56 いざ会都(1)
裏口から宿を出て馬を回収し、グリフィンたちはヴァルトユーデルの街並みを会都へ向けて進む。
大通りに出るたびヒトの流れにひるむものの、それは追手が来ていないかと久々に警戒を強くしているからだろう。シャクラはグリフィンと繋いでいる手がだんだんと湿気てきているのを感じ、この街から会都までの街道は抱えて走ろうと考えていた。
「会都ぉ~会都までのグリューネ教会巡礼便、まもなく発車時間だよ~」
と、グリフィンの耳が気になる音を拾う。道を何本か離れたところに冒険者ギルドの停留所があるようだ。
グリフィンは早歩きの方角を変えて停留所の方へ急ぐ。馬には申し訳ないが、空間魔術に入ってもらった。
「2人、間に合いますか?」
少しばかり息を切らし、大通りのひとつに面した停留所へたどりつく。停留所には馬のつながれていない大型の幌馬車と、先の声を上げたのだろう女性がたたずんていた。
グリフィンはヒトの気配がない幌馬車を伺いながら、女性に話しかける。女性は不機嫌そうにじとりと見つめてきた。
「600トーカ。通行許可書の返却は街を出るときに乗客全員まとめてやるから、出せるように準備しておきな」
どうやら乗車は了承されたらしい。女性は気だるげに代金を要求する。木箱にでも座っているのか、長いジャケットとスカートのすそは地面すれすれで人通りが多い道沿いに座っているため危なっかしい。
幸い手持ちの小銭でちょうど払うことができたため、グリフィンは確かめながら硬貨を差し出す。女性は怪訝な顔をしながら硬貨を受け取ると、セットアップのポケットから乗車券替わりの札を2枚渡した。
「まいど。なんでもいいけど、会都だとほとんど現金は使えないよ。降車場所は隣が冒険者ギルドの建物だから、冒険者用のカードを発行してもらいな」
「ありがとうございます」
どうやら不機嫌そうなのはもとかららしい。
グリフィンはシャクラの導きで幌馬車に乗る。幌馬車の中は通常荷台となっている部分の両端、車輪と平行になるようにベンチが作りつけられており、中央はすかんと空いている。これは大きな体躯のヒトでも座りやすいようにらしいが、尾を出しているシャクラには少し座りにくかった。
乗客はもとから多くないのか、グリフィンたちのほかには冒険者らしい女性数人が乗車したところで「発車しまーす」と気だるげな声がかかる。
まもなくガタンと音を立てて馬車は揺れ、街道を走る音と共に慣性がかかる。風を受けて幌がパタパタと揺れるなか、同乗者のひとりが後ろ側の幌を上げてよいかグリフィンたちに断りを入れてきた。
シャクラが了承すると、聞いてきた同乗者は開閉用のひもを引いて幌の後ろ側、昇降口に当たる部分を開け放す。大通りを走っているせいか、馬車の後ろが空くのをいいことに通りを横断する様子がよく見えた。
横断するヒトが減ってきたところで馬車はだんだん速度を落とし、御者台方面から「通行許可書をごよーいくださーい」と停留所でも聞いた声が呼びかけてくる。
馬車が進んでいるかどうかわからないくらいの速度になり、やがて停車する。昇降口から役人らしい竜尾人が顔を覗かせて、馬車の中を見渡すと「6名様ですね」と言った。
「只今より通行許可書の回収を実施します。入場時にご予定だった日数より長く滞在されている場合は差額を徴収いたします、またご予定だった日数より短く出発される場合返金はありませんのでご了承ください」
グリフィンたちは早々に出発するため返金はなく、同乗者たちも早めに出発しているようで通行許可書の返却のみで済んでいる。
「確かに回収いたしました。この門を通過すると、レムリウス王国首都にしてポーラ王国連邦の上級都市、ケントリポリに入ります。皆様の旅路がよきものとなりますよう……」
竜尾人は下車し、馬車は再び進み始める。
ヴァルトユーデルに入ったときと同じような高く長い壁は、風景の中を進むと遠く小さくなっていく。
過ぎ去る風景は草原、畑、まばらな住宅街と切り替わり、だんだんと活気のある声が聞こえてくる。道はヴァルトユーデルを出てからも石畳で、今走っている道が最も広いのかわき道から馬車が後続に合流する。
「グランドフットの森産のニンジンが3本160トーカ、キャベツは春物1玉250トーカだよ!」
「ソディストリアの天然塩1キロ1,200トーカ、大特価だよ~」
「菓子侯爵認定の白砂糖取り扱ってるよー最上級砂糖“紅葵”1キロ6,000トーカぁ、“風雪”5,500トーカだよー」
さまざまな食料品の商店が軒を連ねていたかと思えば、調理器具の店が、金物やカトラリーの店が、日用雑貨の店が、古着屋が、とグラデーションのように移り変わる。
やがて馬車は速度を落とし、グリフィンの徒歩と変わらないくらいの速さで道を曲がる。どうやら降車場に着いたらしい。
ふたたび馬車は道を曲がり、やがて停車する。わずかに馬車が傾きかけたものの、すぐに持ち直して「会都東冒険者ギルドー」とやはり不機嫌そうな声でアナウンスがされた。
シャクラはグリフィンの手を取り、引っ張るようにして馬車を降りる。降車場は聞いていた通りグリューネ教会のすぐ横で、道から離れた壁沿いに的や鎧を着せられた丸太がある辺り、普段は訓練場として使用しているのが分かる。
「よき馬車じゃったのう、グリフィン」
「そうだね。シャクラ、カードは2人分でいい?」
「グリフィンの分だけでよい。わしのは探せば出てくるはずじゃ」
シャクラは周囲を見回して、馬車のそばでこちらを見ている女性――乗車時に案内をしてくれた不機嫌そうな女性と視線がかち合った。
「そうじゃグリフィン、会都の案内を誰かに頼むのはどうじゃ。今まで来たことないじゃろ?」
「シャクラこそ、来たことないんじゃない?」
「どっこい、わしはしばらく前に来たことがあるんじゃよ。前過ぎてほとんど初心者じゃ」
「それならまあ、謁見の申し込みとかも分からないし、詳しそうな人に聞けるといいよね」
シャクラはグリフィンから実質観光案内の依頼をしてよいという了承を得ると、グリフィンから手を放して不機嫌そうな女性の方へ早足に戻る。
「のう、会都のことは詳しいかの」
「あたしー? んー……仕事で使う範囲なら詳しいけど?」
「実はの、仕事で会都に参ったものの、地理も道理も礼儀もよくわかっておらんでのぅ。冒険者であれば、指名で案内の依頼を出したいのじゃが?」
シャクラの質問に、女性はしばし考えると「いーよー」と簡単に返事をした。
チェーンを付けて首から下げているギルドカードを提示し、シャクラに番号を教える。
「これ、あたしのギルドカード番号。この番号を冒険者ギルドの依頼カウンターで伝えればあたしが指名できる。んで、明後日なら空いてるからそのつもりでいてよ」
「覚えた。では、よろしく頼む」
シャクラは簡単に礼を言うと、待たせていたグリフィンの元へ戻る。
「おかえり。あのヒトを指名するの?」
「うむ。さすがに見知らぬ者に案内されるよりかは、ああして正規労働をしておる者に相手をしてもらったほうがよかろう? 会都観光が楽しみじゃー」
「うんうん」
上機嫌なシャクラに、グリフィンは面倒くさくないならいいかと適当に相槌を入れた。
そして、会都を観光する予定の日。
グリフィンとシャクラは会都警邏隊の牢屋に入っていた。




