちに寝息を立て始めたグリフィンに、シャクラはしっかりと毛布を掛けてから別のベッドに転がった。
翌朝。乗合馬車でグリフィンたちは“希望の谷”に向かった。うっすらと雲のある晴れの日だった。
乗合馬車は会都の北側に移動する定期運航のものであり、“希望の谷”近くの昇降場で降りたのは、グリフィンたちともう1パーティのみだった。
のんびりと“希望の谷”までの道を歩くグリフィンたち。ダンジョンのそばに来るのは久々のため、グリフィンもシャクラもせわしなく周囲を観察した。
“希望の谷”までは大柄の冒険者でも通れるよう広く作られた土の道があり、道の両脇には林が広がっている。シャクラは周囲に満ちる魔力が殆ど木か土属性だと気づき、植物の香りと併せ大きく吸い込み自然を味わった。
「グリフィン、昇降場のすぐ横にあったテントは何の施設かの」
「あれは冒険者ギルドの簡易支所だよ。冒険者ギルドが知ってるダンジョンの近くにはああいうテントがあって、百魔暴進とか出入りの数が合わないときには近くの支所まで助けを求めるんだって」
「すたんぴいど」
「ダンジョンから大量に魔物があふれてくることをこう言うらしいよ。たとえば、」
グリフィンは言葉を止め、“希望の谷”から逃げてくる冒険者たちを避ける。
「今とか」
グリフィンたちから進行方向に20メートルほど。背びれを地上に出し、土の中を泳ぐ大型の魚に似た魔物──アースドルフィンたち。
かつては同じ魔物より分かれた知性の優れたものが群体をまとめ、闘争心の強いものが可能性を残したものと徒党を組んで外界へと泳ぎ出てきた。
その数は10をゆうに超え、散り散りに逃げる冒険者たちの様子から油断ならない部類であると判断できる。
「では耐えよ。一掃す」
る、という最後の音は、グリフィンの耳ですら聞き取れない速さで唇からこぼれた。
自身にかけられるだけの加速魔術を重ね掛けし、シャクラは尾で地面すれすれを薙ぎ払う。想定より遅いアースドルフィンの背びれに尾を叩きつけたことで、いくらかのダメージを与えることができたが、同時にシャクラは敵として認識された。
アースドルフィンたちは地面からトビウオのように飛び出し、速さを優先して防御をしていないシャクラに次々と体当たりを仕掛ける。
シャクラに向かって飛び出した魔物のうち、何体かがかばわれていたグリフィンの頭上すれすれを飛んでいく。その様をゆっくりになった視界にとらえながら、シャクラはわずかに息を吐く。
「神征魔法」
尾を振った反動で身動きのとりにくいシャクラは何とか体をよじり、連携攻撃を受けながらも魔法を告げる。
「我が名は熱線にして雷雨の象徴、」
空は変わらず晴れたままで、しかしどこからか雷が天を転がす音が響く。
「白き城にて待つ王なり」
グリフィンはとっさに厚い風の壁で自身を覆った。素早い判断に加減はいらないとシャクラはにたりと笑顔を浮かべる。
「被造にして神の現身、星を焼く愛」
私による、魔を征する法であると。
そう星に命じ、生命維持ができる限界まで魔力が収束した。
「穿て、霹靂」
空が割れた。魔物たちの背びれ、シャクラの尾で撃たれた場所にめがけて目がくらむほどの光が降る。
1秒にも満たないわずかの合間、雨だれのように降る雷撃は周囲のことごとくを穿ち、焼き、征伐した。
後に残ったのは疲れ切って動けないシャクラと、何が起きたか理解できないグリフィン。そして、周囲に満ちた強い雷属性の魔力だけだった。




