50 温泉街ヴァルトユーデル(2)
グリフィンはシャクラの心音を探して街を歩く。目の前の通りは繁華街なのか「ハズレ」の音しか見つからない。シャクラ固有だろう鼓動は聞き取れる範囲になく、これなら手でも繋いでおけばよかったと少し後悔した。
通過してきた森のように嘴を使ってもいいが、同様に魔物が現れる可能性がある。街の憲兵などに声をかけて共に探してもらってもいいが、シャクラは通行許可書を忘れていった以上不法に通行しようとしていると疑われかねない。冒険者ギルドで金を出して探させてもいいが、そんなつまらないことに金を出すくらいなら勝手に帰ってくるのを待ちたいくらいだ。
はあ、と数度目のため息をついたグリフィン。と、ばたばたばた、と正面から今最も聞きたい音がやってきた。
「グリフィン!」
「どこ行ってたの、シャクラ」
シャクラが抱きつこうと跳躍したところを回避し、地面に落ちたところにグリフィンは手を差し伸べる。シャクラはその手を取って立ち上がり、宿が取れなかったと文句を言った。
「宿の空室がなくなってはたまらん、と先の冊子にあった部屋を目指したんじゃがの。通行許可書がなければ宿泊させられんと断られてしまったんじゃ」
「それは宿の方が正しい判断だと思うよ」
「……それで、通行許可書を早く取りに行くよう言われての。グリフィン、わしの分は持っておるか」
「持ってるよ。宿についたら渡すから、案内してくれる?」
シャクラが反省半分、うっとおしさ半分で言いにくそうに通行許可書をせがむ。しかし、出だしに失敗したのを鑑みてグリフィンは通行許可書をすぐに渡すことはせずにシャクラに案内を頼んだ。
さすがに意図を察してか、シャクラはグリフィンの手に尾を絡ませる。
「今度ははぐれずについてくるのじゃぞ」
「振り切るくらいの速さで走らないでよね」
不機嫌そうな尾はなかなか重かったものの、グリフィンを離すことはしなかった。
シャクラや周囲の話を聞く限り、ヴァルトユーデルの街はもともと小国を飲み込めるほどの大きさを持つ谷だったそうだ。月日が過ぎるにつれ中央に活火山ができ、雨が火山を通り熱せられたことで温泉となり、会都に近いこともあって谷を埋めて温泉街として整備されたのだという。
「それゆえ、この辺りは一大観光地と相成ったわけじゃ」
「オンセンマンジュウ、もおいしいらしいね。オンセンマンジュウってなに?」
「温泉で売っておる饅頭のことじゃな。饅頭は甘い菓子とそうではないものがあってな、この場合は“温泉で売っておる甘い菓子”くらいに思っておればよい」
グリフィンはシャクラに先導されてやっと、周囲の喧騒を楽しむ余裕ができたことに気が付いて自分の変化に苦笑する。今までであればこんな雑談を真剣に聞いたりなぞしなかったからだ。
大体のことが視線だけで通じる相手と暮らしてきて、旅をして、外界を見た。それでも、こんなにどうでもいい話で盛り上がれたことはない。
そう考えて知らず機嫌のよくなったグリフィン。シャクラはやや不審に思いつつも宿屋に到着したと伝えた。
宿屋はどこからか移築してきた古い建物がベースになっているようで、床も天井も飴色の木材が使われている。ほかの宿でいうロビーに相当する場所には、建物の出身地と経歴が書かれた看板が壁に掛けられていた。
受付の男性は再びやってきたシャクラに苦笑いしながら、グリフィンたちに対して挨拶をする。
「ようこそ、温泉宿カナレットへ」
「今から泊まれる部屋はあるかの? シレーネからの紹介なんじゃが」
「シャクラ、ちょっと」
シャクラはこの宿に泊まるつもりで、勝手にシレーネの名前を出す。しかし、受付の男性ははて、と首を傾げた。
「当館にこれまで宿泊された方に、シレーネという名の方はいらっしゃいませんが」
「……シレーネシアのシレーネなんじゃが」
「大変申し訳ありませんが、我々の信仰する魔神とは異なる方のようですね。もちろん、お名前と功績は把握しております」
