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55 そのヒトやだ

 ついてくるよう言われるがままに歩き、応接室に案内されたグリフィンたち。

 応接室は宿の部屋と比べてグリフィンたちにどこか見慣れた、よく(悪く)言えば|クロスランド風の《この地域では受けが悪そうな》雰囲気を醸し出している。

 新緑色のクロスをかけられたローテーブルは、古めかしい茶色の3人掛けソファ2つに挟まれて肩身が狭そうにしている。奥側のソファには、エドの同行者らしい顔色の悪い男が座っていた。

 エドは顔色の悪い男の隣にどっかりと座り、グリフィンたちへ向かいのソファに座るよう促す。


「……話は座ってからしようか。2人とも紅茶でよかったな?」

「わしは捧げら(供さ)れるのであれば問題ないのう」

「砂糖とミルクも付けてくれると嬉しいな」


 グリフィンたちが促されるままにソファへ座ると、そう待たずして宿の従業員がワゴンを押して入室してくる。

 ワゴンに載せられたティーセットは4人分、グリフィンの要望通り砂糖とミルクも運ばれてきている。

 運んできた従業員を早々に追い返し、エドは手ずから紅茶を配膳した。


「それで、そのヒトは?」

「ああ。ルパギンティニアの支店から聞いたんだが、グリフィン(お前)お招き(・・・)したいというから連れてきた」


 それぞれが紅茶に手を付け、わずかな落ち着きを得たのち。グリフィンはどこかで聞いたことのある音の正体をエドに問う。聞き出した答えがあまり嬉しいものではなかったため、やや眉間にしわを寄せた。


「シャクラをいけにえにしていい?」「だめじゃが?!?!?」

「お前の魅了なら解除してある。この方は「わあたすかる~。じゃあ帰るね」帰るな聞け石頭」


 エドの連れてきた相手がに見当がついたグリフィンは立ち去ろうとしたが、エドに威圧されてしぶしぶ話を聞くことにした。横で見ているシャクラからすれば、安い芝居の特等席に座っているようなものだった。


「この方はルパギンティニアのファーニュ卿だ。以前より商会で付き合いがあって、この度こちらに来ていただいた」

「こ、この度はご迷惑をおかけして申し訳ない。気軽にビクターと呼んでくれ」

「ファーニュ卿、彼は私のいとこ(・・・)のグリフィンだ。既に効力はご存じの通り、魅了の魔眼を使う」


 顔色の悪い男――ビクターは吃音ぎみに詫びる。着けているフロックコートの素材とエドの呼称から身分を推し量ることができるが、どうやら本人には荷が勝ちすぎているようだ。


「おれ、そのヒトやだ」

「……ファーニュ卿には情報提供者としてこちらに来ていただいた。ファーニュ卿、“ポーラいち有名なアルヴィ”についてお話願えるだろうか?」


 グリフィンのそっけない態度を黙殺し、エドはビクターの話を促す。

 ビクターはグリフィンとは視線を交わらせないように注意し、深呼吸をしてから“ポーラいち有名なアルヴィ”の話を始めた。



「私が彼女について知っていることはあまり多くないが、いいだろう。

ポーラ王国連邦内で彼女と同じ名は、ここ100年以上使用を禁止されている。これはポーラ王国連邦の支配層である魔人(まのひと)という者たちに関する話なのだが、魔人の伴侶が選ばれたとき、その魔人が治める地域では、初めの子が生まれるまで伴侶と同じ名の子を育ててはならない、と、いう法がある。


「私の父から聞いた話では、“ポーラいち有名なアルヴィ”はポーラ王国連邦議長の伴侶だという。それゆえ、いまだポーラ王国連邦(この国)では”アルヴィ”の名を持つことは許されない。そして、名を呼ぶこともはばかられる。呼ばれるということは、その名を持つものがいると考えられるからだ。


「あとはそうだな……彼女と直接面識があるわけではないが、若いころに聞いた噂話ではガルヴィニア諸国の基地である第2城を更地にしたことがあるだの、緑の魔神に気に入られていただの、このヴァルトユーデルの開祖だのと、ほとんどは本当かどうかわからない話ばかりであったな」



「ほかはどうか知らんが、緑の魔神(アウロラ)に気に入られておったというのはありえる話じゃのう」


 ひと通り話したのだろう、ビクターの言葉が止まったのを見測らって、シャクラは話の内容を頭の中で整理する。

 シャクラの知る限り、ビクターが緑の魔神と呼んだ者は50年ほど前までは生存していた。“ポーラいち有名なアルヴィ”は、名前の使用できない期間をもとに考えると、現在から100年以上前の人物である。つまりは、活動期間に重なった部分はあるため知り合いかそれ以上に親しい中でもおかしくないというわけだ。

 そしてシャクラが知る限り、緑の魔神は全てに対して()()かの評価しかしない代わりに、お気に入り(いくつかの1)を自慢するし、お気に入り(そう)であることが知れ渡るようにする。

 それゆえ、今聞いた噂話程度の内容でも、緑の魔神にとって“ポーラいち有名なアルヴィ”とは大層お気に入りのおもちゃだったことが伺えた。


「……今、こちらのレディはなんと?」


 ビクターは片眉を面白くなさそうに持ちあげ、シャクラの発言を確認する。


「ほかはどうか知らんが、アウロラに気に入られておったというのはありえる、と言ったのう」

「その名を、どちらで?」

「どこでもよかろう。情報の対価は――」


 食い下がるビクターに、シャクラはエドの様子を横目に見ながらそっけなく返す。


「あの若造が支払っておるようじゃが?」


 シャクラの推理では、グリフィンから受けた魅了を解除することと、グリフィンを紹介することそのものを対価として、ビクターは“ポーラいち有名なアルヴィ”についての話を提供している。

 ビクターもそれはわかっているからか、シャクラの言うアウロラの話について何を対価とできるか考えているようだ。


「……“ポーラいち有名なアルヴィ”と同じ者の話とは限らないが、アルヴィという名についてなら知っていることがある」

「ほう、申してみよ」

「シャクラ、」


 尊大にビクターの言葉を促すシャクラに、グリフィンは形だけの制止をする。


「ポーラ王国連邦の西端、ガルヴィニア諸国のいずれかにその名を冠する企業がある。もしかすると関係があるかもしれないな」

「そうか、ありがたいのう」

「それでそちらの、」

「アウロラはわしの弟での。グリフィン、他に必要な情報はないな?」

「うん」


 シャクラは残っていた紅茶を飲み干すと、身軽にソファを降りて部屋の扉へ歩いていく。

 廊下へと立ち去ったグリフィンたち、それを見送ったエドにビクターは視線を向ける。ビクターの視線に対し、エドは肩をすくめて返事をした。

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