54 グリフィンのいとこ
肉汁のあふれるハンバーグを、シャクラは大きめに切り出してはふはふとほおばる。
グリフィンはサラダ菜を少しずつ口に運び、その歯ごたえを楽しんでいる。
「それより、クロスランド(ごくん)では“ヨウジュウ”が出たようじゃし、しばらくは近づかん方がよいの」
「それって遮音の魔術があった方がいい話だよね?」
「む、そうじゃった。グリフィン、もう一度頼む」
ため息より軽く遮音の魔術を発動し、グリフィンは「続けて?」とシャクラに促す。
「整理するが、今クロスランドの王都では“水が牡鹿のような形をした”魔物が出ておる、と新聞にあったの。この魔物はおそらく“ヨウジュウ”であっておるはずじゃ」
「“ヨウジュウ”……だよね。うん、おれも聞いたことがない魔物だから、シャクラは詳しいの?」
「詳しいも何も、あれは実際魔物というわけではなくわしの肉を食った者が纏う魔物に似せた外装での」
はぐ、とグリフィンのこぶしより大きいくらいのひとくちをシャクラは口に入れる。
「発生条件は……(ごくん)『黄の魔王もしくは“ヨウジュウ”の肉を食べること』、これを満たしたものは一日から二日程度青き牡鹿の姿“ヨウジュウ”に転じる。自身の体積より小さい型に押し込まれたモノが苦痛を訴えるように、“ヨウジュウ”になった者は訳も分からず暴れまわり、しかし記憶や感覚はそのまま残る。わしが魔物に負けて食われたならばその種の根城が滅ぶだけじゃが、ヒトが食うとまあ大変、と言うやつじゃ」
「王城から出てきたってことは、王族か毒見役が食べたんだろうね」
「じゃろうな。さてグリフィン、王がある日突然近衛や兵に武器を向けられるとどうなると思う?」
「人間不信になりそうだねえ」
残ったハンバーグは元の3割程度。サラダはほとんどが空になっている。
「そのとおり。“ヨウジュウ”そのものの害は収まれど、その後も尾を引くじゃろ。ただ、いくつか抜け道があっての」
「うん」
「扱いとしては呪いに当たるゆえ、高位の神官等であれば解除できること。勇者、聖女ないしは聖人、そして魔王には基本的に効果がないこと。ところでグリフィン、クロスランドの姫は聖女ではなかったかの?」
「うーん、どうだろうなぁ」
サラダをきれいに食べ終えて、グリフィンはフォークを置く。
正直に言えば、グリフィンは勇者パーティにいた王女が聖女とは信じていない。どうにも聖女としての能力が信じられず、トレイをトロフィーか何かとして自分のそばに置きたがっていた節があるため、姫としての性格も信用できない。
それゆえ、グリフィンは王女が“ヨウジュウ”の害を受けなかったとは言い切れなかった。
「ほかに新聞で気になることはあったかの」
「魔物が減っているらしい、ってことかな」
「一時的な物じゃろ。それに魔物が減った、ではなく魔物の報告数が減った、じゃ。グリューネ教会がなくなったゆえ、そのうち対処しきれんと悲鳴を上げそうじゃな」
ハンバーグを食べきり、シャクラは壁に下げられたメニューを見て物足りなさそうにする。
グリフィンは遮音の魔術を解除して、冷えたフルーツを2人分頼んだ。
「そうだ、600年前のエルフの集落が出てきたっていうけど、エルフって100年とか普通じゃないの?」
「今の洞人連中は100年生きれば長生きにはいるじゃろ。一昨日までの洞人の里のように獣人よりも多くなっておるしの」
「じゃあ、600年前の集落って」
「相当貴重な遺跡になるはずじゃ。それに、そのころの集落で現存しておらんものに有名なものとして、青の勇者出生地がある。ほれ、グリフィンなら知っておるかもしれんが、青の勇者はエルフだと聞いたしの」
「え」
運ばれてきた、冷たい柑橘類を素手でちぎり取って少しずつ口に入れる。指先の体温が奪われてぬるくなりつつあるそれを食べながら、グリフィンはシャクラの言った言葉を聞き返した。
「おじいのご先祖様、只人じゃなかったの?」
「血が途絶えとらんのであれば、何かしら遺伝しておったはずじゃ。魔術がうまいだの、耳がとがっておるだの、のう?」
言われてみれば、それらしい特徴がないことはない。以前グリフィンが遭遇したチェルシーも、アンワズの特定に耳の形状を出したくらいだ。
「……そういえば、おじいの弟も耳がとがってた、かも」
「そうじゃろそうじゃろ。まあ、青の勇者出生地でなくとも、ヒトからすれば何かしら貴重なんじゃろ。わしからすればぼーっとしておる間に勝手に貴重品になっただけなんじゃがのう」
グリフィンたちは柑橘類を食べおえ、会計をしてカナレットに戻る。
昨日と変わらずに受付で職務を全うしているアランは、グリフィンの顔を認識するなりやや慌てた様子で奥に引っ込んだ。
「なんじゃ、変な客でも来ておるのか」
「いや、これは……」
グリフィンはいったん自分の袖で口元を覆い、嗅覚をリセットして周囲の香りを感じ取る。
森に入ったときのような清涼で落ち着いたこの香りは、記憶に間違いがなければグリフィンの知るヒトが付けている香水で間違いなさそうだ。
「エドがいるのかも」
「誰じゃそれ」
「うーん、いとこ?」
そのまま香りを分析していると、アランがたくましい男性を連れて受付に戻ってきた。
連れられてきたのは、つやのある暗い赤色をした髪を後ろになでつけ、年齢の割にたくましすぎる胸筋を何とか生成りのシャツで抑え込んだ中年男性。瞳は髪と同じ色で、グリフィントとシャクラをかわるがわるみて「へえ」とため息交じりに言う。
「トレイ以外でも、傍におけるようになったのか」
「違うよ、シャクラは依頼人。シャクラ、あのヒトはおれのいとこでエド・クローズ。エド、こっちはシャクラ。ええと……トレイの親戚ってことにしてる」
「堂々と嘘をつくな、トレイの実父母についてはアンワズさんから連絡をもらっていたが、全員只人だ」
わかりやすいまでにグリフィンは嘘をついて、エドはあきれたようにその嘘をはがす。
エドはいぶかしげにシャクラを見て、それから大きくため息をついて歩いてきた方に向く。
「なんでもいいが、奥の部屋を使えるようにしている。ついてきてくれ」
「やだ」
「お探しの女性について調べて、今朝の新聞で慌ててこっちに来たんだ。情報を無駄にさせるな」
「だそうじゃ、わしは付いて行くぞ」
「……エドの低血圧」
「グリフィンの石頭」
ぷうと膨れ、グリフィンは文句を言いながらエドから少し離れたところを歩く。シャクラはそう長くない距離ながらも、うっかりどこかへそれていかないようにとグリフィンの手を取った。