シャクラはグリフィンの袖をつかみ、受付から離れてこそこそと話す。
「グリフィン、シレーネの名が通じん」
「あのね、さも常識のようにシレーネさんの名前を出すけど、本人に了承を得ていないのに人の名前を借りるのはよくないよ」
「シレーネがこーーーんなに小さいころから育てたんじゃから、多少はよくないかの」
「よくないよ」
「じゃが」「だめだよ」
言っても聞かなさそうなシャクラに、グリフィンは表現を少しきつくして窘める。グリフィンに言われて罪悪感がわいてきたのか、シャクラはだんだんと落ち込んでか細く「気を付けるのじゃ」と返した。
グリフィンはシャクラが納得してくれたらしいことに安堵しつつ、さすがに野宿はいただけないと受付に戻る。
「同行者が申し訳ない。あの様子はさておき、空室はありますか? なければどこか別の宿をご紹介いただけるとありがたいのですが」
「もちろんです。その前に、おふたりの会話が聞こえてしまったのですが、グリフィン様とシャクラ様、でよろしいでしょうか」
「ええ、はあ。まあ、そうです」
男性の問いかけに、グリフィンはルパギンティニア関連かと半歩下がる。シャクラはしょんぼりしているが、いざとなれば逃走できるだろうと考えながら。
「オーナーのエド様から伝言を預かっています。『国外で無事にやっているらしいな。うちの連中には連絡をしておく、有事の際は支店で俺の名前を出すように』とのことです」
「……ここって、ヘイゼル商会の所有?」
「そういうことです」
男性の頷きに、グリフィンは警戒を解いてシャクラを手招く。シャクラは不思議そうに逃げの構えを解いて受付へにじり寄った。
「なんじゃ? シレーネよりグリフィンの名の方が有名になっておったのか?」
「局地的なものではありますが、おっしゃる通りです」
「言ってなかったっけ。おじいの弟はヘイゼル商会っていう店をやってて、ここの宿もその支店のひとつみたい」
「正しくは、ヘイゼル商会の運営する宿泊施設のひとつ、ですね」
男性は自身をラムゼーの兄弟機・アランと名乗り、ヘオース学院で製造されたゴーレムだという。言われてまじまじと顔を見れば、ラムゼーと同じような麦色の短い髪と明るい海色の瞳をして、どことなく顔も似ていた。
「グリフィン様。もしお泊りになる場所がお決まりでないのであれば、あなた様へ屋根をお貸しする栄誉をいただけないでしょうか?」
「よろしくお願いします」
アランの申し出に、グリフィンはひとつ頷いて了承する。
受付で宿帳にふたりの名を記載し、アランから従業員らしい猫人を紹介された。
「ご案内はこちらのパッチが担当します。半日ごとの交代ではありますが、隣室にて待機しますので何かありましたら申しつけ下さい」
「パッチと申します。お部屋までご案内しますね」
パッチはさっとグリフィンたちを観察すると、部屋まで先導をする。
「お部屋はこちらのソテツの間になります。鍵はこちらで、入ってすぐの部屋の中では1段低いところで履物を脱ぎ、室内に土や泥が入らないようにしていただければ幸いです。お風呂は入ってすぐの右手にありまして、申し訳ないのですが景色を見ることはできません」
「あ、むしろその方がうれしいです」
「そうでしたか。もしも露天風呂をご希望でしたらいくつかございますので、ご入用の際はお声がけください」
隣室で待機しておりますので、とグリフィンたちを見送るパッチに手を振り返し、シャクラは部屋の扉を閉めて大きくため息をつく。
「なんというか、わしより賓客扱いされておらんか?」
「まあ、エドさんの持ってる宿だっていうし」
「なんじゃそれ! わしそのエドとかいうやつ知らんが?!」
「あはは。さすがにこれから話すには長い話だし、汗くらいは流したいから……明日の朝にでも話そうか」
「これで教えてくれんのじゃったらわし拗ねてたもんね」
部屋に入ってすぐの狭い部屋でじたばたとするシャクラをよそに、グリフィンは風呂へと向かった。




